プロローグ、もしくはエピローグ
少し昔の話をしよう。
僕は当時勇者と呼ばれ世界中を旅していた。
天に昇る滝を進み溶岩を垂れ流す火山を超え、荒れ狂う吹雪の雪原を抜けて、僕は旅の目的たる魔王の居城を目指した。
道中、楽なことなど一つもなく仲間たちは少しづつ減っていった。それでも、狂ったように僕は進み、ついにたどり着いた。
仲間はすでに隣にはいなかった。死んだわけじゃない。苦難の旅路を諦めたのだ。けれどそれ攻める術を僕は持たなかった。
魔王の居城から、魔王の打倒まで。僕の記憶はあまりにも曖昧だ。記憶がない。といったほうが正しいかもしれない。
気がつけば僕は瓦礫の山、数多の魔物の肉塊。ーーそして魔王の亡骸。それらの上に僕は立っていた。
朝焼けが見えた。夕日なのかも知れない。崩れ落ちた天井、壁から垣間見えたそれはこの空を覆っていた魔王の瘴気が去ったことを示していた。
僕はふと、自分の掌を見た。血に濡れていた。
成し遂げた。やってやった。そんな言葉は頭に浮かばず、ただ、痛い。とか、疲れた。とかそんなことを考えていた。
フラフラだ。とても眠い。とりあえずどっかのベットでさっさと寝たい。もうその辺で寝てしまおうか。
惨状の隅、転がる瓦礫を足で払い、僕は横たわった。鎧が邪魔ではあるけどそれ以上に眠いのだ。
僕の世界が暗闇に包まれる。風が抜ける音しかしない静寂の中で僕は意識を遠くへ追いやった。
ーーーーっ!!
ーーーーっ!!
ーーーー・・・そう。
誰?
重いまぶたを無理矢理開き、のそりと上体を起こす。
戦士が1人。魔導士が1人。僧侶が1人。いずれも見知った顔がそこにはいた。けれどいずれの顔に張り付く表情はあまりにも友好的とは言い難い。
嫌悪、恐怖、畏怖。そのどれもが3人の顔に色濃く反映されており、少なくとも魔王打倒おめでとうとかそういう空気ではない。
どちらかと言えば新しい魔物と遭遇した。そんな感じの顔。そしてそれはあながち外れではなさそうだ。
彼ら3人の握る武具は、小さく震えている。
「何の用」
3人は答えない。
彼らは互いに顔を見合わせると有無を言わさず襲い掛かってきた。
戦士の袈裟斬りを後ろに転がり躱す。態勢を整えたいが二撃目は流石に剣で受けるしか出来ずつば迫り合いの形に持って行かれた。
お見合いとなった戦士の顔には強烈な殺意、そして恐怖がうつる。鈍い僕はここでようやく彼らが僕を殺しにきたことを理解した。
「お前は生きてちゃダメなんだよ」
戦士の言葉とともに、目一杯の剣の押し込みでいよいよ膝が地面に着きそうだ。膂力では敵わない。最初から解りきっていたのにこの形になってしまったのは僕の判断が遅れたせいだ。僕も彼らを殺すつもりでいかなければならなかったのだ。
反省を巡らせながら、次の攻撃を予測する。いや、予測するまでもないな。
「行くよっ!!」
その声で戦士の剣がようやく離れる、が。次の瞬間には戦士の代わりに幾つもの火球が僕の眼前に現れて、そしてそれらは僕へと熱い抱擁をしてくれた。
魔王を倒したのに、抱き締めてくれるのは火山弾にも似た幾つもの火球だけとは流石の僕もこの人望の無さには泣けてくる。
燃える自分の体を認識しながら、僕は考える。何故僕は殺されるのかを。
戦士の剣が首筋に触れる。
「悪いな」
「そう思うなら殺さないで欲しい」
「社交辞令だ」
呼吸が苦しくなってきた。戦士は剣を再び構える。僕の死は確定事項だ。浅く目を瞑り、別れゆくこの世界を思い出す。 あぁ、何もない。何もないな。ろくでもない世界だった。くそったれな世界だった。
「あばよ、勇者」
彼の剣が僕の首を斬りとばす。さよなら世界。さよなら僕が救った世界。次があれば見捨てるだろうこの世界。
そういえば。
なんで僕は世界を救ったんだっけ。