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5 人は一人で生きていけないと、母は言う。

 委員会で関わっている男子に興味があるのだと、話した。


 うちの母は自動車の修理工をやっている。理由は、車の下に入ってみたかったから、だそうだ。

 望み通り、思う存分車の下に潜り、数々の修理をこなしている。家には倉庫のような修理場があり、そこが母の仕事場である。私はよく母の仕事場に行って過ごす。仕事をする母と空間を共にするのが幼いときから好きなのだ。「邪魔をしないこと、近付かないこと、勝手にものに触らないこと」これが入れて貰える条件だ。

 母は車の下からひょいと顔を出し、こちらを向いてにやりと笑って「休憩にしようか」と言う。あらかじめ用意してあるおやつと飲み物を仕事場に持って来て、簡易テーブルに広げるのは私の役目である。頬についた黒い油汚れを拭きながら母は着席して、二人で休憩時間のおやつを楽しむ。


「その男の子のこと、朔ちゃん好きなんじゃないの?」


 薬缶から冷たい麦茶が茶碗に注がれるのを見ながら、ふむ、と逡巡する。


「勿論、好きだね。しかし、恋の対象という観点だと、解からないね」

「君の解からない、というのは、自分の気持ちと真っ直ぐ向き合っていない、もしくは向き合えないからではない?普段は白黒はっきりしていて、ストレートなんだし」


 母は私の目の前に湯呑み茶碗を置いて、にやっとした。


「まだ、君ははっきりさせたくないのだよ。慣れないことだから。しかし、急いではっきりさせる必要はない。今はよろしい。その校内を逃げ回ったとかいう、男の子との時間を楽しんでおきなさい。君のことだからいつまでもずるずる結論を出さないということはないでしょう」

「なるほど、そうかも知れない」

「そもそも、君は好いている人にはとても興味を持つけれど、逆だと残酷なくらい、視界や記憶から排除するからね。そんな朔ちゃんが興味を持って、その子から話を訊いたり、他の人から話を訊いたりして、大して気に留めてなかった大捕物の実態をまとめたりしてる。母から見れば、あからさまだけどね」


 母はにやにやと笑う。


「こちらも興味深いばかりだ」


 母ににやにや笑われ、苦々しく思いながら私は麦茶をごくりと飲んだ。こうして母に面白がられるのは本意ではないが、迷ったり悩んだりして客観的な自分の状態を知りたいときは、どうしても母に自分のことを話すことになる。

 母というものは、こちらの言うことをどう受け取るにしろ、子供の話を一番きちんと聞いてくれる人間なのである。どうあっても母の方が人生経験豊富だし、母の指摘は鋭いし、何せ生まれたときからの付き合いだから、私も納得できるというものである。

 親心にからかってくる面を除けば、良い相談相手である。


「何か学校の団体に参加したってだけで、少し安心したけどね。朔ちゃんは協調性がないから」

「遺伝だ」

「まあ、私に似たね」


 けけけけけと母は笑って、ざらざらと金平糖を頬張って、もごもごと言った。


「人間って一人じゃ生きてけないけどねー」


 いつ見ても母の金平糖の食べ方は豪快である。木製の器に山盛りになっている金平糖を掴み、一息に口に入れ、数十粒を噛みしだく。見ているだけでこっちの口の中まで甘い気がしてくる。母の口内炎と血糖値を疑うが、母はいたって平気そうな顔をしている。

 ばつの悪い気持ちになりつつ、私も金平糖を数粒摘んで口に入れた。薄荷の風味が鼻に抜ける。


「薄荷味の金平糖、ということは姉が来た?いつ?」

「午前中だね。でも残念、来たのは旦那の方」

「あ。」


 不機嫌な声を思わず漏らすと、母が口端を吊り上げた。


「好きだねぇ、シスコン朔羅ちゃん」


   *


 山の如く動じず、泰然自若。

 私がそんな人間であるわけがない。

 私がそんな人間になりたいからである。


  *


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