王子と奴隷ーーー①
ローカシュ大陸に居を構えるアルチアン王国とブランケル王国は、長い間不仲な関係が続いていた。海に面したブランケル王国は広大にして肥沃なアルチアン王国の山岳や平野、穀物地帯を欲し、大地占めるアルチアン王国はブランケル王国の海洋の利潤を求めた。その両国が争い合うのは、必然のことだったと言っていいだろう。
アルチアン暦1245年。アルチアン王国はブランケル王国に対し、宣戦布告を行った。ブランケル王国はその宣戦布告を了承。そして、戦争が始まった。
アルチアン王国は歩兵5万に騎兵1万5千。対するブランケル王国は歩兵8万に騎兵3万。兵数としては圧倒的にブランケル王国が勝っており、二倍近い差があった。兵力差があった為、ブランケル王国の将兵は勝利を疑っていなかった。アルチアン王国がこの大陸の中で、最も国土が小さかったというのもあったかもしれない。
だが、現実はそう甘くなかった。
アルチアン王国とブランケル王国の戦争はたった半年。それも、アルチアン王国の圧勝という形で幕を下ろした。兵力で勝っていたブランケル王国将兵だったが、大将軍ステファンの変幻自在な用兵。それに加えてのアルチアン騎兵の個々の強さに圧倒され、圧倒的な兵力差すらも防ぎきった右軍左軍の功績もあり、ブランケル軍は壊滅した。その逃走の際にステファンによりブランケル国王は討たれ、戦争の決着がついた。
敗北したブランケル王国はアルチアン王国に国土を奪われ、戦争に参加した兵士達は故郷を失った。反対に勝利したアルチアン王国は海の利潤を得て、今まで得ることができなかった利益に祝勝をあげていた。
アルチアン王国首都クサヴァーではお祭り状態が続いていた。それは王城でも例外ではなく、皆が浮かれているような印象を受ける。そんな王城の廊下を、戦争の英雄ステファンは一人で歩いていた。金髪に青い目の典型的なアルチアン人の容貌を持つ男性だ。三十代後半の年齢でありながらその容貌は二十代の青年にも見え、豪華な衣装が嫌味にならずよく似合う。ステファンはそんな男だった。
そのステファンに駆け寄る人影があった。男の子にも女の子にも見える、どちらかと言えば女性的な雰囲気の方が強い、その少年の名前はレオニード。アルチアン王国国王の一人息子にして、次代の国王候補だ。レオニードは勢い良くステファンに飛び付いた。
「叔父上!!」
「おう、レオニード。今戻ったぞ」
レオニードは勢い良くステファンの胸に飛び込む。それを難なく受け止めると、ステファンはレオニードを大きく己の頭上に持ち上げた。ステファンは2メートル近い身長を持つ偉丈夫だ。小柄なレオニードを持ち上げることなど造作もなかった。ステファンに持ち上げられて、その高さに慌てるレオニードを尻目に、そのまま会話を始めた。
「相変わらず小さくて軽いのう。そのような姿では、知らぬものに女子に間違われてしまうぞ」
「言いましたね、叔父上。 余だって気にはしているのです。それに男児らしく剣技もこの半年で上達しました。あと、下ろしてください!!」
「ほう、言うではないか。ならば、後から確かめて見なくてはならんな」
「それは是非お願いします。でも、早く下ろしてください!!」
下ろせと暴れながらも笑顔で楽しそうなレオニードを見て、その笑顔につられてステファンは笑う。ひとしきりレオニードで遊んだステファンはレオニードを降ろして、頭を乱暴に撫でると口を開いた。
「悪いがまた後で話そうか、レオニード。兄上にも報告せねばならぬことがあってな。時間が余り無いのだ」
「ええー、せっかく帰って来たのですからもっと話をしましょう。叔父上」
半年ぶりなのですしと、小さな声でレオニードは呟く。ステファンはそんなレオニードの頭を軽くポン、ポンと叩くと仕方なさげに笑う。余談だが、ステファンには妻も子もいない。それ故に甥であるレオニードを溺愛しているのだ。レオニードも自分を可愛がってくれるステファンになついている。
「後で時間を作る。それで許してくれ、レオニード。そうだ、 夕食でも一緒に取ろうか? 」
「・・・それなら、まぁ」
ステファンの言葉にレオニードはしぶしぶ頷く。それでも不満なことには代わりないようで頬が少し膨らんでいる。そんな仕草にいとおしさを感じながらも、ステファンは苦笑いしながらレオニードの頭をまた乱暴に撫でると言った。
「折角だからラルフとライサも誘ってみようか。二人とも、まぁ、儂もそうだが半年マトモな物を食っておらん。旨い飯が食べれると聞けば喜んで了承するだろう。それにレオニードにも土産もある。何なのか知ったら、きっと驚くぞ?」
「・・・分かりました。お土産は楽しみに待ってます」
「うむ。ではレオニード、すまないが二人にこの事を大丈夫かどうか聞いてきてくれんか? 儂はその間に兄上の所に行ってくるのでな」
「はい。ところで、ラルフとライサは今どこにいますか?」
「あやつらなら恐らく自室に居よう。ライサは分からぬがラルフは、部屋で剣を磨いでおるのではないか? あやつのことだからな」
腕を組んで考えるステファンを見て、確かに真面目な彼ならありそうだとレオニードは笑った。
「それじゃあ、行ってきます。叔父上、また後で。・・・忘れていた、なんて言ったら怒りますからね?」
レオニードはステファンに釘を指す。ステファンには以前、約束をすっぽかされたことがあるので、念のために一言言うようにしている。勿論、レオニードも本気で言っている訳ではない。それだけ言うとレオニードは、ラルフの自室に向かおうと走り出す。だが、後ろから声がかかった。
「うむ。慌てすぎて転ぶでないぞ」
「余はもう9つです。子供ではありません!!」
レオニードはクルリと後ろを向き、ステファンに文句を言うと走って行った。
「・・・そういう所がまだまだ子供だのう」
苦笑いで呟くステファンの一言は、誰に聞かれる訳でもなくその場に溶けていった。ステファンは踵を返すと、真っ直ぐに廊下を歩く。その姿を見て慌てて頭を垂らす者がいるが、一顧だにせず歩いていく。その姿は王の系譜に連なる人物としての威厳があり、正しく英雄の姿だ。ステファンは廊下の最奥、王の居室で足を止め、ノックもせずに無造作に扉を開いた。
「兄上。今、戻ったぞ」
そこにいたのは、病人だった。白い寝間着を身につけた壮年の男性。その顔色は悪く、青白い。だが、その目だけは爛々と光を灯している。人相はお世辞にも良いとは言えないが、ステファンと似かよっている部分が見てとれる。この病人こそアルチアン王国国王スヴァンテ。ステファンの兄でありレオニードの父親だ。スヴァンテは何かに耐えるようにゆっくりと言葉を発する。
「ご苦労だった。ステファン」
「大した指揮官・軍師が居ったわけでも、英雄たる武を持った者がが居ったわけでもない。兵力差があっても、我が軍の英傑達をもってすれば赤子の手を捻るようだったわ」
ステファンは部屋に入ると、ベッドの隣の椅子に座る。そして、スヴァンテの労いの言葉にとつまらなそうに返事を返す。態度が悪いのは仕方がない。なぜならステファンはスヴァンテが嫌いなのだから。スヴァンテはそんなステファンをじっと見ながら口を開く。
「今回の戦、被害はどれぐらいだ?」
「将軍達に被害無し。兵の損害は軽微。だが、兄上。一体何故ブランケル王国に戦を仕掛けたのだ? あの国は・・・」
「海洋資源を欲した。それだけだ」
ステファンの言葉を遮り、スヴァンテは強引に話を切り上げた。そんなスヴァンテを疑りながら、ステファンは言う。その目は嘘は許さないと語っているようだった。
「ならば、大した資源を持たないブランケル王国ではなく、広大な海洋資源を持つガイアトルを攻めれば良かったではないか?」
「ガイアトルを攻めればこちらの被害は大きかっただろう。兵力が少ない今、被害は少ない方がいい」
確かにスヴァンテの言っていることは正論だ。アルチアン王国は現在兵力が少ない。だが、ステファンにはスヴァンテが何かを隠しているように感じてならなかった。なにより、不仲な関係が続いていたとはいえ、ブランケル王国は何度か婚姻を結んでいた国だ。レオニードの母、つまりスヴァンテの妻もブランケル王国の出身だ。この男は自分の亡き妻の祖国を滅ぼしたのだ。それでありながら、悔やんでいる様子もない。ステファンはその事に苛立ちを隠せない。
「だがなぁ?」
「もう済んだことだ。ブランケル王国は滅び、我が国は海を手に入れた。その事実があればよいのだ」
異論は認めないと言外に伝えて、話を終わらせたスヴァンテはステファンから視線を外して目を閉じる。その姿は青白い顔色も相まってかなり不健康にみえる。ここまでだな、とステファンは座っていた椅子から立ち上がると、扉に向かって歩き出す。その途中でステファンは立ち止まった。
「今日の夕食をレオニード達と一緒にとる。兄上もーーー」
「いらん」
ステファンの言葉をにべもなく切り捨てるスヴァンテ。ステファンも本気で誘った訳ではない。だが、とりつく島もない様子で断られるとそれはそれでいらっとする。自分でも理不尽だと分かっているが、舌打ちをしてステファンは部屋から出ていった。
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第一兵舎右軍指揮官室。右軍の統括から左軍との打ち合わせまで幅広く使われる部屋だ。レオニードはこの部屋の前で、目を閉じ腕を組んで頭を捻っていた。ステファンと別れた後、ラルフとライサの私室に行ってみた所、二人とも不在だった。二人の行方が検討もつかず、困っていたレオニードに右軍所属の兵士が声をかけ、二人の居場所を教えてくれた。それがこの第一兵舎右軍指揮官室だったのだ。だが、レオニードは悩んでいた。
(叔父上は二人が暇のような言い方をしていたけど・・・自室ではなくこちらにいるならば、仕事中なのかも)
どうしよかと悩んだ末、また後で声をかけようと決めた。まだまだ夕食までは時間があると頷き、目を開ける。それと同時にギィ、という重たい物を動かすような音と、レオニードの瞳に開かれる扉が写った。扉の近くで立っていたのが悪かった。咄嗟に避けることも出来ずレオニードの顔面に扉が激突した。
「ぶっ・・・!?」
扉が当たり、しりもちをつくレオニード。扉が顔に直撃したせいか、額と鼻が真っ赤になっている。レオニードが当たった場所を手で押さえていると、その扉の奥から黒髪を短く切り込んだ青年が出てきた。
「おい誰だ!? 扉の前で突っ立ってた・・やつ・・・・・・!!」
「いたたたた」
「れ、レオニード殿下!?」
呆れとも憤りともつかない声色で話し出した青年はレオニードの姿を見て声を無くしていく。そして、座りこんだレオニードに慌てて駆け寄る黒髪の青年。この青年こそアルチアン王国右将軍ラルフ。黒髪に黒目。ヘルニル王国に多い特徴を持つ青年だ。ラルフはレオニードの額と鼻が赤くなっていることを除けば、特に外傷が無いことを確認するとホッと安堵の息をついた。レオニードが鼻を触りながら言う。
「痛いぞ、ラルフ」
「申し訳ございません。お怪我は?」
「とりあえず鼻が痛い」
レオニードが鼻を押さえていると、扉の向こうから、ひきつるような笑い声が聞こえてきた。レオニードは苦笑ぎみに、ラルフは苦虫を噛み潰したような表情になる。その笑い声の主は涙が出るほど笑った後、指揮官室から出てレオニードに近づいて来た。
「くっく、はははは。見事にぶち当たりましたな。殿下」
「笑い事じゃないぐらい痛かったぞ、ライサ」
銀髪に紫の切れ目。女性でも男性であっても見とれてしまうほどの容姿をもつ男。軍団一の歌舞伎者と呼ばれている人間。アルチアン王国左将軍ライサは、膝を折り笑いすぎて出てきた涙を拭いながら座り込んでいるレオニードに目線を合わせてきた。
「これは失礼、殿下。もっと言ってください。その分ラルフが苦い思いをしますので」
「・・・相変わらずラルフに対してひどいな」
「それが生き甲斐・・・人生の楽しみですので」
楽しくて堪らないといった風情のライサと相変わらず苦虫を噛み潰したような表情のラルフ。対照的な二人を見ながらレオニードは乾いた笑いをもらす。半年ぶりでも二人は一向に変わっていなかった。
「本当に相変わらずだな、二人とも」
「ライサの意地の悪さは死んでも治らないでしょう。それと殿下、お手を」
「うん。済まないな、ありがとう」
ラルフが手をレオニードに伸ばす。当然のようにラルフの手を取って立ち上がるレオニード。王子と右将軍という間柄にしては二人は少し気安かった。だが、そんなことを気にするような人間はこの場にはいなかった。立ち上がり洋服を叩きながら埃を落とすレオニードにイタズラを思い付いたような表情でライサが言う。
「自分は王族を扉で突き飛ばすという不敬な行動をしておいてこの減らず口。さぁ、殿下。この男に何か罰を与えてください」
「い、いや。それほどのことでも無いと」
「どの口が不敬だと抜かすか。殿下や閣下に向かっての口調!! 態度!! 貴様の方こそ不敬極まりないだろうが。殿下、なんの遠慮もいりません。今回こそこの馬鹿に処罰を」
「ま、待てラルフ。落ち着いて」
レオニードが止めようとするが二人は止まらない。お互いに言い合いを始めた。
「ほぉ、私に向かって馬鹿と言ったか。頭の栄養が身体にいった脳筋ラルフが。そういう言葉は勘で動かず、頭で考えて動くようになってからほざくんだな」
「抜かすな、頭でっかち。中途半端な貴様より百倍ましだ。戯け」
「二人とも落ち着いて・・・・・・」
「百倍ましときたか。この猪男が」
「フン、狸よりましだ」
「・・・・・・・・・」
レオニードは二人の悪口の連続に閉口する。王子を蔑ろにすることこそ不敬に当たりそうだがこの二人はそんなことを考えてもいないらしい。そんなレオニードの考えとは反対に閉口したレオニードを見て二人の言い争いは激化する。
「見ろ、殿下も呆れておられる。ラルフ、脳筋は脳筋らしく一人で鍛練でもしていろ」
「貴様こそ、ジメジメした部屋に籠っているなど気色が悪い。その頭にはカビでも生えているのではないのか」
「頭にカビなど生えるとでも思っているのか? だとしたら、お主はアルチアン随一のアホだな」
「冗談も通じないとは、学んでいるのは無駄な知識だけか? これがアルチアン王国の左将軍とは嘆かわしいな」
「ハッ、流民から将軍に成った者は言うことが違う。それだけ回る口を持っているなら将軍等辞めて詩遊戯人にでも成ればどうだ? 売れずに野垂れ死にするだろうがな」
「家から追い出されたどら息子よりはましな死にかたをする自信がある。公爵家の恥さらし、ライサ様々よりはな」
二人はお互いを睨み付けながら言い合う。叫び声を聞きつけ集まってきた周囲の人間は将軍二人の言い争いについていけず、茫然としている。そんな中、プルプルとレオニードが震え始め、そして爆発した。
「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ・二人ともーーーーーーーーーーーー!!」
叫ぶレオニード。そのレオニードの声を聞いて二人は硬直する。周りの人間達はそそくさと逃げていった。レオニードは二人を順番に睨み付けると、大きく腕を上に向け、そのまま地面を指して一言。
「二人共、そこに直れ!!」
全身から怒ってますオーラを出しているレオニード。その光景は、幼い少女が大の男達相手に背伸びをしている様で微笑ましい。だが、それは外から見た場合。レオニードのことをよく知るラルフとライサからすればある意味恐ろしい光景だ。
「殿下、落ち着きましょう」
「そうです。殿下。お叱りは受けますのでせめて部屋の中で。ここでは人目が」
二人が必死にレオニードを止めようとするが、レオニードは止まるどころか、更に熱くなる。年齢の割には落ち着いているレオニードだが、あくまで年齢の割りにはだ。それに、一旦こうと決めたレオニードを止めることは誰にもできない。それを二人は知っていたが、言わずにはいられなかった。
「いいからそこに座れ!! だいたい、二人はいつもいつも喧嘩ばかりして・・・・・・」
実の所、レオニードの“お叱り”自体は怖くない。見た目もそうだが、何より迫力がないからだ。そんなお叱りで歴戦の戦士たる二人には何かを感じさせることはできない。・・・・・・できないのだがレオニードを溺愛していると言っても過言ではない二人にとっては中々キツいものがある。
(おい、どうにかしろ。このままでは兵達に示しが着かん)
(良いではないか。たまには)
口は開かず、目で会話する二人。それも顔は殆ど動かさずに会話するという高等技術だ。レオニードに気づかせる事なく、二人は会話を続けていく。
(この馬鹿が、場所を考えろ。ここは一応指揮官室前だぞ!! こんな人通りが多い場所で将軍二人が座ってお説教等前代未聞だぞ)
(では、どうしろと言うのだ? 見ろ、殿下のあの顔を。私は 怒ってますと顔に書いてあるようではないか。とっっても可愛らしいな)
(ええぃ、この変態めっ。もういい、自分でどうにかする!!)
ラルフはライサから目を離してレオニードを見る。ライサはお手並み拝見とばかりの不遜な態度だ。とてもお叱りを受けている人間の態度ではない。そして、ラルフはレオニードの言葉が切れた時を狙って口を開く。
「でんーーー」
「余の話は終わってない!!」
「・・・・・・申し訳ありません」
一蹴されるラルフ。そんなラルフを見てうっすらと笑うライサをレオニードは睨み付ける。睨み付けられたライサは縮こまってしまう。それでも二人は目線で会話を止めなかった。
(フッ、無様だなライサ。戦場では無敵の右将軍も殿下の前では形無しということか)
(睨まれて縮こまっている貴様に言われたくない!!)
「二人共、さっきからチラチラと、余の話を聞いているにか?」
「「もちろんです。殿下」」
「では、余がなんと言っていたか答えよ」
「剣が「レオニード殿下」をされたので「美しい」のだと」
「二人同時に喋るな!! 何を言っているのか分からないし、余はそんなこと言ってない!!」
両腕を上下に振り回しながら怒るレオニード。見た目は駄々をこねる子どものようだ。だが、座らされてから少しからず時間もたっている。どうすればいいのか、と困り果てる二人に救いの手が差し伸べられた。
「部屋に居ないと思って来てみれば、お主らは何をやっておるのだ?」
「閣下!?」
驚きの声を上げるラルフ。ライサは一瞥しただけで視線をはずしたが、ラルフは咄嗟に敬礼する為に立ち上がろうとする。そんなラルフをレオニードは睨み付ける。うっ、と唸ってラルフはまた座った。ステファンはその様子をみて何があったかを大体察すると苦笑いしながらレオニードに話かけた。
「レオニード、そこまでにしておいてやれ。・・・二人とも立ち上がってよいぞ」
「ありがとうございます。閣下」
「・・・・・・・感謝します」
ステファンの言葉に感謝して立ち上がるラルフ。それに対してライサは面白くないような憮然とした表情になる。ステファンは気にしていないようだが、ラルフはライサの態度に眉をひそめながらステファンに問いかけた。
「ところで閣下。どうしてここに?」
「レオニードから聞いておらんのか?」
「・・・ちょっとしたトラブルがありまして」
ステファンから顔を背けるラルフ。ステファンはレオニードを見るとレオニードもまたラルフと同じようにステファンから顔を背けた。ステファンは疑問に思いながらも構わず話を進めた。
「まぁ、いい。夕食を皆で取ろうと思ってな。二人とも、今晩は空いているか?」
「私は問題ありません」
ラルフは喜んで快諾する。半年とはいえ戦争をしてきたのだ。美味しい料理が食べれると聞いて断る理由はラルフにはなかった。反面、ライサは冷淡な口調で言った。
「申し訳ない。私は実家の方に呼ばれておりまして」
「そうか、公爵家も大変だな」
「ええ。申し訳ありませんが、失礼いたします」
それではと、レオニードだけに頭を下げライサは立ち去った。その後ろ姿を見送ってラルフはステファンに頭を下げた。
「申し訳ありません、閣下。ライサが失礼な態度を」
「何時ものことであろう。気にするでない」
ステファンはラルフの謝罪を軽く流す。だが、レオニードにはそんな風に軽く流すことはできなかった。レオニードは先程とはうって変わって落ち込んだ雰囲気で二人に尋ねる。
「何故、ライサは叔父上に冷たいのでしょうか」
レオニードには不思議でしょうがなかった。レオニードは叔父も好きだがライサも大切な人だ。そんな二人が仲良くできていないことが不思議だった。ステファンはそんなレオニードに苦笑いで答えた。
「大人には色々と面倒なしがらみがあるのだ。お主も大人になれば解るようになる」
「大人になれば、ですか」
「ああ、今はそのようなことは考えんでいい。レオニード。お主とていずれ嫌でも分かってくるからな」
「・・・・・・はい」
場に沈黙が流れる。そんな状況を打破するためにステファンは大きく咳払いをした。そして、わざと明るい口調でレオニードに話しかけた。
「うむ。それでは夕食までの間、上達したというレオニードの剣でも見るとするか」
「本当ですか!?」
レオニードはステファンの言葉に目を輝かせる。落ち込んだ雰囲気は吹き飛んだようだ。レオニードにとってステファンは武術の師匠でもある。そんなステファンに進歩を見せられるのがとても嬉しかった。ステファンはラルフの方を見て言う。。
「うむ。ラルフ、お主も一緒にどうだ?」
「・・・それでは、お供させていただきます」
ステファンの言葉に頷くラルフ。レオニードの上達を見てみたいという気持ちもあったがそれ以上にラルフとしては気分転換がしたかった。
「よし、ならば移動するとしようか。レオニード」
「はい。叔父上を驚かせてあげますから楽しみにしていてください」
「それは楽しみだ」
三人は、練兵場に向かって楽しそうに話をしながら歩きだした。
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練兵場で体を動かした三人は、少し早めの夕食を取っていた。この場にはレオニード、ステファン、ラルフの他に執事のヴァンクリーフがいる。ヴァンクリーフはステファンの専属執事でステファンよりも年上の男性だ。料理の配膳もヴァンクリーフがやっていた。夕食を食べ終わるとラルフが満足そうに言った。
「やはり、王城の食事は美味しいですな。仕方ないとはいえ、ついこの間まで戦時食だったので尚更思います」
「戦時食では、何を食べるのだ?」
ラルフの一言にレオニードが食いつく。レオニードはまだ戦争に参加したことがない。9歳なのだから当然のことだが、レオニードはこういった話が割りと好きな方だった。
「主に乾燥させた保存食です。お湯で戻したりするのですが、味はあまり良くはないと言いますか、味気ないといいますか」
「故に、平時にこうやってたらふく味わっておくのだ。レオニード」
そう言ったステファンの前にはレオニードの10倍、ラルフの5倍ぐらいの皿が並んでいた。今回のために作られた料理をほぼ一人で食べきったと言っても過言ではなかった。レオニードはそんなステファンの言葉を素直に信じ、納得の声をあげた。
「なるほど!! 叔父上がいつもそんなに食べるのには理由があったのですね」
「うむ。そのとおりだ」
「違いますよ 、殿下。単純に閣下は大食いなだけです。閣下も嘘を教えないでいただきたい」
「嘘など言っておらん。本当のことも言っておらんがな」
屁理屈を、と呆れるラルフ。和やかながらも賑やかな食事はレオニードにとっても久しぶりだった。故にとても楽しかった。レオニードは食後のお茶をヴァンクリーフに入れてもらいながら、そんな二人を見てふと思い出したことを口に出した。
「所で叔父上。叔父上が謂っていた土産をそろそろ見せていただきたいのですが」
「ん、そうだな。おい、連れてまいれ」
(連れてこい? もしかして動物か何かかな)
ヴァンクリーフが部屋から出る。レオニードは動物が好きだ。これまでも小動物や小型の動物をステファンは持って帰って来たことがあった。今回もその類いかと、なんだろうとわくわくしていた。そんなレオニードに反してラルフは物言いたげな表情をしている。そして、連れてこられたモノを見てレオニードは驚嘆する。
「え!?」
「これが今回の戦の土産だ。レオニード」
「お、男の子!?」
ラルフと同じ黒髪に黒目。優しい女性的な顔立ちのレオニードとは正反対の野性的な印象を受ける少年がそこにいた。年齢はレオニードよりも少し年上だろうか。手は自由だが脚は鎖に繋がれている。だが、汚いという訳ではなく身体はきれいにしてある。なんともちぐはぐだ。そんなレオニードの驚きをステファンは違う方向で受け取った。
「む? 女の方が良かったか? だがさすがに早過ぎるぞ。そういうのはもう少し大きく成ってからで・・・」
「違います!!」
大声で否定するレオニード。レオニードは横にいるラルフを見るが、ラルフは諦めろと言わんばかりの表情だ。そんな二人を放ってステファンは話をする。
「ならいいのだが。ともかく、こやつをお主にやる。好きにするといい」
好きにするといいと言われも、とレオニードは焦った。少年はレオニードをジッと見つめている。レオニードは頭を抱えること数瞬。ともかく、挨拶からとレオニードは歩み寄った。
「初めまして、余はレオニード・アルチアン。この国の王子ーーー」
「うるせぇ」
「・・・・・・え?」
「うるせぇって言ったんだよ。男女」
今まで受けたことの無い暴言に固まるレオニード。対してレオニードに暴言を吐いた少年はレオニードを睨み付けている。ラルフは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、ステファンは面白そうに笑っている。暴言から回復したレオニードはステファンの方を見て、その少年を指差しながら一言いった。
「・・・・・・叔父上。余、コレいらないです」
それが嘘偽りのないレオニードの本心だった。その場にステファンの笑い声が響いたのは語る必要すらない、必然のことだろう。




