2012/11 ① 維持軍入隊決定 ~ メロウ・ジャズ登場
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徐々に藍色が混じりゆく夕日が
白い壁を暗く染めていく。
ただでさえだだっ広いその部屋は
暗がりではさらに大きく感じられた。
ジョニーとサン 、そしてイチは
夕闇の校長室にいた。
「ジョニー、本気か。何がなんでも、早すぎないか」
イチは、腕を組んだまま、ジョニーを見た。
「あぁ。本気だ。
三人を維持軍に入隊させる」
部屋に張り詰めた沈黙が流れる。
サンは一人立ち上がると、窓辺に立った。
そんなサンをイチが横目で追う。
「いずれ彼らを軍に推薦しようとは思っていたんだ。
特に蛍ちゃんあたりは、自身から望んで来るだろう」
と、ジョニー。
「しかし、あいつらはまだ魔法使いとしても半人前なんだぞ。軍の任務についてけるかどうか」
イチは大袈裟に肩をすくめてみせてから
真剣な顔つきで
「…九十九を使わせるのか」
と問うた。
ピクリ、とサンの犬耳が動く。
ジョニーは静かに頷く。
「姫魅くんの魔法陣を見ただろう。
あれは…人の心に入り込み そこにある想いを 心の力を増幅、暴走させるものだ」
「遅かれ早かれ、あの子は自身の『九十九』と対峙しなければならなくなったってことか」
「そうだ。そしてプーの狙いはそこだろう…
…彼を九十九に食わせ、その彼をてにいれるつもりなのさ。
これまで彼が、してきたようにな」
ジョニーは悔しそうな顔で、歯を食いしばる。
鈍く重い音が響く。
「奪われる前に こっちで捕まえちまおうってことか。
でも、他の二人はどうなんだ。
あの二人が『九十九』を出す必要は…」
「ないと思うか」
ジョニーに見つめられ、イチは口をつぐんだ。
蛍と慰鶴の顔が浮かぶ。
彼等の背負う物も、同時に浮かび上がる。
イチはため息をつくと
「どうしますか、お母さん」と 窓の外を見たままのサンに声をかけた。
「…必要なのか。あの子たちが生きるために」
振り返らないまま言ったサンの言葉に
ジョニーが静かに、しかし力強く答える。
「あぁ。
あの子たちの未来のために 必要なんだよ サンちゃん」
すっかり暗くなった外のせいで
窓には向かい合うサンの顔がうつっている。
それは後ろからよく見えなかったが
サンの目元で何かが光ったように思えた。
イチは立ち上がると、そっとサンの肩を抱いた。
****
同じく目の前の少女の肩を掴んだまま宵狐は
「あいつは危険だ、下がっていろ」
と蛍に囁いた。
しかし蛍は
「バカにしないで!!」
「わ!ば、やめろ!」
自由な左腕を振り上げ、
「これ以上あんたなんかに、私の大切なものを渡さない!」
と部屋中の金属と言う金属を巻き上げた。
巨大な渦がプーに向かう。
「!」
宵狐は思わず目を丸くする。
すごい…磁性を操る高度魔法を片手で…!
「ほほう、さすがやるねぇ。血筋だろうか…」
プーは静かにそれを見上げると、小指一本でいとも簡単にそれを弾いてしまう。
さすがはジョニーと渡り合う魔法使いというところだ。
だが珍しく、真面目な顔で
「さすが、愛華の妹だね」
…そして彼女の娘だね
と言った。
アイカときいた蛍が、涙をためる。
愛華はあの一件のあと、チェンらの監視のもと集中治療室にいた。
チェンいわく、精神的ダメージが大きすぎて意識が戻らないらしい。
「お兄様の心にかけた魔法を、早くといてよ…」
「僕はなにもしてないさ」
「え?」
プーは姫魅の背中にふれていった。
「確かに、彼にもこの魔方陣をつけたのは事実さ。
でもね、これは彼の心を『操る』ためのものじゃない。人の心を操るなんてできないからね、わかるかいスイートガール??」
「嘘だ…じゃあどうしてお兄様は」
「あれは、人の九十九を呼びだす魔方陣さ」
宵狐が代わりに答える。
「九十九??九十九ってまさか…」
参考書の最後のページでみた、禁忌魔法の名前だ。
宵狐は続ける。
「あいつは、愛華は国を支えたいという、強い想いを持っていた。
同時に 民からの重圧 父の危篤 力を得たいという焦りも抱いていた。
そこで、最強魔法と言われる九十九にたどり着いたんだ。」
「もちろん一人で取得できる代物でないからね!それを教えたのが、このカリスマインストラクターの僕さぁあ!」
クルクルクルクル!とトリプルアクセルを決めるプー。
「なんとも優秀な子だからね…手にいれてからは早い早い。あっという間に九十九を具現化し 力を蓄え…」
続けてイナバウワーを決めると、プーはにやりと笑った。
「食われたのさ。勝手にね」
だから僕はなにもしてないよー!!
と笑うプーの声が遠くなるほど、蛍は頭が真っ白になるのを感じる。
悩んでいた兄
あるときから確かに、彼の統治力は格段に伸びていった
今思えば不思議なほどに
しかし私はそれを、兄の努力のたまものなのだと思い込んでいた
そこに何か 隠された危険があったなど気付きもせず…
「と、言うわけで。
姫魅ちゃんもね、けして僕が操ってるんじゃないんだ。
彼の『心』がちょおーっと 15の夜なんだな、わかるかいお兄ちゃん?」
てめぇ…!と宵狐がプーを睨む。
「さぁ、行こうか姫魅ちゃん」
プーの声に呼ばれるがまま、姫魅が立ち上がりおまるに手を伸ばす。
「だめだ!!」
悲鳴に近い声で姫魅を追いかける宵狐。
と、宵狐の体が光ったかと思うと
真っ黒な鷹が彼の体から現れる。←ごめん宵狐の九十九がんからんかった
「よ、宵狐…!?」
「これが俺の九十九だ、蛍」
と言ったと同時に宵狐が両手を広げると
鷹は猛々しく叫び声をあげプーに向かっていった。
「んもー、面倒だなぁ。早くかえって おまるだよ!全員集合みなきゃなのに」
プーは顔をしかめると、アヒルの鶏冠を引っ張った。
直後アヒルの口から大きな火玉が飛び出す。
しかし鷹はそれをものともせずプーに向かう。
「相変わらずだねぇ、君の九十九は。
でも相変わらず可愛くないんだよなぁどっか…ちっとも君を食べようとしないんだから」
「それは俺に 守るものがあるからだ!」
「…そこは認めよう。でもね、爪の甘さも相変わらずだ。
真っ直ぐすぎて、大事なところを見落としちゃうんだよなぁい・つ・も」
と言うと、にいぃっと笑う。
はっとして振りかえると、鷹を突き抜けた火の玉が蛍を包もうとしていた。
「しまっ…!!」
駆け寄ろうとした宵狐をプーの左手が魔法で遮り
蛍は迫り来る炎を見ながら姫魅の名前を呼んだ。
だめだ…!
そう思った瞬間
「ウッキャアーーッきゃっきゃっ!」
けたたましい鳴き声とともに突如 金色の何かが窓ガラスを割り、飛び込んできた。
それは目にもとまらぬ速さで壁を数回跳ねると、
一瞬うろたえ動きが遅れたプーの顔を思いきり殴り付ける。
オマルごと回転しながら吹っ飛ぶプー
同時に火の玉も消え、宵狐の金縛りもとかれる。
そして気絶した姫魅にかけより支えたのは――
金色の猿だった。
猿は姫魅を担ぐと、「うきっ♪」と鳴いた。その声に応えるかのように
「そーーうは簡単にはいかないぜ」
と かすれた声が響く。
そして割れた窓から現れたのは
白い鬚を早し右目に大きな傷をつけた男だ。
姫魅を抱えた猿が、嬉しそうに男に駆け寄る。
プーは殴られた頬をさすりながら立ち上がると
男を見て目を見開く。
「メロウ・ジャズ」
「久しぶりだな、プーよ」
メロウと呼ばれた男は
金色のマントをたなびかせプーとむかいあう。
「ふ、ちょっとふけたか?メロウ」
「俺も今年で 50だからな がはははは!」
と、メロウは豪快に笑った。
思わず後ずさると、プーは観念したように
「やーっかいなやつがきちまったなぁ。
お気にのオマル四号も汚れたことだし、仕方ないまたくるよ!
ぐんない!」
と言うと
右手でパチンと指をならし
煙のごとく消えていった。
A
メロウが姫魅をベッドに寝かせる。蛍が駆け寄ると、姫魅の目が小さく開いた。
「姫魅!」
「蛍、ごめん。俺、自分を止めることができなかった。蛍に攻撃魔法を、使って・・・俺」
「あんた馬鹿!慰鶴も兄様も馬鹿よ!馬鹿ばっかり!」
蛍が姫魅をぽかぽか叩く。姫魅は優しく微笑んで、蛍の拳を受けとめた。
「ごめんごめんって、謝るくらいなら一言言いなさいよ。バカ」
「ごめ」
蛍に睨まれ、姫魅が口を閉ざす。ありがとう、と言いなおすと姫魅は蛍の背後に目をやった。
「兄さん」
「姫魅」
「やっとゆっくり喋れるね。俺、料理ができるようになったんだ」
姫魅が嬉しそうに笑う。
「そうか」
「今はネル・・・カーネル・サンダースさんの家にお世話になってるんだ。ネルはドジだから、いつも頭の上にある眼鏡を探して・・・そうだ、三人で暮らそうよ。兄さんもいっしょに」
「姫魅、あまり喋るな」
宵狐の言葉に姫魅の瞳が揺れる。
「だって兄さん、またいなくなるでしょう!」
息を荒げる姫魅に蛍が目を見開く。彼の目から涙が流れだす。
「嫌だ!独りはもう嫌だよ!兄さんはまたいなくなるの?俺を置いて行くの?俺は」
メロウが姫魅の首筋に触れる。意識を失い項垂れる姫魅をそっと寝かせると、メロウは宵狐に微笑みかけた。
「悪いな、坊主。これ以上は」
「いえ、ありがとうございます」
宵狐が小さく頭を下げる。メロウが気まずそうに頭を掻いた。
「坊主には悪いが」
「わかっています。俺も覚悟を決め、涼風とここに来ました」
「そうか」
淡々と話す宵狐にメロウがため息を吐く。
(・・・たくっ。最近の若いのはどうも、ガキっぽさがねえな)
「ねえ、どう言うこと?」
「譲ちゃん。こいつぁ譲ちゃん達の知り合いみてぇだが、SPITZのメンバーでもある。少しあずからせてくれねぇかな?」
「何でよ、宵狐をどうするのよ。姫魅はどうするのよ」
「姫魅には蛍、君がいる」
抑揚のない返事に、蛍の声が詰まる。
パァンッ!と渇いた音が病室に響いた。
「ふざけないで!あんた、姫魅がどんな想いをして今まで生きてきたか、わかってんの!あんたじゃなきゃ駄目なのよ!あんたじゃなきゃ・・・駄目なのよ」
蛍の目から涙が流れる。宵狐の頬を打った右手がじんじんと痛んだ。目の前の顔は姫魅と同じなのに、瞳の青は冬の海のように冷たく重い。
宵狐をひと睨みすると、蛍はメロウに歩み寄った。
「メロウ・・・とか言ったわね!あんたもちょっとは気遣ったらどうなの!宵狐はSPITZである以前に姫魅の、たったひとりのお兄さんなのよ!この仕事人間!あんた、娘にいっしょにパンツ洗いたくないとか言われるタイプでしょ!」
メロウは目を丸くすると、豪快に笑った。
「何よ」
「威勢のいい譲ちゃんだと思ってな、すまんすまん!確かにこいつぁ、大物になりそうだ」
「何の話よ」
「蛍、その人は」
宵狐の発言をメロウが右手で制止する。宵狐が言葉を呑むと、蛍もただならぬ空気に息を呑んだ。
「んじゃ、ちょいと坊主を借りて行くぜ?」
「ちょっと、待ちなさいよ」
「大丈夫、俺ぁ借りたものは必ず返すぜ?」
「そういう問題じゃない!」
再び振り上げた右手を宵狐が掴む。蛍が睨むと宵狐が優しく微笑んだ。初めてみる顔だった。
「蛍、必ず戻るから」
宵狐の背後でメロウが急かす声がする。
「これを持っていて」
蛍の手に小さな石を握らせる。石は陽の光を受けて、月のようにぼんやりと輝いていた。
「魔力の結晶。俺はいつでもそばにいるから」
宵狐が蛍を抱きしめる。耳元でありがとう、と囁いて、彼は窓辺で待つメロウのもとへ駆けた。
「姫魅をよろしくお願いします。あと、涼風にプロテインの飲み過ぎに気をつけるようにって!」
「行くぞ」
メロウが言うと、ふたりは窓の外へ消えた。
「兄弟揃って、頭が花畑なんだから」
蛍は掌の石を強く握りしめた。