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恋するあたしと濃い(恋)天使  作者: 天海六花
5/5

5 魅せられて引き寄せられて愛されて

真砂と恋天使のドタバタ恋喜劇!

イベントで無料配布していた小冊子No.2の作品です。

   5 魅せられて引き寄せられて愛されて


 ──翌日、真砂は最終の授業が終わるなり、校舎裏にあるクラブハウスへと猛ダッシュした。そして待ち構えていたおっさんキューピッドに問い掛ける。

「ねぇ! まだ先輩、来てないよね?」

「素晴らしいダッシュでシタ。真砂サンが一番乗りデスよ」

 おっさんキューピッドの答えに、満足そうに頷く真砂。

「折角夜なべして手紙書いたんだから、絶対受け取ってもらわないと! なんたって原稿用紙三百枚の大傑作よ! 涙無しに読めないってものよ、オッホッホ!」

「オオウ……なんだかとても痛々しくて言葉で表せない、病的、妄信的なストーカーっぽいデスねェ。その内、使用済みパンツでも盗みそうな印象デス」

「ほっといてよ! 先輩へのあたしの熱い想いは『好きです』程度の言葉じゃ表現できなかったのよ!」

 それにしても、原稿用紙三百枚はやりすぎである。読む方の身にもなっていただきたい。

「よし。じゃあしっかりバックアップしてよ! あたしの薔薇色の高校生活が、この告白にかかってるんだから!」


 昨夜、おっさんキューピッドと何度もミーティングした、手紙を差し出しながら述べる告白の言葉を、頭の中で何度も反芻する。一文字も間違ってはいないし、完璧に覚えている。

 ああ、この集中力と記憶力を、どうにか来月の中間テストで発揮できないものか──そんな事を合間に考えつつも、真砂はもう一度、告白の言葉を頭の中で繰り返す。

「あっ! 先輩が来た! わわっ、ドキドキする! 胸がきゅんきゅんしちゃう! もし手紙を受け取ってすぐに、『実は僕も真砂クンが好きだったんだ』なんて事になったら! キャーッキャーッ!!」

 妄想世界にどっぷり浸り、わざとらしくも、|(お世辞だが)可愛らしい仕種に身をよじりつつ、真砂は両手で紅潮する頬を押さえた。


 一歩、また一歩と、何も知らずに近付いてくる、真砂の想い人、青木。クラブハウスの吹奏楽部の扉の前で、彼は鞄の中にあるはずの鍵をゴソゴソと探り始めた。

「よし、今デス!」

 おっさんキューピッドは飛び出し、ハートの矢尻が付いた弓を取り出し構えた。

「恋する気持ちを射貫くって聞いたけど、本当にあんな矢が刺さって、先輩怪我しないかなぁ?」

 ハラハラしながらおっさんキューピッドの動向を探りつつ、真砂は数回深呼吸してから、意を決してクラブハウス前へと歩き出す。青木の元へ、まっすぐに。しかし──


ポロン♪


「はい?」

 真砂の足が止まり、目が点になる。


 ポロペン♪


 おっさんキューピッドは丸い小さな弓矢を、指毛モジャな逞しい指先で摘み、ハートの矢でその弦を弾いて〝演奏〟していた。さながら中国民族楽器、二胡のような演奏方法だった。

 思わず真砂は全力でツッこんでいた。

「それって弓矢じゃなくて、弦楽器なの!?」

 だがおっさんキューピッドは真砂のツッコミに反応せず、口を縦に開いて声を張り上げた。


「聞いてくだサイ! 相手の心を、気持ちを射貫く恋の歌! 作詞作曲・大天使様!」

「作詞作曲とかどうでもいいし!!」

「歌いマァス! らら、ラァアァアァアァアァ!!」

 おっさんキューピッドは高らかに歌い出した。超絶に野太いビブラートを響かせて。


「いいっ!? ちょ、なっ……」

 真砂も青木も、歌い狂うおっさんキューピッドをガン見していた。どうやらターゲットである恋の相手には、おっさんキューピッドの姿がちゃんと見えるらしい。

「……の、野太い! ……だが、妙に歌声だけイケボ! しかも上手い! ……とりあえずなんか死ぬほど悔しい!!」

 重低音のバリトンボイスで、高らかに愛の歌|(作詞作曲・大天使様)を歌い上げる、おっさんキューピッド。完璧に自分の世界へ陶酔しているらしく、真砂の姿も青木の姿も彼の眼中にはない。彼はただ、自分の世界の中で最上に心地よく歌い続けた。


「……あれ? なんだろう……吸い寄せられる……」

 青木がおっさんキューピッドの方へとフラフラ歩み寄ってくる。熱に浮かされたような覚束無おぼつかない足取りだが、着実に彼に歩み寄っている。

「せ、先輩? ……わっ!」

 真砂が心配して青木に歩み寄ろうとすると、背を誰かに突き飛ばされた。


「素敵な歌声……引き寄せられる……」

「誰が歌ってるの? もっと聞かせて」

「僕を連れてって。あなたのところへ」

「私も行くわ。あなたと一緒に」

 次々と校舎から生徒たちが出てくる。そしてあっという間に夢遊病者のような集団が、おっさんキューピッドを取り囲んでしまった。ハーメルンの笛吹男ばりの、他者を操る歌声のようだ。

 あまりの大人数に気圧され、真砂はおっさんキューピッドの足元に座り込んでいた。


「これって、どういう事?」

「ウムム。どうやらワタシの美声に、皆サン魅せられてしまったようデスね。イワユル〝萌え〟や〝ツボに入る〟や〝耳が孕む〟というモノに分類してもヨイでショウ。性別を超越したワタシの魅力ある歌声の、正当なる評価デス」

「えっ? じゃあ! じゃあ先輩はどうな……」

「あの……もっと歌ってください。俺、あなたと一緒にいたい」

「せせせ先輩!? 正気で言ってんですか、それ! こんな見た目がヤバい不審者、通報レベルじゃないですか! しっかりしてください!」

 すぐ背後にいた青木は、目をハートマークにして、うっとりと熱い視線をおっさんキューピッドへ注いでいる。他の者たちも同じような催眠状態だった。

「オヤオヤ。皆サンもうワタシに夢中で、他に何も見えナイ聞こえナイ状態のようデスね」

 おっさんキューピッドは弓の弦を鳴らしながら冷静に分析する。

「え? え? じゃああたし、告白する前に失恋したってワケ?」

「残念デスが、皆サン、ワタシに夢中デス。ひよこが最初に見た者を親だと思ってしまう〝すりこみ現象〟のように、ワタシのスバラシイ歌を聞いてしまった皆サンは、否が応でもワタシに夢中になってしまうのデス。もう真砂サンのコトは一切見えていまセン。真砂サンと青木クンを結ぶはずの恋の歌の歌詞、チョット間違ってしまったようデス。ウォッホッホ」

「ウォッホッホじゃないわよ! 何よそれ! それじゃ約束が違うじゃないのよぉ!」

 おっさんキューピッドに掴み掛かる真砂だが、彼はハハハと笑うばかり。

「ワタシ、人間もデスが、愛や恋にも興味ありまセン。だってワタシは皆に愛されキューピッドなのデスから」

「はぁっ!? 何が愛されキューピッドよ! ギャル向けファッション雑誌みたいな個性の無いキャッチコピーで誤魔化さないでよ!」

 真砂は噛み付くも、おっさんキューピッドは全く相手にしていない。

「ワタシ、キューピッドなので、人間には興味ないのでソーリー。それではワタシは仕事が終わったので天上へと帰りマス。皆サン、それではサヨウナラ! 華麗に優雅に羽ばたくワタシ! トゥッ!」

 おっさんキューピッドが背中の小さな翼を羽ばたかせて舞い上がる。この小さな翼の羽ばたきで、このガチムチ巨体が持ち上がる事こそ、不思議でならないファンタスティック・ミステリー。


「キューピッド! 行かないで俺のキューピッド!」

「先輩、目を覚まして!」

「キューピッドオオオ!!」

 舞い上がるおっさんキューピッドに手を伸ばす青木、そして大勢の生徒。しかしおっさんキューピッドは、それらを振り切って空の彼方へと消えた。

 彼の消えた方向へ走り出す青木とその他大勢。一人取り残された真砂は、憤怒の形相で叫んでいた。

「あたしの恋を返せぇぇぇ! 縁結びの仕事してないじゃないの、くぉの変態キューピッドォォォ!」


 真砂、十六才の淡い恋は、実るどころか始まる前に終了した。


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