第十話 アレックスとメアリー
亜王たちが連れて行かれたのはケリーの部屋がある通路だった。
「どこでも好きなとこ使っていいよ。この区画は私しか使ってないから」
ケリーがそういった瞬間、亜王とアレックスは正直どこも使いたくないと感じた。
しかし、ここでわがままを言うわけにもいかず、それぞれ部屋を選んで中に入った。
亜王が入ったのはケリーの向かいの部屋だった。
その隣にアレックスが入り、ケリーの隣の部屋にメアリーが入った。
亜王は部屋の中に入り壁にあるスイッチを入れた。
すると裸の電球が部屋の中を薄暗く照らした。
ハイテクのたまりのような機関の一室にこんなにもアナログなものがあることにとても驚いた。
もしかしたら、最近はこういったレトロなものがはやっているのだろうか。
部屋の中はまさに殺風景だった。
窓はなく、ベッドと机が置いてあるだけだった。
何とも言えない圧迫感があり、かなり狭く感じる。
亜王は複雑な気持ちで頭を掻いた。
「不満?」
突然ケリーの声が部屋に響いた。
ドアの格子から顔をのぞかせている。
亜王は驚きのあまり声を上げた。
ケリーは気分転換に亜王を散歩に誘いに来たらしい。
散歩といっても外に出られるわけではないのだが。
特に他の用事もなく、この基地内に興味のあった亜王は誘いに乗ることにした。
世界でもトップクラスの技術力を持った機関を目にするまたとない機会だ。
「おい、アレックス。あの二人どう思う?」
通路の奥の扉が閉まる音を聞き、二人がいなくなったのを確認したメアリーがベットの上から向かいのアレックスへ話しかけた。
「どういう意味だ?」
通路を挟みアレックスが話しかけた。
「できてるかってことさ」
メアリーは体を起こし、言った。
それに対し、アレックスはそっけなくわからないと答えた。
静かな空気が通路を通り抜ける。
「今何やってんだ?」
再びメアリーが口を開いた。
今度は答えが返ってくるまで時間がかかった。
「暇なのか?」
アレックスが静かにそう言った。
「いいから答えろよ」
図星をつかれ少し苛立ったメアリーはぶっきらぼうにそう言った。
「いいだろなんでも」
アレックスからはため息交じりの冷たい返事が返ってくる。
「ヤッてんのか?」
この言葉にさすがに動揺したのか、アレックスからあわてて否定の返事がきた。
「日記を書いていたんだ」
金属製の机の上にペンが置かれる音が通路に響いた。
メアリーは日記をつけている理由をアレックスに聞いた。
その問いに対してアレックスは生きた証が欲しいからだと言った。
アレックスが言うには、日記は家を出てから書き始めたものらしい。
家を出てすぐのころは、家にいた時には考えられない生活を送っていた。
その記憶を残しておくことも、彼にとっては父親への反抗なのかもしれない。
自分に汚い金で裕福を押し付けた父親への。
そんな日記も、今では持ち歩くことなど到底できないほどの量になり、最新のもの以外は貸金庫に預けられている。
「過去に何の意味があるんだ? 生きていくのは未来だろうが」
メアリーはそう言って、机の上の煙草の箱から煙草を一本抜きくわえた。
「どうしても進めなくなった時に、答えを探すために後ろを振り返るのも重要だよ」
「女々しい野郎だな。私には理解できねぇ」
メアリーはアレックスの言葉を鼻で笑い煙草に火をつけた。
窓のない部屋に紫煙が漂う。
「君には理解できないだろうな。君は前だけを見て生きるタイプの人間だと思う」
アレックスは苦笑いしながら言った。
「知ったような口きいてんじゃねーよ。お前に私の何がわかるっていうんだよ」
メアリーは吐き捨てるように言った。
「全くその通りだ。だけど君にも僕のことはわからないだろ?」
アレックスは機嫌を損ねた様子もなく穏やかに言った。
「そうだな」
メアリーはそう言って大きく煙を吐いた。
彼女は微笑んでいた。
口調とは裏腹に会話を楽しんでいるようだ。
「煙草吸っているのか?」
唐突にアレックスがそう言った。
「吸ってるけど」
「嫌いなんだ」
メアリーの返答に間髪入れずアレックスが言った。
メアリーはしぶしぶではあったが火を壁に押し付け消した。
最後は煙ではなくため息を吐いていた。
その後、沈黙のまま数分が過ぎた。
メアリーは急に空腹感を覚えた。
「腹減ってないか?」
メアリーはアレックスの部屋を格子の間からのぞきながら言った。
「僕も空腹だったんだ。何か食べに行こう」
アレックスも格子から顔をのぞかせて言った。
二人は食堂へ向かうことにした。