第一話
「人間が神を超えようとするならば、その先には死滅の道以外残されてはいない」
その言葉は、神のみができることに、決して人間が手を出してはいけないのだと暗示していた。しかし人間はおろかで自分が優れていると思い込んでいる。
その自惚れのせいで、人類に危機が訪れる。
この話はその危機を乗り越えたことを記すものである。
時は2139年。四人の男女が命を賭け運命を交差させる。
七月二十三日、気温二十六度、天気予報は晴れだ。
時刻は午前七時。一日はすでに始まっていた。まだ朝だというのに汗ばむ陽気だ。
携帯電話のアラームが鳴り響く。
京葉亜王はもぞもぞと起き上がり、アラームを止め、携帯電話の時計をぼーっと見つめた。
週末だというのにずいぶんと亜王にしては早起きだ。
大学生活を謳歌している彼にとって、平日でもこんなに早く起きることはそうそうない。
彼は今日のスケジュールを頭の中で思い出しながら、洗面台へ向かった。
冷たい水で顔を洗い、寝癖のせいで重力に逆らっている髪を整える。
部屋に戻り、ジーパンをはき、ブラインドを上げた。
いきなり降り注いだ朝日に、一瞬目を細めた。
眼下には時速300キロメートルで走る自動操縦の車、人ごみにまぎれて歩く多種多様なロボット、天高くそびえるビルの間を走る運転手のいないリニアモーターカー、二十一世紀のアメリカ、EU諸国に次ぐ、日本の発展を象徴する首都東京が広がっている。
どんなに世界が発展しても、東京のせわしない込み入った雰囲気は変わらない。
亜王がシャツを着て、上着を着ようとした時、ドアがものすごい勢いでノックされた。
亜王が返事をしても止む気配がない。亜王は急いで上着を着てドアを開け、
「やかましい!」
と、怒鳴った。
部屋の前には黒髪のショートヘアーで笑顔のさわやかな女の子が立っている。彼女の名前は山手真名。亜王のいとこにあたる。
「おはよ、アオ兄。約束覚えてる?」
まさに朝日のような屈託のない明るい笑顔を全面に押し出し、彼女はそう言った。
「だから準備してたんだろ?」
亜王はため息をつき、そう言い残し部屋の中に戻っていった。
椅子にかかっているバッグを取るとき、机の上に置かれた開きっぱなしの本が目に止まった。
物事が進歩すれば、その分だけ骨董品を集めるコレクターが増えていく。
保存の観点から、世の中の本が出版されるときは電子書籍と相場は決まっていた。
紙の本など持っているのは物好きか考古学者ぐらいなものだった。
亜王はその古びた本に手を伸ばし手にとった。「死滅」の二文字が目に入った。その文字だけが3Dなのかとさえ感じるほどだった。
亜王は顔をしかめ、ベッドの上に本を放り投げた。本の中の世界は今の現実を描いているようだった。
確か、その本はいい結末ではなかった。
世界は競って新しい技術に手を出している。
誰かが確立された技術は魔法と変わらないと言っていた。
神の領域に達するのも時間の問題だった。
準備を済ませ亜王と真名は階段を下りリビングに入った。
テーブルの上に軽い朝食が皿の上に乗り、ラップがかけられていた。
「あ、亜王。おはよう。今日は早いわね。でも、母さんもう行くから」
そう慌ただしく声をかけたのは、亜王の母親である園子だった。
彼女は都庁に勤務している。
いわゆるできる女というやつだ。
園子は、亜王が席に着くのとほぼ同時にリビングから出て行った。
亜王は園子の背中に行ってらっしゃいと声をかけた。
朝食を終えた亜王は、真名に半ば強引にガレージまで連れて行かれた。
ガレージに入ると銀色のスリムなボディの車があり、それは自らエンジンをかけ、乗ってくれといわんばかりにドアを開けた。
亜王たちが乗り込むと、車は目的地を尋ねた。
亜王がこの近辺で最も大きい銀行の名前を告げると、車は電子音を少し唸らせ、静かに動き出した。
車がコンピュータ制御になってからというもの、ほとんど事故のニュースは聞いたことがない。
快適なドライブを終え亜王たちは銀行に着いた。
銀行の中に入ると順番待ちの人でごった返していた。
冷房はきいていたが、独特の熱気が充満していた。
それだけではなく、多くの人の苛立ちも漂っていた。
「もうこんなに人がいる……」
真名は人の多さに、がっくりと肩を落としため息をついた。
もちろん待合の椅子に空席などない。
窓口では、何やら真剣に話し合う人々、繰り返し謝り続ける銀行員、今にも殴りかかりそうな客と、さまざまな人たちがいる。
都内でも最大規模のこの銀行に人があふれているのには、最大規模ということ以外に理由があった。
数日前のことだが、複数の銀行の金に関するすべてを管理しているコンピュータに何者かが侵入し、システムを破壊するという事件がおきた。
そのため、今この銀行を含め、都内のいくつかの銀行は人の手によって動いている。
それだけにとどまらず、この銀行系列の街中のATMはすべて封鎖された。
この事件によって銀行がつぶれることを恐れた人々が、自分の金を守ろうと殺到しているのだ。
亜王たちはこの騒動のせいで来たのではない。
今日は真名の誕生日なのだ。プレゼントを買うためにお金を下ろしにきたのだった。
お金を下ろすといっても現金の時代はとうの昔に終わりを告げている。
今はすべてカードによるものだ。
街中のそこかしこにATMの機能を備えた端末が立ち並んでいる。
セキュリティ面も随分と強化され、ほぼ金を盗られたりすることもない。
そんな時代なので、余分な金を持ち歩いている人などほとんどいないのだ。
店の中でさえ金が下ろせるのだから。
普段ならカードをロボットに通してやればすむものも、相手が人間に代わっただけで倍以上の時間がかかる。
それに加えてこの人の多さ、
「今日中に金出せるかな……」
という不安が亜王の心の中によぎる。