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お題小説

古典的に陽はまた昇る

作者: 水泡歌

「太陽のバカヤローと叫びたいんだ。だから、海に行こう」


夏のじめじめとした夜、我が家を訪ねてきた友人が真顔でそう言った。


だから、俺は取りあえず彼の頭を斜め45度で叩いておいた。


「っつ! 何すんだ、お前!」


涙目で胸ぐらをつかんでくる友人に冷静に答える。


「いや、ばあちゃんが昔のテレビはこれで直ったって言うから」


「テレビと友達を一緒にするな! オレは壊れてなどいない!」


「冒頭の自分の台詞を振り返ってみろ。あれで壊れていないというのなら何が壊れていると言うんだ。速攻帰れ。そして寝ろ。また大学で会おう」


高速で閉まる扉。


友人は慌てて足をねじこんでくる。


「いやいやいや、待て待て待て!!! おばさん、寛太かんた君、ちょっと借りていきますけどいいですよねー!!!」


終いにはうちの母親にまでそんなことを言いやがる。


可愛い一人息子をこんな不審者に渡すわけがないだろう。


ほら、奥から母さんの怒った声が――


「あんまり遅くならないようにね~」


渡された!


「よし、親御さんの許可が出た! さあ、行こう、寛太君!」


「誰が行くか! ばあちゃん、こいつをどうにかしてくれ!」


「美代子さん、テレビの調子が悪いんだけどもこれどこを叩いたらいいのかね~」


「もうおばあちゃんったら今のテレビはそんなんじゃなおりませんよ」


「ばあちゃん、叩くべきやつここにいるから! 俺の腕に絡みついてるから!」


「あ、直った直った。はっはっは、やっぱり今と昔は違うんだねぇ」


「うふふ、そうですよ、おばあちゃんったら」


「俺抜きでなに微笑ましい会話してんだ~!」


という訳で俺は壊れた友人に連れ去られてしまったのである――。




「いやー、まさかこんな風にふられると思わなくてさ。オレのガラスの心はずたずたな訳よ」


「へ~」


「あの可憐な瞳でそいつを見上げ、可憐な笑顔を向けてだな」


「へ~」


「しかもあの可憐な手はそいつと恋人繋ぎをしているときた、どうよ、お前」


「へ~」


「おい、オレの話を聞いているのか、お前!」


「聞いてねぇよ、この野郎……」


友人の運転する車の中で俺はふてくされていた。


どうやら俺たちは海に向かっているらしい。


窓の外には夜の高速の風景が流れている。


先ほどから俺の横で自分の失恋話をしている友人。


明日は好きな女の子の誕生日。


誕生日プレゼントと一緒に告白する予定だった友人。


が、そのプレゼントを買いに行ったお店で女の子が彼氏と仲睦まじくプレゼントを選んでいるところを目撃してしまった。


心に傷を負った。海に行きたい。太陽に向かって叫びたい。


話をまとめるとこういうことだ。


「そもそもこれで何度目の失恋だ。軽く三桁はいっているだろう。お前は何度ときめくつもりだ」


「仕方ないだろう。世の中には魅力的な女性がたくさんいるんだから。友人ならもっと優しくしたらどうだ」


「お前の強化ガラスの心がどうなろうが知ったこっちゃない。夜明けの海の動画でも検索してパソコン画面に向かって叫んでおけ」


「ひどっ! 何この現代っ子!」


「うるさい、泣くな、前を向け」


泣きたいのはこっちの方だ。


こいつと海に行くなんて小学生の時以来だってのに。


「いやー、お前と海に行くなんて小学生の時以来だからなー。なんかワクワクするな」


「……何だ、覚えてたのか」


「覚えてるにきまってんだろ? オレの家族とお前の家族と一緒に遊びに行ったよな」


「ああ」


何の嫌がらせか幼稚園から大学まで一緒のこいつとは家族ぐるみの付き合いで。


みんなで遊びに行った。


父さんが生きていた頃の話だ。


「お前とオレはおじさんの車の後部座席に乗ってさ。お菓子いっぱい持ちながらでっかい声でヒーローソング歌って」


「ああ、どんな歌だっけ?」


「あれだよ、あれ。どんなにつらいときだって~♪」


「あ、あれか。陽はまたのぼる 明日はくる~♪」


『だからそんなに泣くんじゃない~♪』


お互いの声が重なって同時に笑い出す。


「懐かしっ。久しぶりに歌ったし」


「案外覚えてるもんだな」


「そうそう、この歌、でっかい声で歌いすぎておばさんに怒られてさ」


「「静かにしなさいっ!」てな。そしたら、今度は父さんが歌い出してもっとうるさくなって」


「おじさん、何でか2番も歌えたんだよな」


「俺たちがしょっちゅう歌ってたからだろ。母さんももう笑うしかなくなって」


「あれ、おばさんも歌ってなかったっけ」


「母さんも歌えたからな」


「寛太の家族のそういうとこ、オレ、好きだったなあ」


「お、サービスエリア、そろそろよるか?」


「おう、一休みするか」


車を止める。


座席から降りて友人は伸びをする。


「あ~、あの頃は知らなかったけど運転って疲れるよな」


「あの頃は何でこんなところで休むんだって思ってたけどな」


「でも自分たちは疲れたらぐーすか寝るんだよな。帰りとかもうぐっすり」


「勝手なもんだよな。コーヒーでいいか?」


「ブラックで。あと、自動販売機で焼きおにぎりも買ってくれる? 寛太君」


「分かった。お前の金だからな、いくらでも買えよ」


「お前、いつの間にオレの財布……!」


「ポテトフライも買おうな、お前の金で」


「ちょっ、やめて、寛太君~!」




お菓子でぽっこりお腹がふくらんだ俺たち。


水中眼鏡なしで目を開けて大げさに痛がる俺たち。


ビキニ姿のお姉さんを見てちょっぴり照れる俺たち。


あの時の海の思い出と言ったらそんな俺たちを見て笑っている父さんの姿ばかりだ。


だから、あんまり思い出したくなかったりもする。


少しだけ辛くなるから。


夜明けが近くなって空が明るくなってくる。


窓を開けると外から海の匂いがする。


目的地はもう近い。


横では友人が爆睡している。


運転を代わった途端にこれだ。


溜め息を吐き、小さくヒーローソングを口ずさむ。


どんなにつらいときだって


陽はまたのぼる明日はくる


だからそんなに泣くんじゃない


あの頃歌っていたヒーローソングと共に思い出したことがある。


小学6年生の時、父さんが事故で亡くなって。


泣く母さんを見てしっかりしなきゃって。


俺は男の子だからしっかりしなきゃって。


小学生ながらに泣くのをこらえていた。


でも、やっぱり悲しくて悲しくて、葬式の日、大人に隠れてこっそり泣いた。


そしたらこいつが来てこの歌を歌ってくれた。


泣くんじゃないって自分はめちゃくちゃ泣きながら。


思い出して笑ってしまう。


昔からバカな奴だよなあ。


車を止める。


横の奴の頭を全力でひっぱたく。


「うごっ」


奇声を上げて慌てて友人は身体を起こした。


海岸におりるとちょうど海から太陽が昇ってきているところだった。


空が太陽の色に染まっていき、海の上に太陽の道が出来る。


ああ、夜明けの海ってこんな感じなんだなあって結構感動した。


友人は――


何で泣いてるんだこいつ。


「太陽のバカヤロー!!!」


あ、叫んだ。


「美代子~!!!」


へ~、ふられた女の子ってそんな名前……って俺の母さんと同じ名前かよ!


「うわ~ん!!!」


もう大分大人になったはずなんだけどなあ、俺たち。


子どもみたいに泣く友人を横目に苦笑する。


仕方ないから歌ってやるか。


「どんなにつらい時だって~♪」


友人の顔がこちらを向く。


涙声で友人は続ける。


「陽はまたのぼる~♪」


「明日はくる~♪」


『だからそんなに泣くんじゃない~♪』


夜明けの海に大人になった俺たちのヒーローソングが響き渡って、子供みたいに大きな声で俺たちは笑った。



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