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青空をつかむ闇   作者: ジーン
19/22

第十九話 突入そして裏切り

「あの子たちよ」


 場所はフリーダム・タワー十二階、ここはスパイダーが管理する天候操作システムの中枢があるフロアだ。

メグがモニターを見ながら苦そうな顔をして言った。

メグの後ろには二人の男が立っている。

片方は見た目から日本人であることがわかる。

もう片方は白人で、濁った灰色の目をしていて、色が抜けてしまったのではないかと思ってしまう銀髪を逆立てていた。

日本人の男は白人の男に言語を英語からロシア語へ変えてメグの言ったことを伝えた。

それを聞き、白人の男は不敵な笑みを浮かべた。


「忌々しい血め、あの時お前が殺しておけばよかったんだ。調子に乗ってガキを生かしておくからこうなった」


 白人の男が日本人の男にロシア語でそう言った。

白人の男は言っていることとは裏腹に機嫌を損ねた様子など全く見せていない。

むしろ面白がっているように見える。


「志紀、キリルにどうするのかって聞いてくれる?」


 メグは日本人のことを志紀と呼び、ロシア人をキリルと呼んでそう言った。

志紀と呼ばれた男は、キリルと呼ばれた白人の男にロシア語で通訳した。

どうやらキリルは英語を話すことができないようだ。

キリルは志紀の話を聞いた後、舌を出し、笑みを浮かべながら親指で首を切る動作をした。

その後、彼はロシア語で皆殺しにしろと言い放った。

メグはキリルの動作を見て目の前のパソコンの横にあった赤いボタンをたたいた。

タワーの中にサイレンが響き渡る。


「お前も行って来い。やられっぱなしはよくないぜ」


 志紀がメグにそう伝えた。


「言われなくてもそうするわ」


 メグはそう言って一階へ直通のエレベーターに乗り込んだ。

サイレンが鳴ってすぐにあらゆるドアからスパイダーの兵士が出てきた。

亜王は父の銃を抜いた。

タワーにいた一般人はまるで世界の終わりに面したかのように逃げ惑っていた。

スパイダーの兵は無作為に人を撃ち殺していった。

近い人間から次々に死んでいく。

血と硝煙のにおい、悲鳴と怒号の渦。

三人は逃げていく人たちの流れに逆らい、エントランスの中央にそびえる大きな柱の周りを一周するカウンターの中に飛び込んだ。

ケリーは腰からぶら下げていた二本の筒を構え、一本は階段に、もう一本はエレベーターに向かって発射した。

そしてすかさずボストンバッグのファスナーを開き中から武器を取り出した。

発射された弾は、着弾とともに爆発し、爆炎と轟音をたて階段を瓦礫で埋め、エレベーターを破壊した。


「お前! あれじゃ上にいけないだろ?」


 激しい銃声の中、亜王が大声で言った。


「直通のがあるはずだよ!」


 ケリーも大きな声でそう言って、グレネードのピンを抜き亜王に渡した。

亜王が状況を理解するのに一秒、彼の血の気が引くのに一秒かかった。

彼は無我夢中でグレネードをできるだけ遠くに投げた。

グレネードは空中で炸裂した。

たくさんの悲鳴が上がる。

幸い、死体となった民間人以外は外に逃げ出していた。

この状況でもそういった状況把握ができるケリーは、自分でも驚くほど冷静だった。


「危ないだろ!」


 再び亜王が叫んだ。


「まだ生きてるじゃん!」


 ケリーはカウンターをうまく遮蔽物として使い次々に兵士たちを沈めていった。

亜王の射撃の腕前も高く、彼は正確に敵の動きを封じていった。

亜王の戦力としての価値を敵は見誤っていた。


「おい、志紀。先にMI6を潰せと連絡しろ」


 キリルはモニターを見ながら、数で勝っているにもかかわらず好転しない戦局にしびれを切らしそう言った。

多数のモニターのすぐ横には天気図が表示された大型のコンピュータがある。

これがおそらく天候操作システムの本体だろう。

亜王たちが叩かなければならない最終目標はここだ。

志紀は電話をとりダイヤルした。

キリルの意向をメグに伝える。

エントランスに残るスパイダーの兵はもう四、五人しかいない。

その時エントランスの一角からメグが歩いてきた。


「言われなくてもわかってるわよ」


 彼女はそう言って携帯電話を投げ捨てた。

その間にも敵の数は減っていく。

あと二人と思いきや、メグの後ろから十人ほどの敵兵がエントランスになだれ込んできた。

すぐさま陣形を組んで亜王たちが立てこもっているカウンターを囲んだ。


「亜王、アレックス。援護するから今おばさんが出てきた通路まで走って。きっとその奥に直通のエレベーターがあるから」


 ケリーはそう言ってウィンクした。

亜王は下唇を噛んだ。

あまりにもリスクが大きすぎる。

残りの弾薬も少ない。

亜王たちがこのエントランスを突破したとしても、残されたケリーは生存できるだろうか。


「危険すぎ……」


 アレックスがそう言いだしたのを亜王が止めた。

亜王たちに残された時間はもう少なかった。

不本意ではあったが誰かが足止めをしてでも先を急がねばならなかった。

亜王は無言のままケリーの腰に手を回した。

ケリーは一瞬驚いたようだったが特に抵抗はしなかった。

亜王はケリーの腰のホルダーからグレネードを一つとった。

ケリーも自分のホルダーから二つグレネードをとった。

歯ではさみピンを一気に抜く。

そのグレネードを左右に投げた。

次の瞬間三人は何か合図したわけでもないが、ぴったりと息を合わせてカウンターを飛び越えた。

亜王とアレックスはメグの横を全速力で走りぬけようとした。

ケリーがメグの横にいた二人の兵を瞬時に撃ち抜く。

左右の爆発によって六人が亡き者になり、一人が再起不能となった。

あとメグを抜いて三人。

メグの銃が亜王の脳天に一直線に銃口を向ける。

その時、亜王が突然前へ思い切り飛び込んだ。

銃声が交差する。

一発目の弾丸は亜王の首筋をかすめた。

亜王は一度前に転がり、素早く立ち上がりアレックスの後を追い振り向かずに通路の中へ入って行った。

メグの持っていた銃には風穴が空いていた。

メグは銃をその場に放り投げ、ケリーをにらみつけた。

ケリーはちょうど残りの三人を片付けたところだった。

ケリーは持っていた銃を手放した。

もう弾は入っていなかった。

左の腹部から出血していた。

彼女は肩で息をしている。

メグは腰から二本のナイフを抜いた。


「忌々しい女。簡単には殺さないわ」


 メグはそう言いながら首の骨を鳴らした。

ケリーは黒いジャケットと腰のホルダーを脱ぎ捨てた。

白い華奢な腕を構え、深い息をつき、格闘へギアを入れ替えた。

亜王とアレックスはエレベーターの中で拳を突き合わせていた。

二人は拳を放し、無言で扉の方を向く。

亜王が扉に向かって銃を構えた。

機械音がして扉が開いた。




「まったく。人を呼び出しておいて遅れるのは感心しませんね」


 ウォーカーは会議室の中途半端な位置の椅子に座りながら、部屋に入ってきたベンに声をかけた。

後ろの扉が自動で閉まるのを待って、ベンは無言のままウォーカーに銃を向けた。

ウォーカーは一瞬、ほんの一瞬だったが眉をひそめた。

誰にも死への恐怖を消すことはできない。

重い沈黙があたりを包む。

この沈黙をいつ銃声が引き裂いてもおかしくなかった。


「死んでもらうぜ! 裏切り者が!」


 ベンがそう怒鳴った。

薄暗い部屋の中ではあまり表情がわからないが、彼の表情は険しかった。

ウォーカーは無言のまま手でベンを制しながらゆっくりと立ち上がった。


「話すことなど何もない」


 今度は口を開こうとしたウォーカーをベンが制した。

銃を持っているベンが状況的には有利だった。

ウォーカーの無言の威圧のせいなのかベンは引き金を引けずにいた。

この張りつめた空気がいつまでも続くかと思われた次の瞬間、銃声が薄暗い会議室にこだました。

ベンの銃が床に転がる音がして、ベンが腕を抑えてよろめいた。

彼の銃を持っていた右腕からは血が流れ出している。


「遅いですよ」


 ウォーカーが会議室の隅の暗闇の方を見てやれやれといった感じで言った。

そこに立っていた人物は肩をすくめながら明るみに出てきた。

ハーケンクロイツだった。


「やはり貴様か」


 ベンが顔をしかめてそう言った。


「もっとイカしたハッタリかますんだな。あの程度で俺が飛び出てくると思ったか?」


 ハーケンクロイツはそう言って鼻を鳴らした。

どうやらベンの芝居は三文芝居に終わったらしい。


「どうしてだ。どうしてわかった?」


 ベンは後ずさりし壁に背中を当てた。

入り口をハーケンクロイツが塞ぐ。

ウォーカーは床に落ちた銃を拾い上げベンに向けた。

ベンは肩で息をしている。

今度追い詰められたのはベンの方だった。


「あなたの知らないことなど、ここにはたくさんありますよ」


 ウォーカーは鋭い目つきで言った。

その言葉には明らかに殺気が込められていた。

その気迫に気圧されたのか、ベンはできないことは頭では理解していただろうがさらに後ずさろうとした。

ハーケンクロイツが無線で合図を送り入り口を開けた。

黒い防弾スーツに身を包んだ数人の男たちが部屋に入ってきてベンを拘束した。

ベンは特に抵抗することもなく連行されていった。

部屋に残ったのはウォーカーとハーケンクロイツの二人だった。


「さて……、紅茶でもどうだ?」


 ハーケンクロイツは銃をテーブルの上に置き言った。


「いいですね。飲みながら朗報を待ちましょう」


 ウォーカーも銃をテーブルの上に置いた。

彼の顔にはいつもの穏やかな表情が戻っていた。

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