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Silent Lyric  作者: 赤井呂色
序章:Silent Lyric
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Silent Lyric -4- いざ、生徒会へ

 午後2時間の授業を終えると、放課後となる。

 俺と唯利亜は、特別教室棟の一階にある第二会議室へ向かっていた。第二会議室は生徒会が会議のために集う部屋で、生徒会室と言ってもこの部屋を指す。

 ちなみに、九能は放課後になった途端、部活へ向かった。11月の始めにある学園祭に向けて、演劇部も忙しいのだろう。それは、生徒会執行部も同様だ。

 他愛もない会話をしつつ、到着。この扉の向こうには、生徒会役員と各委員会の委員長が勢ぞろいしているはずで、俺は思わずノブに伸ばした手に躊躇いを生じさせる。

 が、その一瞬の躊躇いすら許さないかのように、その扉は内側から開け放たれた。


「あら、来てたのね。みんな揃ってるわよ」


 出てきたのは、腰まである長髪が特徴的な美少女。彼女こそ、この鳳霊学園の生徒を束ねる生徒会長、後朱雀沙夢濡ごすざくじゃんぬさんである。百年戦争の聖女と同じ名前を持っていながら、その名に恥じぬ容姿と頭脳、運動神経を持っていらっしゃる。これだけ大仰な名でありながら、名前負けしていないのは、まさに奇跡であると言えよう。……上から目線? 頭の中でくらい上に立たせてほしい。

 印象的な名前だから生徒のほとんどは覚えているし、この容姿故に支持者も多い。俺も、唯利亜を立ち直らせてくれたという点においては非常に感謝している。……が、どこか苦手なところがあって、未だに打ち解けていない。


「ごめんね、ジャンヌさん。ボクのとこの授業が長引いちゃって、兄さんに待ってもらってたから」


「いいわ。ナツから遅れるってメールは貰ってたし。それに、これから私がちょっと待たせちゃうしね」


 しかし、唯利亜は会長にかなり懐いている。学外でもけっこう一緒に出かけることも多いとか。付き合いは俺より短いはずなのに、唯利亜と会長は既に気心の知れた口調で会話を交わすまでになっている。


「ちょっと教務室に行ってくるわ。すぐに戻るから待ってて」


「はーい、いってらっしゃい。兄さん、入ろ」


 会長と入れ違いに、唯利亜に手を引かれて、第二会議室に足を踏み入れる。




 ――生徒会。

 鳳霊学園では、生徒会の下部組織として、7つの委員会がある。中等部統率委員会、高等部統率委員会、運動部統率委員会、文化部統率委員会、治安委員会、会計委員会、外交委員会の7つだ。はじめの4つは、略称があるのでそちらを使わせてもらう。そのままだと長ったらしいし。

 まず、中等部会と高等部会。これは、その名の通り、それぞれの生徒を纏める委員会だ。特に、中等部は生徒会長の目が行き届きにくいので、委員長、副委員長以外は中等部の生徒で構成され、生徒会の代理業務を行っている。中等部と高等部の合同行事の際も活動する。

 そして、運動部会に文化部会。こちらは、部活や同好会を纏める委員会。運動部と文化部とで分けられているが、運動部会は運動系行事、文化部会は文化系行事の企画、準備、開催も行っている。

 治安委員会は、つまり風紀委員と同じ。校則違反をしている生徒はいないか、だけでなく、学校周辺の不審者にも対処しなければならないという、かなりハードな委員会だ。

 会計委員会も、その名の通り。予算の編成、管理が主な仕事。クラスの委員は、クラスに割り振られた予算を管理する義務がある。

 外交委員会というのは、近隣の他校、あるいは他県、他国の姉妹校との交流を中心に、主に校外での活動を行う委員会だ。

 そして、生徒会長は、その独断で3人の副会長と2人の書記を選抜することができる。副会長と書記の仕事は、生徒会長の補佐。書記は、それに加えて生徒会の下級生の教育も行う。つまり、次の生徒会長の育成だ。


 さて、今この部屋にいるのは、以下の10名となる。


 パイプイスに座ってハードカバーを読んでいるのは、小野原礼香おのはられいかさん。文化部会の委員長だ。

 その横で長机に突っ伏して寝ているのは、棗新なつめあらたさん。運動部会の委員長。

 その向かいで胸元を拡げて涼を取ろうと計っているのは、水橋彼方みずばしかなたさん。第二書記だ。

 そんな彼方さんを呆れ混じりの溜息とともに注意しているのは、常盤柄鈴音ときわづかすずのねさん。治安委員会の委員長である。

 さらにその向かいで書類の整理をしているのは、後朱雀竜樹ごすざくりゅうきさん。第一副会長。会長とは従弟の関係らしい。

 その横で竜樹さんに何かを教授されているのは、山科由宇也やましなゆうや。外交委員会の委員長で、俺を含めて生徒会唯二の二年だ。

 それら一団と離れたところで立ったまま雑談しているのは、坂倉志希さかくらしきさんと稲葉直継いなばなおつぐさん。志希さんは中等部会の委員長で、直継さんは高等部会の委員長だ。

 そして、会計委員長である俺と、第三副会長である唯利亜。この10人だけ。


 10人だけ……? 会長は揃っているとか言ってなかったか? 二人ほど足りないのだが。

 疑問はあるが、とりあえず会長に言われた通り、戻ってくるまで待っていることにする。会長との会話が聞こえていたために確認するまでもないということか、わざわざこちらを見る人はいなかった。まずは、同学年ということもあって、最初に打ち解けた由宇也のもとへ向かう。


「や、奈都海。昨日ぶり」


 山科由宇也。根は真面目で、成績も学年トップクラス。だが、息を抜くところではちゃんと抜けるタイプで、真面目になるところとそうでないところで柔軟に切り替えができる。初対面なら変に慣れ慣れしくもしてこないし、それが逆に取っ付きやすかったり。まあ、俺の性格とマッチしたというだけだ。万人受けするかといえば、それは少し疑問だ。

 特に、真面目かつ頑固な人だと、由宇也みたいな人柄はたまにイラッと来ることもあるだろう。


「由宇也、話の途中だぞ。集中しろ」


 竜樹さんが、その典型例だ。けっこう頑固な人。いつも黒ぶち眼鏡をかけた仏頂面なので、親しみやすいという印象とは正反対だ。とはいえ、今回は話の途中で意識を逸らした由宇也が悪い。いや、もちろん近寄っていった俺も悪いのだが、注意された由宇也は「すいません」と謝り、再び竜樹さんの話に聞き入った。

 少し申し訳なく思いながら、しかし話している間に入ることもできず、俺は目標を変えた。といっても、人ではなく、場所。長机の端にイスがあったので、それに腰を落ち着けようと思いつく。

 と、同時に


「おっはよーっ! みんないるー……って、やけに静かだね、なんかあったの?」


 浮き沈みのあるテンションとともに、部屋の扉が放たれた。

 入って来たのは、片桐亜美かたぎりあみさん。第一書記だ。名前の漢字が亜美つぐみさんと同じなので、勝手に親近感とともに苦手意識も持っている。苦手意識に関してはこの理由だけじゃないんだけども。


「おー、亜美か……亜美ー、窓開けて、窓。あちーのなんのって」


 そして、パイプイスに踏ん反り返りながら亜美さんを堂々とパシリに使おうとしているのは、水橋彼方さん。制服の胸元をさらけ出して、そこに手うちわで風を送り込んでいる。下着の端がちらと見えて、俺は思わず目を逸らした。

 しかし、今は9月中旬。夏休みが終わって2週間ほどで、まだまだ残暑は猛威を振るっている最中である。毎日が夏日。窓でも開けないとやってられないのだろう。エアコンは授業と定例会議以外では使えないので、現在は封印中。授業中はエアコンの恩恵があっただけに、余計に暑さが際立つ。

 しかし、亜美さんは「私は平気だもーん」と言って彼方さんの要請を無視。辟易として愚痴を垂れる彼方さんに、今度は説教の魔の手が伸びる。


「彼方、はしたないですよ。男の子のいる前で胸元をそんなに出して……もっと女子としての自覚をもってください。男子がその姿を見たらどう思うかわかりますか?」


 呆れ顔でそう言ったのは、常盤柄鈴音さん。治安委員会の委員長であるということだけが、この苦言の理由ではない。性格上、いわゆる破廉恥なものが許せないのだ。よく制服を着崩している彼方さんとの相性はかなり悪い。ちなみに、治安委員会にいるだけあって、武道の腕前はかなりのものらしい。見た目とは真逆の武道家だ。


「あーあー聞こえない聞こえない。男には興味ないから関係ないね」


「そういう問題ではありません! あなたがどうこうではなく、周りに悪い影響を与えているんです。高校生、思春期というのを甘く見ています! これは彼方自身のためにも――」


 尋常ではなく真面目。しかし、彼方さんはまったく取り合わない。馬耳東風なお説教はまだまだ続きそうである。

 そんな二人を横目に、亜美さんは部屋をぐるりと見渡し、


「お」


 俺に目を留めた。そして、その目に目映いばかりの輝きが灯った。やばいやばい、本能が警鐘を鳴らす。

 が、次の瞬間には、亜美さんは俺をホールドしていた。つまり、抱きつかれていた。


「奈都海くん、会いたかったよ~。もうね、今日の授業中、ずっと寂しくて~」


 九能よりも豊満な身体が俺に押し付けられる。この場に九能がいなくてよかったと安堵するが、安堵してばかりもいられない。亜美さんはよくこうして俺にばかり抱きついてくる。本人はじゃれているような感覚なのだろうが、男の俺からすれば胸とか漂ってくるいい匂いとか、理性を的確に削ってくる要素が零距離にあるので、精神衛生上、非常によろしくない。理性を保つのにかなりの労力を要する。


『あの、暑いんで離れてもらえませんか』


「鳳秋祭が終わったら私たち引退だもん。そうなったら奈都海くんと触れあう機会も少なくなるしさ、今ぐらい甘えさせてよ~」


 密着しているので筆談もできず、伝わるかどうか一縷の望みをかけて言ってみたが、通じているかどうかわかりかねる返答だった。表情からニュアンスは伝わっているだろうが……それで解放してくれないのなら、諦めるしかない。

 俺がイスに座ろうとして動くと、亜美さんもそれにくっついてくる。動く度に押し付けられた胸が形を変える。いや、この感覚ってまさか……そう思って見てみるが、ブラウス越しに下着が見えて一安心。いやしかし、このままでは俺が座ってもアレが勃っゲフンゲフン……とにかく危機的状況である。


「あれれ? もしかして奈都海くん、反応してる?」


『え』


「だってほら、なんか匂いが変わってきた」


 俺は慌てる。どういうことですか。何に何が反応していると? そして匂いって何。


「……フェロモン?」


 なんのこっちゃ。思わず亜美さんの顔を見ようと首をひねると、そこには亜美さんの顔が。いや、見ようとしたのだから当然だが、その距離が至近というか目前というかとにかく近かった。

 しかし俺は、亜美さんの小悪魔みたいな笑みから目を逸らすことができなかった。目を離したら最後、何をされるかわからない。

 お互いに視線を離すことなく10秒ほどが過ぎた。過ぎて、唐突に亜美さんがその目を閉じた。この格好はあれか。あれを待っているのか。

 ここで? このタイミングで? この人と?

 これは冗談だよな? 突然に自信がなくなる。俺が思考を止めて無反応のまま亜美さんを見続けていると


「ぁ痛っ!」


 カツッ、という音ともに、亜美さんが後頭部を押さえた。床に落ちたのは、ボールペンだった。亜美さんが背後を振り返ると、そこにはこちらを見ている坂倉志希さんと稲葉直継さん。


「あまり下級生を苛めるなよ、亜美。行き過ぎると嫌われるぞ」


「何も、ものを投げることはないと思うけど……、亜美もほどほどに。奈都海を苛めたくなるのはわかるけどね」


 どうやらペンを投げたのは志希さんらしい。志希さんは女子なのだが、会長曰く可憐なその容姿に反して、中身はなかなかに男前である。何より正義感が強い。そういう意味では治安委員長でもいいような気もするが、腕っ節のほうはからきしなので、無理だという。(腕っぷしが必要な委員会があるということに驚きだが)

 直継さんは、時折やりすぎることもある志希さんの正義感を抑える役目であることが多い。これといって尖った特徴もないが、だからこそ俺としては付き合いやすい。普通の人、というものがどれだけ貴重かを教えてくれる。……しかし、俺を苛めたくなるっていうのはどういうことでしょうか。


「痛いじゃない、志希! 暴力は正義に反するわ!」


「悪に対して振るわれる力は暴力ではなく正義だ。そんなことよりさっさと奈都海を離してやれ、どう見ても嫌がってるだろ」


「違う! 恥ずかしがってるだけだよ」


「同じだ。やるなら誰も見てないところでやれ。恥ずかしがってる奴に無理やりしようとするのは見苦しいぞ」


 女二人の不毛な言い争いを、直継さんは柔和な笑みで眺めている。この人は他人の喧嘩を見るのが好きだったりするのだろうか。だとしたら敬遠したい趣味である。

 何度か言葉を交わした末、亜美さんが負けを認めて俺から離れていった。抱きついてくるのは百歩譲って許すとしても、ずっとし続けるというのは勘弁願いたい。振りほどけない束縛から解放してくれた志希さんには感謝したい。ありがとうございます。


「じゃ、誰も見てないところなら好きなことしていいのね?」


「誰の目にもつかず誰の耳にも入らないなら、善悪も正否も論じようがない。他人が看過できる問題ではないだろうから好きにすればいい。法に触れない範囲でなら、だが」


「よし、奈都海くん、旧部室棟に行こう。あそこなら誰もいないだろうし!」


 前言撤回。志希さんは別に俺を助けたかったわけじゃないんですね。単にじゃれ合っているのを見たくなかっただけなんですね。ちくしょうめ。

 心の中で人知れず悪態をつく俺を、亜美さんは手を引いて部屋から連れだそうとする。しかし、亜美さんの手がドアノブを握った時、扉が想像以上に軽かったのか、「おっとと」とたたらを踏んでしまった。俺も釣られてバランスを崩す。


「なにしてんだ、亜美、奈都海」


「おろ、涼くん。来てなかったんだ」


 扉の向こうから現れたのは、この生徒会最後の人、御几川涼右みきがわりょうすけさん。涼右さんが扉を開けたのが一拍だけ早かったせいで、亜美さんは不意を突かれたというわけか。今度こそ助かりました。


「どうしたの涼右……あら、亜美、来てたのね」


 そして涼右さんの後ろから会長の顔が。途中で合流したのだろうか。


「ほらほら、入って座れ。会長サマが会議を始めるんだとさ」


「みんな集まってるわね。時間もないし早速会議に入るわよ」




◇◇◇ ◇◇◇




 ホワイトボードの前に会長が立って、それに対面するように生徒会及び各委員会委員長が並ぶ。

 最近、毎日続いている会議が今日も始まる……のだが


「始める前に。礼香、横の睡魔の化身を叩き起こしてくれる?」


 会長に言われた小野原礼香さんは、無表情で小さく頷いて、立ち上がる。その手には、分厚いハードカバー。まさか……

 それはさすがにまずいだろう、と誰かが止める間もなく、ハードカバーという名の鈍器を握る礼香さんの右手は容赦なく睡魔呼ばわりされた棗新さんの頭部へ振り下ろされた。

 ゴッ!

 という、重厚な音が部屋に響く。その音は人間の頭部から聞こえてきてはいけないのではないでしょうか。


「ぃっ~~~~ッッッ、ってぇ! 誰だよ!?」


 新さんは横で仁王立ちしている礼香さんの姿を見て、すぐに状況を把握したらしい。強制覚醒を余儀なくされた目に怒りを振るわせ始めた。


「お前か、礼香っ! んなもんで殴りやがって、完全に鈍器じゃねえか! 殺す気か、俺を!?」


「だって、沙夢濡に叩き起こせって言われたし」


「だとしても方法があるだろーがっ。そんなことをされにゃならんほど俺の寝起きって悪かったかあっ!?」


「知らない。他に思いつかなかったし」


「嘘つけぇ! もし仮にそうだとしても腕にかかる重さで気付くだろ! あ、これで殴ったらやばいなって気付くだろ!?」


「……気持ち良かった?」


「なんの話だよ!?」


 どうやら絶好調なようで。苦笑しか出てこないのは皆同じらしく、会長以外、声をかけることすらしなかった。


「はいはい、夫婦漫才はそこまでにしてね。会議の時間がなくなるわ」


「沙夢濡、お前にはこれが漫才に見えるのか?」


「漫才じゃなきゃなんなのよ」


 言いきった会長に、新さんは負けを認めたように溜息を吐いた。男はいつもこうして女の言うことに屈することしかできないのか。男女平等はどうした。むしろそれが行き過ぎた結果か? 男尊女卑の時代なんて本当はなかったんではないだろうか。今の女性を見ていると本気でそう思えてくる。


「礼香、今度はもう少し優しい方法で起こしてくれ。頼むから」


「新には刺激が強すぎた?」


「……もういい」


 不貞腐れた新さんに対して、礼香さんはどこか勝ち誇ったようにほくそ笑んでいた。確固たる序列の決定した瞬間である。

 一騒動が終わると、本題に入るべく会長が咳払いで場の空気を整え、真剣な表情で切り出した。


「これから、“鳳秋祭”に関する会議を始めるわ。まずは各委員会から、それぞれの進捗状況についての報告を」


 “鳳秋祭”。いわゆる学園祭だ。この鳳霊学園では、中等部と高等部の合同で行われる。時期は11月の最初の金曜日から日曜日までの3日間。今年は2日から4日までだ。

 企画は色々とあるが、まずはクラスごとに出される“何か”。これはクラスで勝手に決めて勝手に準備して勝手にやっていくものだ。予算の許す限りは何をしてもいいし、仮に予算が足りなくても会計委員で決めた範囲でなら、クラスの生徒が自費で賄うことも可能だ。何もしないならそれでもいい。

 次に、各部活が行う模擬店。クラスのほうと被ることもあるが、その辺りは生徒会では考慮しない。被ったら被ったで当人同士で処理してください、というのがうちの方針。こちらも予算が足りなくても、部や同好会に所属する生徒が自腹を切って材料費や設備費に充てても問題はない。これらは金銭が絡むので扱いが難しいのだが、自分で出した分に関しては完全に自己責任ということにして、慎重さを誘発することにしている。

 これらの企画で得られた利益は、その部やクラスの追加予算として計上される。

 そして、その模擬店の代わりに、あるいは模擬店と並行して、いくつかの部は独自に企画を開催する。例えば演劇部の演劇。ブラスバンド部のコンサート。軽音部のライブ。武道系部の演武。美術部の展示。等々…… どれも他の高校と比較した際のレベルの高さに定評がある。

 さらに、生徒会でも一つの企画を主催することになっている。これもまた、生徒会で決める必要がある。通例などというものもないので、一から考える必要があるのだ。




 ――が、今年は少し行き詰っていた。

 各委員会における業務は比較的順調だ。運動部会、文化部会からは模擬店に関しての問題は解決済みという報告があった。各部の独自企画に関しても、どの部も体育館や講堂、道場などの使用時間には納得してもらったという報告が、鳳秋祭前後のみそれらを管轄する高等部会からなされた。治安委員会からも、今のところ大きなトラブルはなしの報告。中等部会も問題なし。外交委員会では来賓客の把握も完了して、しばらくは問題発生のしようがない。会計委員会では予算配分に不満のあるクラスや部がいくつかあるが、対応できないレベルの不満でもないので、随時解決できる。

 だが、生徒会企画だけが、未だに決定していなかった。もう2ヶ月もない今になって決まっていないのは、致命的とまではいかないまでも、非常にまずい。準備に時間のかかるものは既に選択肢から外れている。

 いよいよ危機感が無視できないものになってきた会長は、こうして生徒会執行部を全員集めたのだ。

 本題は、「何かいい案はないものか」というものだった。俺たちとて暇ではないが、さすがに由々しき事態になる前に解決するためには仕方がない。


「というわけで、誰か意見のある人ー?」


 と訊くと、誰も応えない不思議。それはこの生徒会でも同じだった。


「竜樹、なんかない?」


 沈黙が続いて空気が悪くなる前に、会長は従弟である竜樹さんに意見を求めた。竜樹さんはしばし考え込んで、一言。


「……やめておく」


 辞退した。予想外である。しかし、会長はそれを許さなかった。


「いいから言って。吟味は後でするから、今はとにかく数を揃えないと」


 ブレインストーミングというやつですか。無難な意見しか出てこないような気もするが、会長に意見できる身でもないので黙っておく。そもそも、会長に意見していい結果になったためしがない。


「なら」


 と、竜樹さん。


「男女のコンテストはどうだろうか。準備も立候補者を募るだけでいい。放送部辺りの協力は必要になってくるだろうが……」


「ミスコンテストとミスターコンテストってこと?」


「そうだ。中高を合わせてするか分けてするかについても考える必要がありそうだがな」


 竜樹さんの言葉とは思えなかった。まさか竜樹さんの口からミスコンの案が出るとは。


「でも、ミスコン、ねぇ……できるほど立候補者が出るか?」


「涼右の言う通り、そこが問題よね。他薦も認めないと、候補者が少なすぎて規模が小さくなってもダメだし」


 どうやらブレインストーミングのつもりはなかったらしい。いきなり否定意見が出てきた。俺と同じことを考えている人は何人かいるはずだが、誰も口を挟まなかった。既にミスコンをする体で話が進んでいる。


「でも、他薦は候補者の乱立になりそうだしね。何人以上の推薦があったら、って制限を設けないと」


「女のほうは案外簡単に集まりそうだけどなー……問題は男のほうだな。自薦も他薦も少なくなりがちだし……ふむ」


「他薦ありとなると、こちらで選抜する必要が出てきますよね。そんな余裕、ありますかね?」


「あ、こっちで予め絞り込むって手もあったか。でもやっぱり、ネックは手間だよね……」


「他薦は異性からのみ有効ってのはどうだ?」


「投票は? 投票も異性からだけにする? それとも投票だけ両性からを認める? どちらにしろ、そんなことしたら不満が殺到するよ」


 ……などと、少しばかり話が進み過ぎてきたところで、会長が手を叩いて止めた。段階をすっ飛ばした議論は不毛なだけである。


「でも、みんなやる気みたいだし、生徒会企画はミスコンでいい? 異論はないわね?」


 さすがに異を唱える人は誰もおらず、皆が揃って頷いた。予想以上にあっさり決まってびっくりだ。生徒会が勢ぞろいした意味がまるでない。とはいっても、決まったことにとやかく言ってもしょうがないし、ならお前に意見はあるのかと言われれば、やはり困るだけだ。沈黙は金。

 しかし、ミスコンの結果が既にある程度見えてしまっているのはどうしたものか。『三大美少女』などという大層なものがあるおかげで、はじめから知名度に差がある。


「でも、やる前に一つ、問題があるよ」


 言ったのは直継さん。俺と同じ懸念を懐いているようで、同じようなことを説明した。


「つまり、その、私や唯利亜ちゃんや西園寺さんが出る場合は、ハンデをつけろ、と?」


「もしくは出場権そのものをなくす、か。これはさすがに反対意見が多いかもしれないが、一つの選択肢として」


 問い返しに応じたのは志希さん。確かに、はじめから出なければ、不公平も何もない。

 しかし、鈴音さんは、志希さんの提案に首を振った。


「外見だけで競うなら確かにそういった処置も必要でしょうが、ミスコンはそれ以外にも、礼儀作法や人格なども評価対象になるのでしょう? いくら容姿が優れているからといって、それだけでハンデをつけたり、というのは、それこそ不公平では?」


 また難しい問題が。これはミスコンの評価基準にもかかわってくる問題だが、やはりその辺りも決めないと先には進みづらい。かといって、評価基準を今決めてしまうのも時間の関係上、難しい。投票方法にもかかわってくるからだ。もし、一番好みの人に投票するだけ、という方式では、鈴音さんの言う論理は通らなくなる。もっと別の方法、例えば、候補者が一人紹介される度に項目別に評価してもらう、というような方法でなければ、会長らにハンデは必要になるかもしれない。しかし、そうなると時間も手間もかかるし、一長一短。意見を並べたとて、決めあぐねて時間を浪費するのがオチだ。

 つまるところ、今の段階では何を決めるにしても早すぎる、ということである。少なくとも今日は難しい。


「うーん……そうね、生徒会企画に関しては私たちが骨子を固めて……、うん、それができたら、また細かいところを肉付けする時にみんなに集まってもらうわ。それまでは各々の委員会に没頭してもらって構わないから」


 私たち――つまり、副会長と書記ということか。確かにそうしてもらわないと、どの委員会も暇なわけではないし。賛成しない理由がない。

 会長の「ではこれにて解散」という言葉とともに、みんな立ち上がった。それは、俺と唯利亜も同じ。


「兄さん、一緒に帰ろ」


 家も同じなのだから必然的にそうなる。わざわざ言う必要もないのだが……

 そういえば、この会議の間、唯利亜はほとんど喋らなかったが、どうしたのだろうか。と、考えるまでもなかった。

 唯利亜がミスコンに出ることはほぼ確定している。唯利亜は確かに男で、本来なら出るのはミスターのほうであるが、そうならないだろうことは承知しているはず。となれば、唯利亜は女子の集団の中に放り込まれるわけで、そうなると、未だに完治していない女性恐怖症に影響があるのでは、と懸念するのも無理はない。

 つまり、あまり乗り気ではなかった……と。そういうことである。第二会議室を出ても、唯利亜の感情は表情に出てこられるほどの余裕がないようで、終始、無表情だった。


「唯利亜ちゃん、やっぱり不安?」


 会長が唯利亜の内心を察したのか、やはり心配そうに話しかけた。唯利亜は慌てて笑みを作って、しかし本心は偽れないのか、首肯した。


「うん……もし出ることになったらって、ちょっと怖いかな。女の人、完全に克服できてないし……」


 不安要素はやはりそこ。日常的に会う人ならまだしも、そうでない人と話す時はぎこちなさがまだ残る唯利亜だ。控室など、女子に囲まれる環境での唯利亜がどれだけの精神的疲労を抱えることになるかなど、考えるべくもない。

 しかし、会長は笑っていた。底抜けの不安を払拭させまいとするほどに、光に満ちた笑顔だった。


「唯利亜ちゃんは強いから大丈夫よ。たった3ヶ月でここまで克服できたんだもの。鳳秋祭までに平気になるなんて、わけないわ」


「……うん、ありがと! ジャンヌさん」


 唯利亜の笑みにも、僅かではあるがつられて光が戻って来た。さすがは歴代最も美しい生徒会長。そのカリスマは並大抵ではない。

 生徒玄関に到着。会長はまだ用事があるらしく、すぐに帰る俺たちとはここで別れることになった。


「じゃあね、唯利亜ちゃん。ナツも」


「うん、また明日ね、ジャンヌさん」


『また明日。おつかれさまです』


 最後に唯利亜の額にキスをして、会長は去っていった。名前といい、会長は本当に日本生まれか?とたまに疑ってしまう時がある。別れ際のキスもまた、その原因の一つだった。といっても、唯利亜以外にしている現場は見たことがないのだが。

 ともあれ、俺と唯利亜はそれぞれ外履きに履き替えて、外に出る。すると、すぐに見知った人影が視界に入った。愛燕だ。


「あ、ナツ先輩。唯利亜も、おつかれ」


「愛燕。待ってくれてたの?」


「ううん。部活に行ってた」


 愛燕は実は美術部だったりするのだが、1学期からあまり行っていなかった。今日は珍しくも行っていた、ということだろうか。


「珍しいね。まあいいや、どうせだし、途中まで一緒に帰ろ」


「うん」


 そう言って、二人は並んで校門へ向かう。俺は携帯で時間を確認。6時前、か。九能の演劇部は下手すると9時までかかったりするから、ここは帰っておくほうが得策か?

 そう結論付けて、俺は二人の背中を追った。





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