2010/09 蛍の過去 ~ 姫魅が朝顔を連れ出す
A
A「もものけの国は、小さいが安定した素晴らしい国だった。王は国民のために、王として立っていた。」
蛍が大きく頷き、アンナが微笑み返す。蛍の瞳は、どこか誇らしげだ。
A「王には、美しい妻がいた。妻との間には、優柔な二人の息子、そしてお譲ちゃんの3人の子供がいた。」
A「とても幸せそうだった。」
アンナが溜息のように言葉を落とす。蛍の体が強張る。
(蛍回想)
カーテンを抜け注ぐ月明かりが、今日は妙に冷たい。
恐怖にも似た胸騒ぎが治まらず、ベッドから抜け出してみる。
「涼兄様は起きていらっしゃるかしら・・・。」
最近、長兄の愛華は、昼夜を問わず外出が多い。
きっとお父様の手伝いで忙しいのだろう。
困った時は2人の兄に助けてもらっていたが、いつからか次兄の涼風に頼ることが多くなっていた。
大きな扉を全身で押し開き、不気味な静寂の広がる暗闇へ足を踏み入れる。
部屋に戻ろうかという迷いを兄の微笑みで打ち消し、ゆっくりと歩みを進める。
道が左右にわかれる突きあたりで、目の前を黒い影が通り過ぎ、鈍い音と共に床に崩れ落ちる。
足を生温かいものが包み込んでゆく。
「これ・・・何・・・」
ぬるっとした感触が気持ち悪い。右手廊下の床で、大きな影と小さな影が落ちたまま動かない。
「蛍じゃないか・・・どうしたんだい?」
懐かしい声が左から聞こえる。
「愛華お兄様!!」
久しぶりに見た長兄の顔には、何か黒い影がついている。
「お兄様、お顔が汚れて・・・」
言い終らないうちに、愛華が何かを振り下ろす。
どこから現れたのか、涼風が甲高い音を立て、愛華を受け止める。
「涼兄様・・・?」
「蛍・・・逃げなさい。」
涼風の言葉を疑う。
「兄様・・・?」
「逃げろ!蛍!!」
涼風の、今までに聞いたことのない声。
目の前で何が起きているのか・・・冷静に周囲を見直す。
廊下に落ちた首と体、足に纏わりつく血液・・・剣を振り下ろす愛華と逃げろと叫ぶ涼風。
恐怖が徐々に湧きあがり、体を飲みこんでいく。
何か黒いものが全身を巡り、不快感に吐き気がする。
「愛華兄様・・・」
「蛍、逃げろ!!」
「どういうことです・・・?愛華お兄様!!」
「ちっ・・・」
涼風が、愛華に体をぶつける。
愛華が大勢を崩す。
「蛍、逃げろ!!」
涼風の背中が叫ぶ。
「涼兄様は・・・?」
涼風を残してはいけない。
「とある星のJ・J・ジョニー・・・ジョニー魔法学校・・・そこに行けばいい!!」
「お兄様!」
「早く行け!!」
兄の声に気圧され、足が走り出す。
涙で前が歪んで見える。床に広がる血の海と亡骸を見ないようにして、力の入らない足を無理矢理動かした。城を出ても、どこに行くでも無く、ただただ走り続けた。
(蛍回想終了)
Y「蛍・・・大丈夫?」
姫魅の言葉に我に返る。蛍は笑って返事をして見せたが、目からあふれる涙は止まらない。
2010/09/01 (Wed) 1:03
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R
A『もものけ国は鉱物資源が豊富で、国民もみな比較的豊かに暮らしていた。
歴代の王はみな希有なカリスマ性を持っており、国民に富を配分するのと引き換えに王が資源を独占、管理する形で平和が保たれていた。』
アンナは懐かしい顔でも思い出したのか、しばし目を閉じ、シャンパンで一呼吸おいた。
A『けれど先代の王、つまり蛍の祖父だね、が退位してから情勢に変化が起こった。王族による資源独占に意義を唱えるという名目で、いわゆる革命派組織が現れ始めたんだ。
それからまもなく、新たに即位した蛍の父君が突如病に倒れた・・・僕はこの”病”にも思うとこりがあるけれどね。』
呆けるようにグラスの泡を眺めていた蛍がアンナの顔を見たが、ジョニーの目配せを受けてアンナは肩をすくめて話を続けた。
A『革命派は不思議なくらい、そう何かに息を吹き込まれたように急速に発展していった。そのとき臨時の代行としてたっていたのは長男の愛華王子だったが、愛華王子は革命軍を煽るかのように資金を軍事費に当て始めた。それも常人沙汰とは言えないほどに。
戦火が広がるほどに、それまで半ば狂信的な王室信仰をもっていた国民たちからも疑問の声があがるようになる。そんな時に流れた噂がまたまずかった。もものけ国には古代最強と謳われた伝説の兵器が眠っているといわれているが、代々それを守ってきた王室から奪おうと王子が父親に毒を持ったと。』
I『そんな・・蛍の兄ちゃんがそんなことするわけないじゃないか!第一そんな兵器だって、ただの伝説なんだろう?ありもしないものでそんな好き勝手に・・・』
とっさに目を伏せた蛍の代わりに慰鶴が声をあげて立ち上がった。
王位継承者という名ににまとわりつくしがらみにも、自分の境遇と重なるところがあったのかもしれない。
A『僕はあながち間違いだとは思わない。』
I『な・・!?』
A『・・・もっとも、その裏には国民を狂わせクーデターを煽り、愛華王子の心入り込んだ悪魔がいるんだがね。宵狐。』
急に名前を呼ばれた宵狐はびくっと体を震わせ、持っていたグラスから透明な桃ジュースが冷や汗のようにこぼれ落ちた。
A『同じころ、この”悪魔”の牙をもろに喰らったのが君たちカラス族だ。』
2010/09/08 (Wed) 23:25
A
A「エイプリルフレッシュ国にダウニーという小さな土地がある。緑生い茂る平原に、白い石板が並ぶ静かな場所だ・・・かつてここには、小さな村があった。漆黒の髪と青の目を持つ、美しい人々が静かに暮らしていた村だった。」
蛍が、そっと姫魅を見る。二つの青い目が、静かに揺らいでいる。
A「エイプリルフレッシュ国内での黒髪は珍しいため、彼らはカラス族と呼ばれていた。カラス族は、幼い頃からジョニーに匹敵する強い魔力を持ち、代々伝わる強い魔法を使うことで有名だが・・・」
アンナが一息つく。
続けようと再び口を開いたアンナを、ジョニーが右手をそっと伸ばし、制した。
J「カラス族は魔法が得意だから、筋力の方はあまりないんだよね。カラス族は、魔法の能力について、外部に漏らさず静かに暮らしていたんだ。当時、隣国と戦争中だったエイプリルフレッシュ国は、力の無いカラス族を戦力外にしていたんだよ。」
ジョニーがカカッと小さく歯を鳴らした。
J「ところが、戦争で戦力が不足し始め、国は戦力外であったカラス族を強制動員せざるおえなくなったんだ。
僕がたくさんいるようなものだからね。隣国の戦力は大きく削られ、エイプリルフレッシュ国は、カラス族の戦功によって戦勝したんだ。」
姫魅が小さく震え、カーネルの表情が険しくなった。
K「カラス族の悲劇の始まりだ・・・。」
朝焼けが、村を囲う緑を鮮やかに染め上げる。
鳥の楽しげな声を、悲鳴のような泣き声が掻き消した。
母が、小窓から外を覗き見て、大きくため息をつく。
「まただわ・・・」
また誰かが街に出かけ、変わり果てた姿で帰ってきたのであろう。
街へ出かければ、漆黒の髪と吸い込まれそうな青い瞳を見た街の衆が、表情を苦くし、時には石を投げてくる。村人の中には、出かけた先で襲われ命を落とした者もいた。
僕らの父さんも、街へ買い物に出て行ったその日、細い路地で死んだ。
打撲と内臓の破裂・・・無残な姿になって返ってきた父さんを母さんは幼い僕らから遠ざけた。
父さんには、サヨナラもオカエリも言っていない。
窓の外を気にする僕らを母さんが鋭く睨む。
僕らは慌てて食事を再開した。
僕らが生まれた年、とある戦争がエイプリルフレッシュ国戦勝という形で終戦した。
この戦争は、カラス族が戦況を変え、国を勝利に導いたそうだ。
以来、カラス族は幼い頃から強力な魔法を覚え、戦闘訓練を受けるよう、国に強いられていた。
戦争が終わり、隣国からの移住者が出てくると、カラス族に憎しみの目を向けるものが増えた。
ジョニーが宇宙平和大使に任命されると、戦争の可能性は大きく減り、力をつけたカラス族は国にとって脅威となった。
戦闘訓練は、この年から中止となったが、カラス族が脅威であることには変わりがない。
国の恐怖が民衆に伝わり、カラス族を邪魔に思うものが増加していく。
徐々にカラス族への嫌がらせもエスカレートし、最近ではこの有様である。
「ごちそうさま。」
同じ顔をした兄が、食事を終える。
「待って!!・・・ごちそうさま!!」
皿の残りを掻き込み、玄関で靴をはく兄を追いかける。
「危ないから、遠くにはいかないでね!」
母さんが台所で叫んだ。
「はい!」
2人で声を合わせ返事をすると、母さんがいってらっしゃいの言葉で送り出してくれた。
これが母さんとの最後の会話だった。
「宵狐すごい!!俺、聞き惚れちゃった!!すごく綺麗だ!!」
俺が拍手を送ると、宵狐は照れた顔をした。
「褒めすぎだよ。」
「そんなことないよ!!宵狐の歌声、綺麗だもん!!俺、好きだよ?」
「ありがとう。」
カラス族には、男性から女性に歌を贈る習慣がある。
未婚の男性が美しい女神に惚れ、歌を捧げる神話が、由来だ。
今では、恋などに関わらず、兄弟、親子・・・様々な男女が歌を贈り贈られている。
母さんに歌を贈ろうと宵狐が提案してから、家から少し離れた森で歌を練習しているのだが・・・
「姫魅は俺の歌ばかり聞いて、練習になっていない。」
宵狐の歌声がとても綺麗なので、練習そっちのけで歌に聞き入る毎日である。
「俺が一緒に歌ったら、台無しだよ。」
「一緒に歌うから意味があるんだろう?次、姫魅歌ってみろよ。」
「んー・・・」
渋々立ち上がる。
大きく息を吸ったところで、宵狐が俺に体をぶつけてきた。
「・・・いきなりどうしたの・・・?」
地面に強くぶつけ痛めた腰を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
俺が足をのばしきる前に、宵狐が俺の手を強く握り、村へ駆けだす。
「宵狐、早い・・・早いよ・・・!!」
宵狐は無言のままだ。
「どうしたの・・・?ねぇ・・・?」
「茂みから・・・刃物が飛んできたんだ・・・」
息を切らしながら宵狐が言う。刃物が・・・?何故・・・
「もうすぐ村だ・・・走れ!!」
宵狐の言葉に全力で足を走らせた。
森を抜けると、広がっていたのは、村ではなく火の海だった。
2010/09/10 (Fri) 1:57
A
頭が真っ白になる。
母さんを呼ぶ宵狐の声が遠く聞こえる。
宵狐の緊迫した表情が珍しくて、ぼんやりと見いる。
自分が鏡の向こうから覗きこんでいるようだ。
足が思考を置いて、回り続ける。
熱の中を宵狐に引かれるままに突き進むと、見覚えのある家が見えた。
玄関前に、不安げな女性の姿が見える。
「母さ…」
宵狐が強く手を引き、木陰に隠れる瞬間、母さんの首がとんだ。
母さんの後ろに立つ、クリーム色の髪に、透き通る瞳が笑ったように見えた。
K「爆発が起きるのと、俺が到着したのは同時だった。」
カーネルが、怒りに震える。宵狐の瞳はカーネルを映していたが、見ているものは、こけにはない。
A「爆発後、カーネルが瓦礫に埋もれていたのを見つけて引き取ったんだ。」
アンナが姫魅の頭に手を優しく置く。
宵狐が、びくっと反応する。
A「まぁ、こんな若造がよくこんな子を育てたもんだ。」
アンナがにっと笑い、カーネルを見る。
カーネルは苦虫を噛んだような顔で、アンナを見返す。
K「伝説の三人の弟子です。子育てくらい出来ます。」
A「まだまだ青いぞ、カーネル!」
アンナが笑い飛ばし、カーネルがすねた顔をした。
2010/09/25 (Sat) 0:31
R
J『カラス族やもものけの国に見られるような悲劇が、近年宇宙各所で報告されている。先程アンナちゃんが言ったように、これらの裏にはある組織が絡んでるんだ。』
K『…S(青春系)PI(いいんじゃない!?)TZ(全員集合!!)
通常"SPITZ(スヒ゜ッツ)"だ。
どういうわけか、強力な魔力を持った若者たちが幹部ポジションに揃ってる……ま、やっかいな相手ってことだ。』
カーネルがやれやれと大袈裟に手を挙げてみせる。
J『先程の二人組も…目的はよく分からないがスヒ゜ッツの一員と見て間違いだろう。』
K『ジョニー暗殺にしては軽率すぎる…』
A『ふふっパーティでうまい飯でも食いにきたんじゃねぇのか?それかどうしても会いたい相手がいたとかな…』
Y『…』
F『ま、まさかアンナちゃん…確かにこの子のお兄さんならイケメンだろうけど…!』
A『何考えてんだフロハミ。てかいたんかいお前』
アンナに叩かれるフロハミを見て
はは、と久方の笑顔を見せた螢と宵狐だったが
一連の漫才が終わると思い出したように一同は沈黙に包まれた。
大人たちも次にかける言葉を探すも、うなだれる青年たちを前には徒労と終わった。
そうして数年とも一瞬とも思われるような数分の時が流れた。
I『……で、俺達はこれからどうすればいいんだ?』
最初に口火を切ったのはそれまでずっと黙っていた慰鶴だった。
濁った沈澱物を再び舞い上がらせるように、
重く淀んでいた各々の思考を同一の空間に引き戻す力強い慰鶴の声が
部屋の空気に生気を取り戻させた。
H『慰鶴…』
普段のこの世の苦役などなにも背負ったことがないのではと思わせる屈託のない笑顔を持つ彼とは思えない、一瞬見る者を怯ませるような目でジョニー達を見ている。
H『(こんな顔の慰鶴もいたんだ…)』
I『こうして俺達を呼んでここまで聞かせたんだ、そのまま脇役として黙って見てろってわけじゃないんだろう?』
J『そのとおりだ。ゆくゆくはお前達がこの戦いの終結に関わってくるだろうと僕は踏んでいる。だが…細かい話はあとにして、結論だけ言うと
君達はまだ外に出るべきではない。時が来るまでこの学校でしっかり学ぶんだ。』
Y『…今の僕らじゃ何もできないってことですか。』
F『焦る気持ちも分かるが、気を引き締めてここがある意味出発点なんだと思って欲しい。』
K『…ま、今のお前らじゃ何をするにもまだ役不足ってことだな。だが心配すんな。俺がしっかり手ほどきしてやるよ』
カーネルはそういうと目を細め、指を鳴らすと、科学魔法でシャンパン制のシャボン玉、フルーツをくり抜いてのフラワーアートを作りあげた。
成長を操作され倍の大きさになった花たちがふわふわと部屋の人々を包みながら、その不自然な存在を確かめるようにゆっくりと舞い降りる。
カーネルはその中の一つを手に取り呆気にとられていた三人の前に、
取り分け先程から涙を噛み殺していた螢の前にかしこまって差し出した。
K『さぁ、参りましょう。お姫様たち』
2010/09/27 (Mon) 19:31
A
漠然とした不安と緊張が迫る度に、暗闇に兄様を見て、昨夜はまとまった睡眠が取れなかった。
H(酷い顔…)
鏡の中にある顔が、眉を潜める。
H(こんな顔、二人には見せられないな…)
手のひらにためた水を顔にぶつける。水が滴り、気持ちに落ち着きが戻る。
H(大丈夫!!私だもの!!)
タオルから顔をあげると、いつもの自分が鏡越しに笑った。
玄関を出て、言葉を失った。
I「蛍、おはよう♪」
廊下の先で、慰鶴がいつもと変わらぬ笑顔で立っている。
彼は本来、ここにいるべきではないのだが…
H「全く…セキュリティは大丈夫なのかしら…」
言葉をため息に乗せ、蛍が呟く。
H「慰鶴、ここは女子寮で、男子禁制!!乙女の園なんだけど。」
I「えぇ?!」
慰鶴が両手に抱えたお菓子の山を落としそうになる。
オロオロとパニックを起こしている慰鶴に、蛍が再び重いため息をつく。
I「早く目が覚めて…三文は早起きの得って言うから、朝の散歩に行こうと思って…いいことないかなって…いや!!別に、いいこと探しに女子寮に来たんじゃなくて!!その…俺、知らなくて…!!」
寮のおばさんや寮生に、お菓子をもらっているうちに迷い混んだのだろう。
女子寮側が歓迎したのでは、どうしようもない。
H
蛍の三度目のため息を外の騒ぎが止める。
H「何かしら…」
廊下の突き当たりにある窓から、通りを見下ろす。
黒髪の男子が女子の集団に手を引かれ、女子寮に向かうのが見える。
女子は黄色い声をあげ、楽しそうにはしゃいでいるのだが…
不意に男子と目があった。
助けを求める青い瞳に、三度目のため息がつく。
I「宵狐~!!…蛍、宵狐って、宵狐って呼んだ方がいいのかな?姫魅の方が…」
H「どいつもこいつも…」
蛍が、力尽きたように、窓の縁に両手をつく。
少し曲がった肘が、隅においてあった朝顔の鉢にぶつかる。
H「あ!!」
慌てて手を伸ばすが間に合わない。
ここは六階だ。
遠距離の物体移動は高度魔法のため、私にはまだ使えない。
時間を止める魔法も、物体の移動速度や位置によって、高い能力を要する。
朝顔はすでに、魔法の届かない距離だ。
H「危ない!!」
下にいる集団に向かって叫ぶ。
宵狐が落ちてくる朝顔に気付き、すっと手を伸ばす。
朝顔の落下が止まり、ゆっくりと宵狐の手におさまった。
Ⅰ「すげぇ!!」
あの速度を瞬時に止めるとは・・・流石カラス族といったところか・・・
2010/09/28 (Tue) 21:21
R
始めから合わせて作られたかのように、ぴったりと掌に収まったクリーム色の鉢植えを
宵狐はなんとなく見つめた。
3つほどの蕾に囲まれ一人けなげに頭をもたげ咲いている花も彼を見つめていた。
青と赤と紫と、少し曇り空の雲がとけこんだような不思議な色の花びらだった。
Y『……君、すごく綺麗だ。』
そう囁くと宵狐は鉢植えを近くの花壇にそっと置いた。
(同時刻このとき彼の周りにいた複数の女子生徒が軽い貧血でその場に倒れた。)
H『どいてどいて!ええいっ(イラッ)、エクスペクトパトローナム!!』
I『わ!螢待って!』
いつのまにか群集となった女生徒を掻き分け、螢が顔をだした。慰鶴が彼女を守る様に片腕で壁を作っている。
しかし突如現れた話題の新入生二人目に、女生徒の黄色い声はさらに大きくなった。
H『ごめん宵狐、大丈夫?そしてあんたも朝から乙女の園にご乱入?』
Y『…ここにもいた、僕の花びら』
H『ごまかすな』
2010/09/29 (Wed) 9:05
A
H(教室までついてくるつもりだろうか…)
三人肩を並べ歩き始めても、黄色い声は止まないどころか増えていく。
黄色い声に比例して、慰鶴のお菓子もまた、増加の一途を辿っていた。
Y『はぁ…』
ため息まで綺麗だから不思議だ。宵狐が小さくため息をついたかと思うと、次の瞬間、三人は教室にいた。
I『あれ?!』
慰鶴が混乱する。
蛍が宵狐を見ると、宵狐がにっこり微笑み返した。
Y『到着です、お姫様方。』
I『すげぇ!!』
慰鶴が目を輝かせ、宵狐をぶんぶん揺する。
H『慰鶴!!ちょっと落ち着きなさい!!』
慰鶴の怪力に力一杯揺すられ、宵狐は半ば気を失っている。
慰鶴がようやく落ち着いた頃には、宵狐はフラフラになっていた。
蛍が本日何度目だろうか…ため息をついた。
* * *
午前には身体測定、午後には宗教学、魔法基礎学が入っていたが、授業はどちらもオリエンテーションだった。
身体測定で、慰鶴が握力計を壊し、宵狐が学校始まって以来の男子握力測定最低数値を出したこと以外、これといって驚くことのない一日…
H『なんか、拍子抜けしたわ…星一番の魔法学校も、別にスパルタってわけじゃないのね。』
Y『初日…』
宵狐の言葉を慰鶴が遮る。
I『初日だからってのもあるだろうけど、じいちゃんは、厳しくよりも興味を持たせることが大事だって!』
蛍が納得する。
確かに、実技を交えながらのオリエンテーションは、興味と意欲を湧かせた。
I『宵狐、運動神経は悪くないのに、握力が…以外に身長が低かったのも、びっくりだったな!』
Y『成長期だから…』
気にしているらしい。
I『どうしたの…?』
突然、慰鶴が廊下に向かって声をかける。
開け放たれたドアから、ウェーブのかかったショートヘアーが顔をのぞかせた。
H『さっきから誰かを待っているみたいだけど…誰に用かな?』
A『は…はい…』
放課後の教室には、三人しかいない。
必然的に、三人の誰かに用があることになるのだが…
H『知り合い?』
蛍の問いに、二人が首を横に振る。
2010/09/29 (Wed) 19:27
R
A『あの、き、きききききききき今日…』
三人の視線から逃げるように一度隠れたあと、顔半分を壁からそっと出して少女は答えた。
髪だけでなく、声もなんともふわふわしている。まるで壁の向こうに広がる廊下(これも校長の趣向により地球のバロック時代の宮廷風に装飾されている)に飾られている絵画が喋っている、と言われても頷けるほど
どこが発生源かわからない声だ。
よく見れば不思議な衣装にも身を包んでいる。
A『…け、今朝、あの、じょ、じょじょ女子寮で私…』
I『あ、もしかして宵狐が寮に来たときに周りにいた子?』
H『げ、やっば私が吹っ飛ばしちゃった子?』
Y『迷子の僕を…助けてくれた妖精さんの一人かな?君も』
H『わかりやすくなってないわよ宵狐。…てかあんた迷子だったの?てかなんでそもそも女子寮の周りになんかいたのよあんたたち。』
螢は思い出したように怪訝な目を向けると、
二人はあからさまに「ギクッ」 と体を震わせた。
Y『ね………眠れなくて。』
H『朝だものね。おはよう。』
Y『ち、ちょっと探し物を…』
螢に顔を近づけられ、ついでに胸倉も捕まれ動揺した宵狐はか細く答えた。
I『わー!!宵狐それ以上は螢に言っちゃだめ!!螢には絶対だめー!!』
H『なんだ私にはって!何隠してんのよ!』
宵狐の襟元を解放し、螢は慰鶴のパーカーをしめにかかる。
I『なんでもない!別に特別なにか寮の近くにあるものを螢のために俺と宵狐で探してたとか絶対ないから!!』
H『あんたねぇ!そこまでアホだと逆に心配だわ!敵に捕まったときどうすんのよ、私が叩き直してあげるわ!待ちなさい!!』
身体能力だけはずば抜けた慰鶴はひょいひょいと螢が魔法で出した障害物を飛び越えていく。
H『あんたねぇ!少しは防御魔法とか攻撃魔法とか使いなさいよ!!』
魔法発動の七色の光が教室中に蔓延した煙に反射し、丸い照明道具が浮いているかのような光景だ。
A『す、すごい…あんな大量の物質生成魔法を同時に…』
当初の目的も忘れ呆気に取られている朝顔の前に、
煙の中からむせる宵狐が現れた。
指ぎりぎりまでカーディガンの袖を伸ばし、その掌にコンコンと咳込む宵狐に目を奪われていると、突如開かれた青い瞳と目があった。
朝顔の心臓が跳びはねると同時に、ふわっと華奢な、それでいて意外と大きな腕が朝顔の肩を抱いた。
Y『おいで…何処かに逃げよう。僕に用があるんでしょ??』
宵狐は細長い指を口元に当て、しーっ、と諭すような甘い微笑みを朝顔のほてった顔に近づけると
朝顔の腕をとって教室を出た。
2010/09/30 (Thu) 17:49
A
Y『ここまでくれば、大丈夫かな・・・』
慰鶴と蛍の声が聞こえなくなり、無人の廊下に宵狐の美声が響く。
朝顔が息を切らし、その場にしゃがみ込んだ。
Y『大丈夫・・・?』
A『す・・・少し疲れただけ・・・』
なれない足、なれない体を走らせたためか、足は鉛のように重く、呼吸はなかなか整わない。
なかなか立てないでいる朝顔に、宵狐がしゃがんで目線を合わせる。
Y『君は朝の・・・』
朝顔の顔が強張る。
『すごく綺麗だ。』
今朝、優しく微笑んでくれた命の恩人に、一目ぼれをした。
単純すぎるだろうか。
それでも、彼と話したい、彼に触れたい一心で、花弁を捨て私は人間になった。
しかし、正体がばれてしまえば、魔法は解け、私は人間に戻ってしまう。
緊張が走る。
Y『・・・そんな訳ないか。』
宵狐が小さくつぶやき、小さく笑った。
安堵で全身から力が抜け、体が後ろに傾く。
優しい腕に支えられ、足がしっかりと地面を踏み直した。
本当は今すぐ立ち上がりたいのに、体が言うことを聞かない。
時間が過ぎる程、罪悪感が募っていく。
A『・・・ごめんなさい。』
Y『大丈夫だよ。今・・・僕の時間は、君だけのものだから。』
* * *
H『ほら!宵狐がどっかに行っちゃったじゃない!』
終わらない争いを無理矢理終結させ、蛍がため息をつく。
腰に手を当て、勇ましく立つ彼女の横で、慰鶴がしゃがみ込む。
2010/09/30 (Thu) 22:08