第十三話 潜入
次の日の朝、亜王は体の痛みと息苦しさによって目を覚ました。
やはりこういう場所は自分には合わないと思いながら、亜王は体を動かしコリをほぐした。
ちょうど準備が整ったとき、ケリーが呼びに来た。
亜王が部屋を出るとすでにアレックスとメアリーもいた。
それぞれがあいさつを交わし、4人はそろってウォーカーのところへ向かった。
ウォーカーの部屋に入ると、待っていましたと言わんばかりにウォーカーが席から立ち上がり、亜王たちにあいさつした。
それと同時に、部屋に数人の人が入ってきて、ケリーには赤いドレス、亜王とアレックスには黒いタキシードが渡された。
海路組は豪華客船のためドレスコードがあるのだ。
一方のメアリーは、空路のため特にそういったことを意識する必要はない。
しかし空路の場合、荷物チェック、身体検査があるため武器の持ち込みができず、カナダまでは丸腰ということになる。
イギリスとの同盟国であるカナダに降り立つことができれば話は別だ。
また、海路組の亜王たちも、乗客としてゲートを通るならば検査があるが、その船は武器の輸送も行っている。
そのため、荷物に紛れて乗船すれば問題なく持ち込めるのだ。
服の次に海路組に渡されたのは衣服のメーカーのロゴがプリントされた段ボールだった。
「居心地よさそうだな」
亜王が苦笑いを浮かべ、皮肉たっぷりに言った。
今渡した段ボールはそれぞれの武器を入れておくものだと、ウォーカーが説明した。
アレックスがそれを聞いて胸をなでおろした。
「3人とも着替えて準備が整ったらまたここに集合してください。メアリー、あなたにはすぐに出発してもらいます。私と一緒に来てください」
ウォーカーはそう言って部屋を出ていった。
その後をメアリーが追って出ていこうとする。
アレックスがメアリーを呼び止めようとして躊躇した。
彼は不安などいろいろな感情が入り混じった複雑な表情をしている。
メアリーは一度だけアレックスを振り返ってみた。
「何しんみりしてんだよ? 死にに行くわけじゃねぇんだぞ。約束守れよアレックス」
メアリーはそう言いながら、手をひらひらと振って部屋を出ていった。
亜王たちは一度自分の部屋に戻り着替えた。
亜王はこういった正装に慣れておらず、着心地の悪さを感じていた。
彼が部屋から出ると、ちょうどケリーが出てきたところだった。
ケリーは仕事柄というのもあいまって、着慣れているという感じだった。
もともと持っているかわいらしさの中に大人の魅力がちりばめられ、よく整った美しい顔と体のラインがより一層際立っている。
亜王は完全に魅了され、すっと通った鼻筋が美しいその横顔に見とれていた。
ケリーは不思議そうな顔をして青い瞳で亜王を見た。
このまま時間が止まってしまえばいいと亜王は思っていた。
しかし、その止まりかけた時間はアレックスが部屋から出てきたことで動き始めてしまった。
「あ~、お邪魔だったみたいだね。もう少し部屋で待つよ」
アレックスがそう言って部屋に戻ろうとするのをケリーが慌てて止めた。
亜王はため息をついて頭をかいた。
アレックスも家柄こういった服装には慣れているようだ。
まさに紳士といった雰囲気を醸し出し、大人の魅力と余裕が感じられる。
さぞ社交界で引っ張りだこになるだろう。
自分たちの荷物を入れた段ボールは取りに来る人がいるので、このままでいいとケリーが言ったので、三人はウォーカーのもとへ向かった。
慣れていないせいもあり、どうも恥ずかしいと亜王は感じていた。
「おや、みなさん。お似合いですよ」
ウォーカーはにこやかに言った。
「船の上は長旅です。向こうについたら任務が待っています。せめて船の上だけでも存分に楽しんでください。」
彼はそう言って三人に乗船チケットを握らせた。
「正面から入らないのにいるのか?」
亜王がチケットをまじまじと眺めながらそうつぶやいた。
「念のためです。いつ何時チェックされるかわかりませんからね」
ウォーカーは笑顔のままそう言った。
「メアリーとの交信手段として、専用の電話を荷物の中に入れておきました」
彼は手を後ろで組んで言った。
それに対して三人はそれぞれ礼を言った。
それに対して笑顔で答えた後、ウォーカーはついてくるようにと三人に促した。
三人がウォーカーに従いついていくと、大きなコンテナの前まで連れていかれた。
コンテナの扉が開かれると、中はがらんとしていて段ボールがいくつか積まれているだけだった。
「何個か多いぞ」
アレックスが指をさして指摘した。
「念のため、武器とか弾薬とかの補充分だよ」
ケリーがそう答えた。
「船の中に入ると、三十分で貨物室にロックがかかります。それまでに貨物室から出るようにしてください」
そう言った後、そろそろ時間だと、ウォーカーは三人に中に入るように促した。
三人が中に入るとコンテナの大きな扉が自動で閉まっていく。
「メアリーは無事に出発しましたか?」
アレックスが閉まっていくドアの隙間からウォーカーに言った。
ウォーカーは笑顔でうなずいた。
重い音とともにコンテナの扉が閉まった。
電子音がして鍵がかかった。
中は真っ暗だ。
ケリーが小さいマグライトをつけた。
光を向けられた亜王はまぶしさに目を細めた。
少し時間が空いてコンテナが動き始めた。
どうやらトラックの上にいるようだ。
「疑問なんだが、どうやってここから出るんだ?」
アレックスが暗闇の中で言った。
ケリーはいつものように笑みを浮かべている。
どうやら大丈夫なようだ。
三人がコンテナに乗り込んでからどれくらいの時間が過ぎただろうか。
体に伝わってくる揺れに変化があった。
ようやく船の中に入ったようだ。
外からは貨物を運び込むクレーンの音などがする。
船に乗ってから、積み荷の積み下ろしが終わるまで、ケリーは身じろぎ一つしなかったと思う。
積み下ろしの作業が終わり、あたりが静寂に包まれた後、ようやくケリーが立ち上がった。
他の二人も立ち上がり、それぞれがライトをつけた。