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Silent Lyric  作者: 赤井呂色
序章:Silent Lyric
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Silent Lyric -5- 役目


 帰宅すると、靴が一足多いことに気付いた。しかも、見慣れた靴だ。いつもあいつが学校に履いていく、黒のブーツ。今は学校の生徒玄関にあるはずのこれが、俺の家の玄関にあった。そういえば、下駄箱の確認はしてこなかった。

 唯利亜も首を傾げて、疑問符を飛ばしている。これがあるということは、あいつもいるはずだが……

 果たして、いつもは着替えてから入るリビング、その先のキッチンに、いた。


『九能……?』


「あ、おかえり。唯利亜も一緒ね。ご飯、もうすぐだから待ってて」


 気配に気付いたのか、フライパンに向かっていた九能が、振り向いて微笑を見せた。セリフだけを見ると、明らかに新婚夫婦のそれだが、それはいつものことなのでどうでもいい。それよりももっと、重大で、差し迫った問題がある。

 違和感だ。九能の微笑に、違和感があった。いつもはない、違う何か。何が違うのか、それがすぐにはわからない自分の中途半端な“能力”に腹が立つ。


「……? どうしたの?」


 俺が近づく気配を察知して、俺が接近する前に九能は気付いた。しかし、俺は別にこそこそと近づこうと思ったわけでもないし、見つかったからといって引き返すはずもなかった。

 間近で見ると、すぐにわかった。違和感の正体だ。「な、なに?」と狼狽する九能を無視して、その顔を至近距離で覗きこむ。


『九能』


「え、えと、こんなところで……」


『その目、どうした?』


 問うと、明らかに狼狽した。口では必死にとぼけようとしているが、目が泳いでいる。

 そのきょろきょろと忙しない目。その端に、僅かに赤く腫れた痕があった。なんなのかはすぐにわかる。泣き腫らした痕だ。

 なぜ泣いたのかは知らない。それは二の次だ。今は、九能が泣いたという事実の確認こそが最優先事項。


『九能』


「っ……、奈都海には関係ない」


 苦しげに、絞り出すように言った。心配をかけまいとする意図が見え見えだ。

 溜息が出た。何の溜息かは俺にもわからない。


「料理の途中だから。邪魔しないで」


 普段の九能はこんな風にあからさまに邪険な態度は取らない。もう、関係ない、だけで見過ごせる状態ではなかった。

 料理の途中だから。だからなんだ。あっち行けってか。ここには来るな、と。ふざけるな。俺は、お前の、


『伊達や酔狂で、お前の恋人をしてるつもりはないんだがな』


「なら……構わないでよ。恋人が言ってるんだから……聞いてよ。お願いだから……」


 なぜ? 恋人が苦しんでいるのに、それを放っておけよ、と? 大した外道だな。もしそう言われて言われた通りにする奴がいるのなら、俺はそいつを一生軽蔑する自信がある。


「なんで? 私が言ってるのよ! 来るなって、構うなって、奈都海とは話したくないって、そう言ってるの! それくらい聞いてよ、恋人でしょ!?」


 恋人ならなんでも聞くとでも思ってるのかこいつは。


「放っておいてよ! 奈都海が気にしなければそれでいいの。いつもみたいに私が料理作って、それをみんなで食べて、それでいいじゃない! 奈都海が何も言わなければいつもと同じよ。いつもみたいにいつもが終わるのよ。それのどこがいけないの?」


『お前は』


 口を衝いて出た言葉だった。止める術は俺にはない。


『俺を、馬鹿にしてるのか?』


「っ、誰もそんなこと……!」


『同じだよ。明らかに泣いた痕のある恋人をいつもみたいに扱えってか。泣いた痕を無視していつもみたいにお前を抱けってか。――ふざけんなよ?』


 ドスの利いた声――というのは出せなかったが、表情がどうだったのか、自分では確かめようもない。だが、九能は怯えたように身体を小さく震わせた。


『俺はそんなに薄情に見えるか? 冷徹に見えるか? だとしたら見込み違いだよ。そんな恋人を求めてるっていうなら、さっさと俺と別れて他で探せ』


「あ、ぅ……」


『俺よりマシな男なんていくらでもいるだろうよ。それこそ、お前の言うことを何でも聞いてくれるような奴だって、お前なら何人だって――』


 俺の言葉は遮られた。九能によって。九能の、唇によって。

 3秒後、唇は解放される。九能は俯き、額が俺の胸に押し付けられていた。表情は窺えないが、ここからでも真っ赤になった耳は見えた。

 九能は、対応に困るとキスで誤魔化す癖がある。これも、この半年の付き合いで判明した一つ。そしてこれは――いわゆる降参の合図でもある。


「馬鹿よ……あんたは」


『馬鹿にしてんのな』


「当り前じゃない……馬鹿なのよ、あんたは。ばーか、ばーか。生まれつきの馬鹿よ、馬鹿の遺伝子よ」


 いや、そんなに言われるとさすがにへこむんだけど。ってか、先祖丸ごと馬鹿にしやがったか、こいつは。

 一通り俺を罵倒した九能は、顔を上げた。


「わかった。そこまで言うなら、私の愚痴、全部聞いてくれるわね?」


『ああ』


 拒むわけがなかった。九能のためなら、命以外は何も惜しまない覚悟がある。


「でも、まずは料理から、ね。亜美さんが駄々をこねても悪いし」


 ……そうっすね。




◇◇◇ ◇◇◇




 九能がこの家に来た時は、基本的に俺の部屋に居座ることになっている。居間にいても亜実さんがいるせいで繊細な話はできない。

 俺は九能の、曰く愚痴を聞くことにした。

 その内容が、以下のようなものであった。




――私って、演劇部なの。まあ、奈都海も知ってると思うけど、うん。それで、ほら、演劇部って、けっこう複雑だったりするのよね。特に、うちのは。


――仲が険悪ってわけでもないのよ。よくわかんない派閥がって話でもなくて、その……価値観の違う集団が、そのまま演劇してます、みたいな。つまりね、単に、方向性の違いっていうの? そういう食い違いが、いつもあって。


――うん、バンドの解散理由とかがそのまま構成要素になってる感じ。傍から見れば、確かに壊滅寸前だったかも。でも、今までは不思議と上手くいっていた。何かが潤滑油になって、噛み合わない歯車を無理やりにでも回してたのかな。でも、今日はその何かが上手く働かなかった。練習が始まってすぐ、空気が険悪になって、いつもはミスなんてめったにしない子が凡ミスしたり……私も、その、場面の順番間違えたり、とか。いつもならあり得ないんだけど。


――で、結局、耐えられなくなって。今まで溜まってた不満が爆発したみたいに、あっちがこっちに突っかかって、こっちがそっちに口出しして。つまり、喧嘩。私も巻き込まれた。脚本書いてたからね、一番、粗探しも簡単だから。


――意見の不一致? そんな可愛いものじゃないわ。もっと醜いもの。ただただ相手の欠点を詰って、貶し合って、そんな不毛な争い。ただの口喧嘩。何も生み出さない。私が他人だったら、とても見てられなかったと思う。だけど、当事者になると、そんな冷静な自分はどこかに追いやられていて。私も、色々、言っちゃったの。取り返しのつかないことなのに。口にしたら、もう戻らないのに、ね。


――言われたことも、もちろんショックだった。すごく。自覚してて、でも無意識に無視してたところを突かれた感じ。でも、言い返した私は、もっと酷かった。私が言われたのは、見方を変えれば忠告にも見える。でもね、私が言ったのは、ただの悪口。最悪よ。自己嫌悪とか後悔が一気に押し寄せてくるっていうか……幻滅したわ、自分に。


――演劇が、さ。万事順調にいくなんて、誰も思ってないわよ。でも、これはちょっと自信、なくした。私、次に部長の候補になってるのにね、それらしいことなんて一つもできなかったのよ。部員のこと、守らないといけないのに、他ならない私が、部員を貶めたの。最悪でしょ? ……ありがと。


――で、私は逃げたのよ。私の言ったことに、私が耐えられなくなって。言われたあの子のほうがよほど辛いはずなのに、私が真っ先に逃げた。突拍子もないかもしれないけど、私ね、その時思ったのよ。ついに、私の欺瞞を見抜かれちゃったか、なんて。


――誰を欺いていたって……自分と部員を。私ね、演劇部が好きなのよ。どうせいつかいなかったことにされるのに、でも、今は楽しみたいから。あの時だけ、私が本当に戻れている気がするの。だから、部員だって一人残らず好きよ。私はみんなのおかげで戻れてるから。でもね、それも結局は嘘なのよ。


――今日、わかった。私は、部員たちを貶めて、その上、逃げ出した。今まで部の均衡を保ってきた欺瞞を投げ捨てて、私はその上、部を見捨てた。……大袈裟な言い方だけど、でも間違ってないと思うの。


――騙すのってね、たとえその相手が自分であったとしても、とても難しいのよ。自分だからこそ、かな、一番難しい。一番見破り易いのも、自分だから。結局、私は誰も騙し切れてなかったのよ。他人との違いを……意見の差異に目を向けていれば、もっと上手くて、穏便な騙し方もできただろうって。そう思う。意見を突き合わせて、きちんと行動に昇華できる場を設けていれば、欺瞞なんて必要なかった。


――多分、見透かされてた。食い違いの修正に嘘を使っていたことに。これは私だけじゃないと思うけど、でも、逃げたのは私だけで。


――つまりね? 何が言いたいのかというと……私の、自分に対する苛立ちを、その矛先を、みんなに向けていたの。それでばれちゃったんだと思う。恥ずかしいわ。今までが嘘の付き合いだってわかって、今まで通りに接してくれると思う?


――結局のところね、私を日常の中で守ってくれるみんなを、私は手放したくないだけなのよ……




 まだ頭の中で整理しきれていないのか、言葉は纏まらず、支離滅裂だった。表情や仕草も見て、なんとか言わんとするところはわかったものの、何が原因で泣いたのかはわからない。

 突き詰めれば、部活での喧嘩。しかし、それが九能の心にどう作用したのか、時に雪崩のように捲し立てられ、時にたどたどしく呟かれる九能の言葉を恐らく半分も理解できていない俺には、わからなかった。

 しかし、当の九能は聞いてもらえただけで満足らしく、まともなフォローもなしに部屋を出て行ってしまった。

 つまり――

 結局――

 結局、つまり、何が言いたかったのだろう。理解できない俺は、恋人の片割れとして失格だろうか? 言葉の裏に隠された真意を見抜けない俺は、どうすれば九能の心を癒せるのだろうか?

 九能のいなくなった部屋で考える。天井を仰いで考える。白々しく部屋を照らす蛍光灯しか見えない視界で、ひたすら九能を慰める方法について夢想する。そもそも九能は慰めなど求めていないにもかかわらず、その時の俺はそんな当たり前のことにも気付いていなかった。

 九能が風呂から戻ってきても、俺は考え続けた。そんな俺を九能が訝しむのも、無理はない。俺の隣に腰を落としながら、九能は訊いてきた。


「何を、そんなに思いつめてるの?」


『……いや、なんでも』


 九能は、いつもは左側だけ結っているワンサイドテールを解いていた。まだ乾ききっていない髪は艶やかな湿り気を残している。それを見た俺は、無意識のうちに手が伸びていた。


「ん……なに?」


『いや……、人を慰めるにはどうすればいいのかと思って、な』


「ふーん、慰めたいの?」


 その慰めてやりたい対象であるはずの九能は、俺の心中を知ってか知らずか、そんなことを言う。……いや、十中八九、知っていながら言っているのだろう。その上で九能は、なぜ慰めようとしているのか、と問うている。


「好きな女を慰めたいなら、抱けばいいじゃない。――簡単よ。簡単でしょ?」


『お前はそれで慰められるのか』


「人によるわね」


『……俺は?』


「さあ?」


 小悪魔めいた笑みで九能は首を傾げる。俺はこういう顔をする九能への対処法を知らない。

 だからといって何もしないわけにはいかず。何も声を掛けないわけにはいかず。九能はベッドを背もたれにしている俺の隣に座っている。手持無沙汰になったのか、テーブルの上にあったゲーム雑誌を開いて読み始めた。

 俺は悩んでいて、その原因である当の本人は涼しい顔をして雑誌を読んでいる。悩んでいることが馬鹿らしくもなってきた。


「奈都海ってさ」


『ん?』


「どうでもいいことで悩むわよね」


『……』


 ――で、この言い種である。悩んでやっているのに、とはさすがに思わないが、それでもこの悩みを少しは理解しようとしてくれてもいいんではないだろうか。

 反論するなら。悩んでいるのだから俺にとってはどうでもいいはずもない。九能が本当に俺からの慰めを必要としているのか、それすらも今ではもうわからない。

 もう半年か、まだ半年か。ともかく半年経っても、九能の考えていることは表情を見ても把握できない。――なら、と俺は短絡的に考えてみる。


『九能』


 一度だけ呼んで、顔を寄せる。


「えっ、え? ……ん、む」


 感情の統一が最も簡単な方法。九能の言う通りにすればいいのである。

 当の九能はアクティブな俺に少し戸惑っているようだが、構わず唇を奪うことにする。しかし寸前で遠慮してしまい、なんだか啄ばむようなキスになってしまった。

 今度こそは、と覚悟を入れ直す。九能の後頭部に手を添えて、再び唇をつける。今度は意識して積極的に。九能が舌で催促してきたので、その舌に俺のものも絡める。息継ぎに唇を離す度に唾液が零れていく。九能の目はとろんと蕩けたように細められ、口からは熱っぽい吐息が漏れる。

 そのまま、俺は背もたれに使っていたベッドへ押し倒された。九能の唇が離れ、お互いの舌先の間に唾液が橋をつくって、すぐに消えた。

 九能は俺の腰の辺りに乗っかっている。


「少し……まだ、ぎこちないかな?」


『手厳しいこって』


「でも悪くなかったわ。……たまには、こういうのもありかも」


 九能の身につけているのは、上半身は俺が着なくなったお下がりのTシャツだけで、下半身は下着のみ。これからしようとする行為にはおあつらえ向きだ。生身の感触が、そのまま俺にも伝わってくる。

 しかし、九能はその腕力で俺を起き上がらせた後、その下に自分の身体を滑り込ませた。上下逆転。何を期待しているかはすぐにわかった。


「まさか……あんなのしておいて、怖気づいたりしないわよね?」


『まさか。啖呵切ったようなもんだし、責任は取るさ』


「ん、ならよし。それじゃあ、奈都海」


 見上げてくる九能の顔は、とても扇情的で、蠱惑的で……


「今日は奈都海の好きにして。奈都海の言うこと、なんでも聞いてあげる」


 こう言われて、自制できなくなっても仕方がない。別に外じゃないし。俺の部屋だし、他人の目を気にする必要もないから、我慢もしなくていい。……いや、まあさすがに常識の範疇を超えるようなことはしないけども。

 いつもと違う位置と感覚で、俺は九能と――




「兄さーん、ちょっといいかな?」




 ノックの音と同時に、扉越しにくぐもった唯利亜の声が聞こえた。二人ともに揃って、ビクゥッ、と身体の動きを止めてしまう。


「兄さん? いるよね? お風呂、空いたから呼びに来たんだけど」


 そうか。その親切心には感謝したい。本当に感謝したいが、今だけは余計なお世話と言わざるを得ない。俺は扉を閉めておくことで入ってくるなという意思表示を行っているが、今回はこれが功を奏した。この現場を唯利亜に見られずに済んだのだ。まだ決定的なところまでしていなかったわけだが、やはりこの体勢はまずい。普通にアウトだ。


「えー……っと、その、大丈夫よ。奈都海、準備したらすぐにお風呂行くって」


「そう。それじゃ、確かに伝えたからね。早めに入ってね、電気代、もったいないし」


 代わりに九能が言ってくれたおかげで、唯利亜はすぐに部屋の前から離れていく……ような気配がした。

 これで一安心、と油断したところに


「あ、そうそう」


 不意打ち。離れていったと思った唯利亜の声が聞こえ、再び驚く。九能なら扉一枚を挟んだところで気配の察知など造作もないはずだが、その余裕もなかったらしい。二人して無様にも絶句して、唯利亜の声を待つことしかできなかった。


「もう一つさ、言うの忘れてたんだけど」


 勿体ぶる唯利亜に、少しイラつく。さっきのタイミングといい、意図的としか思えない。もしそうなら制裁が必要だ――などと、俺が考えていると、


「そういうのさ、みんなが寝てからにしたほうがいいと思うよ。防音しっかりしてるから音だけはあまり聞こえないけどさ」


 ……

 意図的でした。文句なしの故意犯。

 唯利亜、明日の朝憶えてろよ。などと後ろ向き極まりない怨嗟を扉の向こうの唯利亜に送ってみる。実に虚しい。

 そして、色々と邪魔されてしまった俺たちは、


「えーと……続き、後にしよっか?」


『ああ……そうするか』


 そんなことを言い合いながらも、結局することはなかった。

 なんというか……お互いにできる気分ではなかったから。部屋に戻ってくると、九能は携帯を見ながら泣いていたのだ。何があったかは知らないが、その涙は哀しみのものでは絶対になかった。なぜなら――笑っていたからだ。




◇◇◇ ◇◇◇




 ゆっくりと、部屋の扉を閉める。廊下から差し込む明かりがなくなって、部屋は真っ暗闇になった。

 でも、ここはボクの部屋で、そんなに広い部屋でもないから、何かにつまずくなんてこともなく、ベッドまで辿りつくことができた。教科書なんかの勉強道具は机の上にしかないし、床に散乱しているゲームや本は、そもそも踏まないように注意するから、つまずく要素なんてない。

 ベッドの上には、小学生のころの誕生日に兄さんにもらった特大のワニのぬいぐるみがある。一体どこで買ってきたのかわからない代物だけど、かなりの大きさなので抱き枕にちょうどよかったりして、ボクは今でも愛用している。

 ボクはそのぬいぐるみを抱きながら、思考する。

 ボクが考えるのは兄さんたちの――兄さんと九能さんのことだ。

 二人が出会ったのは3月のこと。付き合い始めたのも、ほとんど同じころ。なぜ九能さんが兄さんのことを好きになったのか、ということは知っている。けれど、兄さんが九能さんのことを好きになったきっかけがわからない。


「…………」


 わからない。兄さんの恋人は九能さんで二人目だけれど、一人目の人は九能さんとは全然違うタイプだったはずだ。真逆と言ってもいい。人の恋愛観なんてわかるわけがないのだけど、兄さんのことになるとボクは――


「兄さん……」


 九能さんはどうするだろう。九能さんは兄さんの元カノのことを知らないはず。知った時、九能さんはどう思うだろう。何を考えるだろう。

 ――それ以前に。どうなるだろう。

 色々なものが次々に変貌していく中で、二人の気持ちがいつまでも続くわけがない。たった一つのきっかけで、人の感情は簡単に冷める。

 九能さんは知っているだろうか。自分でも気付いていないかもしれない。九能さんの中の、とても移ろいやすいものに。いずれは破綻を導くだろう、その危ういものに。

 それは、ボクの中のものも同じかもしれない、けれど。


「姉さんは……」


 と、もう見ることの叶わない人のことを呼ぶ。


「姉さんは、どうするかな……こういう時」


 けれどとても近いところにいる人に問いかけて、ボクは押し寄せるまどろみに沈んでいった。






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