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9 トッシーはロマンスがお好き。

 彼の脳内はファンタジックおよびメルヘンチックに花咲いている。

 それに気付いたのは、私が委員会に入る際に自己紹介をしたときのことだ。


 「森園朔羅」と漢字で紙に書いてみせると、周りを取り囲んでいた委員の面々が口々に「変わっているなぁ」と私にとって慣れた感想を言った。そんな中、誰かがぼそっと言った言葉を私は聞き逃さなかったのである。


「シノビっぽい・・・」


 しのび?今、しのびと言ったか?しのびってあれか忍ぶと書いて忍か?


 声のした方を見ると、茶髪に眼鏡の男子がいた。まだ幼い面立ちで同い年だろうと思った。私が見ていることに気付くと、彼は慌てて「同じクラスですよねそういえば」と取り繕うように言った。

 しかし、彼が何だか面白そうなことを言ったことを私は確かに聞いたのである。

 そして忘れはしなかった。

 少し観察していると、俊也はどうやら日常的に空想をして楽しんでいるような節があることが解かった。

 例えば、休み時間に、教室の自分の席に座っているとき。友人一同が目の前で喋っているが、ふとした瞬間に彼は気になるものを発見した様子でじっと見つめ、それから手の下に隠した口元でにこにこと笑うのである。

 それはさりげなく、ごく普通の会話の中の笑顔に見えるが、どことなくずれた感じがするし、反応している部分が気になるのである。ぽろっと「それはいかんな」とか「悪魔だな・・・」とか零す。仲間内では聞き流されているようだが、確かに呟いている。何をおいてそれがいかんのか悪魔なのかとても気になるところだ。

 いつもにこにこしていて良いよね、と女の子たちが俊也の印象を話して言っているのを聞いたことがある。肯定的に受け取られて結構なことだ。脳内ではどんな花が咲いていることやら。彼は隠しているつもりらしいが、私にはバレバレである。

 これが決定的なことだった。教室で一人机に向かって何をしているのかと思ったら、机の表面に「姫」とか「王子」とか「旅に出て駆け落ち」とか鉛筆で書いて難しい表情をして考え込んでいたのである。

 授業が終わったことに気付かず、教科書やノートを片付けていない。夢中になって思案しているらしい。

 隠しているくせに。と、思いながら、机にぶつかったふりをしてもう授業が終わっていることを教えてやった。

 我に返った俊也は慌てて机にかぶさって表面を隠し、私に「何?どうかした?」と聞いてきた。誰が姫で誰が王子なのか気になったが、「いや」と言って通り過ぎた。我ながら親切である。

 委員会室は個性的な人間が揃っているので、彼にとって空想の宝庫なのであろう。委員会室の面々を見回し、言動ににこにこと笑う姿が幾度と見られる。恐怖体験をしたに関わらず委員会室に居ついてしまった理由の一つだろう。

 どうやら委員会室の面々に役をつけているらしいことも、私は知っている。

 三年の委員長の藍場友広先輩は大臣、三年の副委員長の小柄で頑張る槙地(まきじ)実紅(みく)先輩が妖精、のんびり屋で熊のような体格の二年の福原拓三(たくみ)先輩が木こり、プライドが高いがどこか空回りする二年の一戸義徳先輩が王子だが寺院にて修行中で大臣の失脚を狙っており、「角材の鬼」片山咲先輩が木こりの娘で棟梁、パソコンのエクセルを使うのが上手い一年委員の櫛山(くしやま)沙希が魔女、「アーチの寸法」一年男子委員天野豊隆が王様で建築道楽といったところだ。

 そして、私はどうやら普段は王宮付きの高僧だが実はくのいちで王国のために暗躍しているらしい。

 何故そんな俊也の空想を私が知っているかというと、俊也が委員会室でついぼそりと口にした単語や、ついつい考え込んで紙に書いてしまっているネタを分析して総合しているからである。自分の空想を取りこぼして、口に出してしまったり書いてしまう癖があるらしい。

 正面切って、考えている空想を話して欲しいと言ったところで、彼は白を切るに決まっている。そのため私は地道に断片を拾い上げて分析しているのだ。何故そんなことをしているのかというと、面白いからである。委員会室という物語を読んでいるようで実に興味深い。こう見えてもファンタジーは大好きだ。


 しかし、私の役どころには一つ物申したい。

 王宮付きの高僧は良い。しかし、くのいちは解せない。

 王様とか女王様とか西欧風なのに、何故くのいちだけ日本風なのだ?

 「国家のために暗躍する諜報員」に訂正せよ。



 そんな空想(ロマンス)好きの俊也である。次のような質問をしてくるだろうと予想はついた。

 ちょっとそわそわして聞こうか聞くまいか、躊躇っている様子で。

「お姉さん結婚しているんですね。どんな人と結婚をしたの?」


 このお年頃、恋の話は男子も女子も大好きである。やはり興味の対象はそこにあるようだ。

 へっと、また苦笑のような嘲笑のような笑いが出た。


「何?!また変な笑い方した!」

「背が高くて脚の長いモデルのような男だ。顔は彫りが深く整っている。寡黙で見目麗しいイケメンだ」

「お似合いの夫婦?」


 ボンッ、と音がして俊也はびくっとした。

 私の判を捺す力を込め過ぎたようだ。机が揺れて判が少々ぶれてしまった。


「ああ。姉も小さくて白くて可愛い。何処からどう見ても美麗な夫婦だ」

「何か怒ってます?顔は冷静だけど怖いよ」

「あいつ、私から姉の騎士たる役を持って行ったのだよ。姉が幸せだから良いが、私の役職を奪った。癪に障るじゃい」

「じゃいって・・・。」

「トッシー、恋愛話を期待しているだろう」

「トッシー?!初めて聞いたよそのあだ名!」


 何を喜んでいるんだ。

 ボンッ、とまた力を込め過ぎて音が机に響き、俊也は飛び上がった。


「恋愛話だけと言うまい。姉の高校からの半生を話してやる」


 癪に障るから、私が姉の知っている限りの人生を語って進ぜよう。姉の人生、嵯峨野(さがの)(すず)だけではないのだ。

 俊也はわざとおどけて怯えているふりをしているが、内心満更でもないに違いない。

 人の人生とは様々な人生を内包するひとつの物語であり、だからこそ面白い。人こそ人の思いを掻き立て心を楽しませる。

 人間から物語を夢想する俊也なら、それを解かっているに違いない。


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