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青空をつかむ闇   作者: ジーン
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第十四話 怪しい影

「三十分で貨物室にロックがかかるから」

 ケリーがそういうと三人は降りるための最終チェックをした。

準備を終えたケリーは自分たちが乗り込んだ扉と反対側に行き、壁を手探りで調べ始めた。

そして、目的のものを見つけ、手首を右にひねった。

低い音とともに、人一人分くらいの大きさの扉が開いた。

ケリーが最初に周りの状況を注意深く探り外に出た。

亜王はポケットに自分の携帯電話とライターが入っているのを確認して外に出た。

そのあとに続いたアレックスが扉を閉め、コンテナをもとの形に戻した。

ケリーが客室棟へ入るための扉を見つけた。

彼女の合図で扉を開け、素早く中に入り込んだ。

入ってすぐに真っ赤なドレスを着た中年の女性と出くわしたが、三人は何食わぬ顔ですれ違った。

怪しまれていないかと亜王は内心かなりドキドキしていた。

三人はチケットを確認し、自分たちの部屋へと向かった。

幸い、三人の部屋は並んでいた。


「一つ気になっていたことがあるんだ」


 それぞれの部屋に入ろうとしていたとき、唐突に亜王が切り出した。

アレックスはリーダーに通そうとしていたカードを引っ込め、ケリーも亜王に視線を送った。


「敵がこの船に乗っているってのは考えられないのか?」


 亜王がそう言ったとき、ちょうど通路の奥から人が歩いてくるのが見えた。


「なんだその話か~。中でゆっくり話そうよ」


 ケリーは警戒して、できるだけ普通の会話をしていると見せ、三人は亜王の部屋へ入った。

部屋の中はとてもきらびやかで、金を持った人間しか乗れないというのが身に染みてわかった。

ベッドは二人分と言っていいほど広く、おそらく有名な画家が描いたであろう絵が壁に掛けられ、のどかな風景が枠の中に広がっていた。

亜王は上着をベッドの上に脱ぎ捨て、慣れなくて窮屈だった蝶ネクタイを思い切り緩めた。

亜王はベッドに腰掛け、その向かい側にあるテーブルの椅子にケリーとアレックスが腰掛けた。

もし一人で来ていたら、亜王はベッドの上で飛び跳ねて遊んでいたかもしれない。


「だらしないよ」


 ケリーが亜王の姿を見てため息交じりに首を横に振りながら言った。


「部屋の中ぐらい勘弁してくれ」


 亜王は申し訳なさそうに言った。


「まぁまぁ、実際のところはどうなのかはっきりさせよう」


 アレックスが半ば強引に本題へと話を戻した。

ケリーはにこやかに心配ないといった。

これだけ大人数の中から見つけるのは困難であり、何よりも情報が漏れているはずがないというのだ。

確かにアレックスがイギリス側に渡ったという情報はアメリカ側も知っているだろうが、その本人を連れて乗り込まれるとは相手も考えていないだろうというのがウォーカーの考えだったらしい。

そのことには亜王もアレックスも同感のようだ。

それならば正面から入ってもよかったのではないかと亜王は一瞬考えたが、顔認証があることを思い出した。

いくら顔が割れていないにしてもそれはリスクが高すぎる。

何にせよひとまず安全だということが分かったので、軽く朝食を食べに行くことにした。


 この船に乗るためには莫大な金が必要である。

その理由の一つとして船内での飲食に金がかからないということがあげられるだろう。

朝食をとったあと、アレックスは顔を真っ青にして部屋に戻っていった。

おそらく船酔いだろう。

亜王たちはコンテナに乗って乗船したのでいまいちわかっていなかったが、その船はものすごい大きさだった。

カジノ、プール、スポーツ施設、バーにレストラン。

映画館まである。

一周するだけでも疲れるくらい広く、どこへ行っても気を引かれるものばかりだった。

ふと気づくとケリーがまた亜王の腕に腕をからませていた。

またフリなのだろうかと亜王は考えていた。

その時、彼は異様な視線を感じ周りを見渡した。

ケリーの着ているドレスとはまた違う黒――宇宙の暗黒のような――ドレスを着た女性がこちらを見ている。

顔はよく見えなかったが、おそらくきれいな人だと亜王は確信していた。

亜王は気づいていなかったが、ケリーはその時その女性を思い切りにらみつけていた。


「アレックスの奴大丈夫かな?」


 今まで忘れていたという口調で亜王は言った。

顔を青くして部屋に戻ったアレックスを心配し、二人は彼の部屋へ向かった。

ドアをノックするとトイレを流す音が聞こえ、しばらくしてドアが開けられた。


「やぁ」


 そう言ったアレックスの顔はまだ青く、この短時間にやつれたように見える。

なかなか深刻な船酔いのようだ。

亜王が大丈夫かと聞いたが、アレックスは何かを話そうと口を開きかけたところで口を押さえ、トイレに逆戻りした。

ケリーは手におえないと言いたそうに眼を回して見せた。

しばらく二人は、ものが逆流するときに出る、何とも言えない叫びをただ立ち尽くして聞いていた。

トイレから出てきたアレックスは何も言わずにベッドへ向かった。


「大丈夫か?」


 亜王は再びそう聞いた。

さすがに心配そうな表情をしている。


「もう売り切れさ。胃液もない。それより、船内はどうだった?」


 アレックスは弱弱しく尋ねた。


「薬もらおうか?」


 質問に答えるよりも、アレックスの体が心配でケリーがそう言った。


「アレルギーなんだ。薬はだめだ。ショック死する」


 そう言った途端、アレックスは目を見開き口を押さえた。

あわててケリーがゴミ箱を渡す。

その後は思わず亜王もケリーも目をそらしてしまった。

アレックスはゴミ箱に顔を突っ込み空になった胃から何かを絞り出していた。


「何日か経てば慣れてくると思うよ」


 ゴミ箱から顔をあげ、涙目でアレックスはそう言った。

亜王とケリーはそれを聞き、お大事にと伝え部屋を出た。


「お願いがあるんだけど」


 部屋を出てすぐにケリーがそう言った。

そう言った彼女の目は向かいの部屋の扉に向けられたままだった。


「この船の中ではできるだけ一緒にいて」


 その言葉の真意を考えながら亜王はケリーの目を見たが、くだらない個人的な意味はないと一瞬で分かった。

今までにないくらいの真剣なまなざしを彼女は亜王に向けた。


「まさか……」


 亜王は悟った。


「おそらくね。読まれてたってこと」


 ケリーは小声で言った。


「ウォーカーに連絡しないと」


 亜王はポケットの中の携帯に手を触れた。

ケリーは彼の手をつかんで首を横に振った。

亜王はその理由を聞く。


「絶対に漏れるはずのない情報が外部に漏れたんだよ?」


 亜王の腕を握る手に力が入る。

ケリーの表情はこわばっているように見えた。


「内通者か……」


 亜王はそう言った後、日本語で悪態をついた。


「多分電話は盗聴されてるよ」


 ケリーの厳しいまなざしに変わりはない。

しばらく重い沈黙が流れた。

重要なのはいったい誰が裏切っているのか。

二人の頭の中にはその言葉が繰り返し渦を巻いていた。

その時、二人は顔を見合わせた。心当たりが一人いる。


「あいつだ。ベンだ。前まであんな奴じゃなかったと言ってただろ?」


 亜王はケリーの肩をつかんで激しくゆすった。


「い、一年前の任務からだよ」


 ケリーは驚き目を見開いている。


「一年前って、アメリカに天候操作の技術が渡ったくらいだろ」


「渡る少し前からロマノフ博士が姿を消してる」


 亜王の言葉に付け加えるようにケリーが言った。

まだ完全ではないが、ほぼパズルは完成した。

アメリカはアレックスが目的を言うのを恐れ、彼を捕まえようとした。

アレックスが姿を消した時点でアメリカは自分たちの任務は完遂されたと思い込んだのだろう。

実際はイギリス側がかくまったのだが。

アメリカの動きを知ったイギリスはアメリカに対抗するために各国に協力を要請する。

その動きを察知したアメリカはスパイ――おそらくハーディーの息のかかった――を送り込んだ。

本人とすり替えて。

おそらくベン本人はもう死んでいるはずだ。

イギリス側が少しでも行動をとった場合、自動的にアメリカに情報が漏れる。生きていると分かったアレックスを、亜王たちが連れてアメリカに入るのはアメリカ側にとっては好都合である。


「はめられた。この作戦は相手側にとって最高にメリットがある」


 亜王はため息をついた。

アレックスもろとも潜入部隊を一掃し、それを引き金に世界大戦へ入る。

最悪のシナリオだ。


「ベンは目立った動きを見せないからばれないだろうね。でも、私たちは自分の任務をやらないと。犠牲は覚悟で来てるんだから」


 ケリーがそう言ったとき、向かいのドアが開き、赤いドレスを着た40歳くらいの――もしくはもう少し年齢が上の――中年の女性が出てきた。

船に入るときに出くわした人だ。

その女性がにっこりと微笑まなければ、ケリーが思わず亜王の腕を握らなければ、亜王は大きな声を出してへなへなとその場に座り込んでしまったかもしれない。

その女性は軽くお辞儀をして歩いて行った。

亜王は一歩後ずさり、背中をドアにあてた。

心臓の鼓動が激しいのが聞こえる。

ケリーは冷たい嫌な汗が噴き出すのを感じていた。


「聞かれた……かな?」


 ケリーはぎこちなく亜王の方を向いて言った。

亜王は推測と希望を込めて首を横に振った。

この船の中にいる間、アレックスは大丈夫だろう。

それを運んできた二人はどうなるかわからないが。

ケリーはシャワーを浴びたいと言った。

二人は六時半に夕食に行くと約束をしてそれぞれの部屋に戻った。

亜王は自分の部屋に入り、オートロックで鍵のしまる音がした途端に、ものすごい脱力感に襲われた。

緊張の糸が切れるとはまさにこのことだろう。

その場に崩れるように座り込みドアにもたれかかった。

腹の底から安堵と恐怖の混ぜ合わさった何とも不快な感覚がこみ上げてくる。

不用意に人に自分たちのことを聞かれたということよりも、自分たちの行きつく先が限りなく死の世界であるということが亜王を押しつぶそうとしていた。

亜王は今この瞬間生きているのだと実感した。

彼は上着をその場に脱ぎ捨て、蝶ネクタイを引きちぎるようにはずし、ベッドに倒れこんだ。

彼はそのまま眠りに落ちた。

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