最終話 その後
あれから二日たった。
ケリーはまだ病院のベッドの上だ。
亜王もまだ包帯が取れていない箇所がいくつかある。
ケリーはこの二日間でだいぶ回復し、いつもの明るい笑顔を見せてくれるようになった。
「お腹に傷が残ったらお嫁にもらってくれる?」
などといつもの本気なのか冗談なのかわからないことを言って、亜王を困らせていた。
あの爆破のあと、ハーディーとキリルは逮捕された。
現在事情を聴いている最中らしいが、闇につながるルートに対しては双方口を閉ざしているようだ。
大きな動きで言えば、この二日の間にアメリカは正式に闇に対抗すると発表した。
暗殺されかけた大統領も回復に向かっているようだ。
爆破の被害にあった地域に対しては、国が一丸となって復興を支援している。
新聞に「ここ百年の間で一番国が一つになっている」と書かれるぐらい、アメリカはいい方向に向かっている。
亜王がケリーと談笑していると、ドアがノックされ、メアリーとアレックスが入ってきた。
メアリーもアレックスも入院患者用の服を着ていたが、包帯などの処置がされているのはアレックスだけだった。
メアリーは特にけがなどはなかったが、検査入院ということで入院している。
「二十一世紀に起こった禁煙ブームのせいで、いまや世界中どこに行っても喫煙者は煙たがられるな」
メアリーが開口一番に病院内でタバコが吸えないことに対する愚痴をこぼした。
「いい機会だからやめたらいいんじゃないか? 健康によくないし……」
アレックスはため息交じりにそう言った。
「ロリータ、今の聞いたか? こいつ、iPodみたいに同じことしか言わねぇんだよ」
メアリーはアレックスを指さしながら、わざとらしく彼よりも深いため息をついて言った。
その後も不毛な二人の言い争いは続いた。
ケリーはそのやり取りを見て穏やかに笑っていた。
いつしか話もそれ、違う話題で四人が盛り上がっていたとき、病室の扉が開き、ウォーカーと、ハーケンクロイツ、そしてベスが部屋に入ってきた。
亜王はウォーカーのためにベッドの横の椅子を空けた。
ウォーカーは全員が見渡せる位置に椅子を置き、静かに腰掛けた。
「ケリー、メアリー、アレックス、そして亜王……、今回は本当によくやってくれました。本当に感謝しています」
ウォーカーは深々と頭を下げた。
名前を呼ばれた四人に安堵の表情が浮かぶ。
本当に生き残れるかわからなかった任務が、今終わりを告げた。
そして、機関に所属していないアレックスと亜王はこの瞬間、一般人に戻ることができた。
開いていた窓から穏やかな風が吹き込み、部屋の中は優しい空気に包まれた。
ウォーカーは椅子から立ち上がり、ケリーのベッドの横まで行き、そこで一呼吸置いた。
「ケリー……、あなたの親は、私とベスなのです」
ウォーカーの言葉に、今まで笑顔だったケリーの表情は驚きの表情に変わった。
「お父……さん。お母さん?」
ベスとウォーカーはケリーの言葉に静かにうなずいた。ベスの目からは大粒の涙が零れ落ちている。
「謝って済む問題でないのはわかっています。ですが、あなたには普通の女の子として生きてもらいたいのです」
ウォーカーはケリーの手を取って父親が娘におとぎ話を話すようにやさしく言った。
ケリーの表情はくしゃっと崩れ、涙がとめどなくあふれた。
「よかったな」
亜王は心の底から微笑ましく思いそう言った。
「でも、みんなには親が……」
ケリーは震える声でつぶやいた。
「帰るとこがねぇならここにはいねぇよ」
メアリーがそう言った。
ガラにもなく目が潤んでいる。
「そうさ。僕らには仲間がいる」
胸を張りアレックスがそう言った。
もう、僕らは家族だ。
そう言いたげに亜王、メアリー、アレックスは微笑んでいた。
「それにしても、ロリータらしくねぇな」
メアリーは涙を拭きそう言った。
「そうだよ。うれしいときは笑わないと」
アレックスの声を聞き、ケリーは微笑んだ。
涙は流れ続けている。
泣きたいのか笑いたいのか全く分からない表情になってしまった。
彼女のそんな表情を見て皆が笑った。
「ケリー、あなたももう自由です」
ウォーカーは満面の笑みで言った。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
涙を拭きながらケリーがそう言った。
「ケリー、私たちの娘、もう一度言って」
ベスが歩み寄りながら言った。
「何度も言うよ。お母さん」
ケリーとベスは強く抱擁を交わした。
「そう呼ばれる日を夢見ていたわ」
ベスはそう言ってケリーを抱く腕に力を込めた。
本当に微笑ましい光景だ。
亜王たちは世界を救った英雄として、決して語られることのない歴史にその名を刻んだ。
作戦が終了してまだ一週間ほどだったが、亜王たち四人はそれぞれの新しい生活を歩みだしていた。
アレックスは作戦後、ロシアには戻らずアメリカに残った。
メアリーと共に過ごしているようだ。メアリーは軍に戻り、アレックスは国立研究所で環境問題についての研究を始めた。
亜王は大学に戻った。ケリーはというと……、
「亜王、これ何て読むの?」
ケリーは自分が板書したノートを亜王に見せて言った。
彼女は亜王と共に生きることを望んだ。
亜王の家に住み込んでいる。
「クモだな」
亜王はそう言った。
「足八本のやつ?」
ケリーはノートとにらめっこしながら言った。
亜王はノートパソコンでニュースを見ている。
「そりゃ違う。空に浮いてる方」
亜王の説明を聞き、懸命にケリーは覚えようとしている。
「アメリカの大統領意識戻ったってさ」
亜王がパソコンの画面を見ながら言った。
暖かい日差しが二人を包み込んでいた。
今回の作戦により、スパイダーは壊滅した。
だが、闇には表立った動きを一時的に止める程度のダメージしか与えられなかった。
情報によると闇は本拠地をアメリカからロシアに移したようだ。
しかし、闇に対してアメリカが正式に対抗することを決めた今、闇に対する抵抗力が大きくなったのは間違いない。
いずれは亜王たちも闇との戦いに再び協力する日がやってくるだろう。
それまでの間、どんなに短くても、ケリーが普通の女性でいられるよう、亜王はできるだけのことをしようと考えていた。
戦いは始まったばかりだ。
しかし、この流れを止めることはできない。
「行こうぜ。午後の授業が始まる」
亜王が空を見上げながら言った。
「今日もお昼食べてないや。やってることはわかるのに言葉がわかんない」
ケリーは立ち上がり苦笑いしながら言った。
青空に白い雲がゆっくりと流れている。
誰の手も加わっていないきれいな青空だ。




