第二話
時計の針が正午を指すとき、亜王はトイレで用を足していた。
外ではじりじりと太陽が照り付けているに違いない。
今日の予報では気温は30度を超えるといっていた。
まだまだ亜王たちの順番は回ってきそうになかった。
ついついため息が出てしまう。
用を足し、手を洗い、彼がトイレから出ようとドアノブに手をかけた瞬間悲鳴が上がった。
それに続き、破裂音が響き渡る。
銃声だ。
音に驚いた亜王は、誰もいないトイレの中で一瞬身構えた。
銃声の後は沈黙だった。
亜王の頭の中には〝強盗〟の二文字が浮かんだ。
体中の汗腺が開き、嫌な汗が噴き出る。
亜王は真名を心配する気持ちで取り乱しそうになったが、冷静さを保ち、トイレの天井を見渡した。
個室の天井に換気扇がある。
壁にある換気のスイッチを切る。
個室の壁をよじ登り、ふたをはずして通気口の中へ入っていく。
通気口の中は亜王が想像していたよりも狭く、バッグが邪魔で大きな動きが取れない。
通気口の中は闇が支配していた。
「映画みたいにはいかないか」
彼はそう呟き、バッグの一番外側のポケットからペンライトを、ズボンのポケットからは携帯電話を取り出した。
携帯電話の側面のボタンを押すと、文字の配列がキーボードと同じ文字盤がスライドして出てきた。
彼はすばやく操作して、すぐさま通気口の配管図を画面に出した。
ペンライトを口にくわえ彼は暗闇の中に消えていった。
そのころ真名は床に座り、ひざを抱え震えていた。
現実を受け入れられない自分に、頬を伝う涙が現実を突きつけていた。
銀行内にいた人は受付のカウンターの前に集められていた。
この銀行は正面がガラス張りになっているため、人質の姿が外の通りからよく見える。
ガラスには細長い筒状の物体がつけられ、それから人質を囲むように置かれた小包へ線がつながっている。
恐怖で口を利くものは誰一人としていない。
聞こえるのは犯行グループの男たちが歩き回る音と、すすり泣く声だけだった。
しばらくして警察車両のサイレンの音が聞こえてきた。
銀行の前を横切る大きな通りを大型のトレーラーが占領する。
トレーラーの後ろのシャッターが開き、二足歩行型のロボットが次々に出てきた。
すぐに銀行は包囲された。
防弾素材でコーティングされた黒いボディには白い文字で「PORICE」と書かれている。
彼らはR・Pと呼ばれている。
「ROBOT・PORICE」の略だ。
犯人グループの中には黄色人種は一人しか見当たらない。その男が、
「やっときたか」
と、日本語でつぶやいた。
犯人グループのリーダーらしき白人の男が、日本人の男に何か伝えた。
その言葉は明らかに日本語ではない。
日本人の男は人質の女をひとり無理やり立たせ盾のようにして銀行の外に出た。
「博士を渡してもらう。応じなければ人質全員の命はない」
男は対テロ用のロボット兵士に向かってそれだけ言った。
「テロには屈しない。三十分後に突入します。それまでに投降しなさい」
無機質な声が響き渡る。
「爆弾を仕掛けた。応じなければここにいる奴らは跡形もなく吹き飛ぶぞ」
盾にされている女の人の顔色が変わった。
顔は真っ青で今にも失神しそうだ。
集まっていたやじ馬たちも爆弾の一言に混乱し騒ぎ始めた。
報道の人間たちが不安をさらにまくしたてる。
「脅しは通用しない。我々のスキャンには何も映っていない」
R・Pのその言葉が場を鎮める。
それだけの抑止力をR・Pは持っているという証拠だ。
「三十分後わかるさ。頭の固いジジィどもに伝えろ。どうすんのかってな」
日本人の男はそう吐き捨てて中へ入っていった。
日本人の男がリーダーらしき男にR・Pとのやり取りを伝えると白人の男は満足げに不気味な笑みを浮かべた。
亜王はそのころセキュリティー制御室の上まで来ていた。