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10 姉の話(後半)をする。

 姉の話(後半)をする。


 高校に入って、姉は心からの友人を得た。

 姉の友人の名前は三木谷(みきたに)彩音(あやね)といい、ファッション雑誌のモデルの如き美人、現在大学に通いながら婦人服のカリスマ店員をしている。明るい性格で良い人なのだが、自己主張と気が強く唯我独尊、身内贔屓甚だしいという人である。好きなもの、好きな人に対しての愛着と味方っぷりには右に出る者はいないだろう。

 三木谷彩音さんは高校一年生から、オレンジ色にした長い髪の毛を綺麗に巻いて、綺麗に化粧をし、両手指のネイルに綺麗に色をつけていて、短いスカートからすらりと脚が伸びており、ネクタイはリボンのような結び方をする、お気に入りのブランドのハートのペンダントは決して外さない、華やかさと自分のお洒落の主義を曲げない女子高生であった。制服のスカートの長さやアクセサリーや化粧や頭髪の色などがほどほどに規制されている学校に入学した筈なのに、入学当日から規制をぶち壊して登校したらしい。

 その見た目の派手さと、見た目を裏切らない華やかさを好む性格。最初、姉の友人だと紹介されたとき、新手の苛めを受けているのかと思った。姉の友達になりたがるタイプだと思えなかったのである。

 姉は長い黒髪は艶やかだが手は入れず、制服も着崩さず、化粧もしなかった。姉は可愛いが、目立ったことをしない人間であり、その前に相当な寡黙である。

 人間は同じような服装をしている人間と集る傾向がある。類は友を呼ぶというが、学校は特にそのような傾向が顕著である。派手は派手、地味は地味と。


 しかしながら、三木谷彩音さんはその中の例外であった。私も偏見があったことを認めよう。

 まだまだ人間を見る審美眼は未熟であった。


 彩音さんは自分が気に入った制服の学校を選び、自己流に着て、髪の毛もネイルも常に自分の好みと主義に凝っていた。お気に入りのブランドの服やアクセサリーを愛用しており、気に入らないブランドにはずばずばと鋭い指摘をした。筋金入りの自己流お洒落主義だったのだ。

 ゆえに、ただ単に流行に流されていたり、「ブランド」だからアクセサリーやバッグや財布を持っていたり、不良っぽかったりする制服の着崩しをしている少年少女たちは、彼女の目に「邪道」と映ったらしい。自分の主義と信念に頼って輝きたる彼女は学校の女の子たちの憧れの念を集めたが、彼女自身は見た目から人間性の素晴らしさや自分の仲間を判断したりしなかった。

 彼女は自分から選びに行ったのである。友人狩りである。

 とはいっても、姉と友人になった経緯は直感と好奇心から成っている。


 入学式当日、周りから注目されつつ、華やかな三木谷彩音はぶーたれていた。

 仲良くなれそうな人が見当たらず、高校入学初っ端から気が滅入っていた。

 中学校の頃から自分の主張が強過ぎて孤立し勝ちだったが、高校こそは気の合う友人とスクールライフを楽しみたいと思っていたのである。しかし、どうも話が合いそうだったり、魅力的だと思う人間がいない。話し掛けてきた人はいるけれど、ぴんと来なかった。直感が刺激されなければ自分は駄目なのである。こんなに人が沢山いるのに、なんだか不公平だ、と彩音さんは憂えた。

 入学式が終わり、クラスに移動するまでの短い休み時間であった。早々に自分のクラスに入って席に着いていた彩音さんは暇潰しにクラス分けの名簿を見ていた。表面に五十音順に新入生の名前が並んでおり、裏面はクラスごとに名簿が分けられている表が載っている。新入生はこれで自分の所属クラスを知るのである。

 五十音順に並んでいる名前の中、彩音さんは自分の名前のいくつか下に、気になる名前を見つけた。


 「森園深閑」


 これは男?女?ていうか何て読むの?ふりがなふってくれれば良いのに。深い・・・何?わかんない。深いって他に何て読むっけ。でもすっげー森が深そう。周りの子に聞いてみようかな。いや、周りの子は友達を作るのに忙しそうだし。どうせ私と同じくらいの学力だろうし。

 ふむ、と思案すると、彩音さんは「森園深閑」のクラスを確認して、立ち上がった。本人に訊くのが一番である。

 そうして、C組からやって来た彩音さんは、E組の入り口に立つと腰に手を当てて、声を張り上げた。


 「森園って誰ー?!」


 教室中大注目である。彩音さんは気にせず教室を睥睨する。衆目がある中、びくびくしながら挙がる手があった。

 彩音さんはあら、と目を輝かせた。

 困ったような表情をした、知らない派手なお姉さんが何の用だろうと挙動不審な、長い黒髪が美しい少女だった。姉は彩音さんを先輩かと思って怯えていた。

 彩音さんは興味津々で「森園深閑」に近寄った。姉の机の前に座り込み、名前をどう読むのか訊いた。姉は戸惑いつつ自分の名前がみかんと読むのだと、書いて説明した。思いがけず筆談してきたので、彩音さんは驚いた。


 「声出ないの?」

 「・・・そうじゃないよ」


 鈴の音が鳴るような小さな可愛い声で丁寧に言った姉に、彩音さんの胸はずぎゅんときた。


 「きゃーかーわーいー!!」

 「・・・ぇぇっ」

 「ちょっと友達になってよーあたし超クラスで孤立しててさー。アドレス教えてー今日一緒に帰ろうよー」


 矢継ぎ早な彩音さんの言葉に目を白黒させつつ、知らず知らず、文化祭によくあるクイーンの称号を後に三年間総なめにする女性を姉が射止めた瞬間であった。


 彩音さんによると、友達になりたかったのは直感直球で「この子絶対可愛い」と思ったのが決め手だったそうだ。

 その奇跡的な直感は何によるものなのかはさっぱり解からないが、姉のことをよく解かっているには違いない。

 自分の友達にすると決めたら一直線。その日ホームルーム終了後即刻E組に直行して姉を引っ張って一緒に下校することから始め、クラスの垣根の何のその、彩音さんは姉に付きまとった。

 困惑したのは姉の方である。華やかで明るいおおよそ自分とは縁がなさそうな女の子が休み時間の度に襲来、積極的に話し掛けて来る。自分と仲良くしたがっているようなのである。今までこんな体験はしたことがない。どぎまぎしてしどろもどろにも拍車がかかるというものだ。

 しかし、彩音さんの姉と友達になりたい気持ちは本物だった。彩音さんはよく喋るが、自分の意見を押し付けたり、強要したりはしない。姉が言いたいことを急かさず待ち、彩音さんが反応を少しでも零さぬように一生懸命相対してくれていることに、姉は気付いた。姉はしどろもどろでも、不器用でも、何かを伝えるための努力をもっとするようになった。もっと頑張らないと、真剣に相対してくれる彩音さんに失礼だと感じたのである。

 相変わらず姉は寡黙だったが、反応が豊かになっていった。家でも口数が増えた。ぽつりぽつりと話す単語と表情から姉の説明を解し、無言の意思疎通さえしてきた私にとって、その変化は驚きだった。感動と同時に、少し寂しい気もした。


 初めて彩音さんが家に遊びに来た日は忘れまい。私は姉の友人たる人間を分析して、企みがあろうものなら見破ってやろうという所存であった。いざというとき姉を守るのは騎士たる私である。

 しかし、やって来た人物の容貌があまりに予想外だったため、心持こっちの意気込みは狂わされた。

 目の覚めるような、オレンジ。


 「深閑の妹さん?しっかりしてて口達者っていう。わーオーバーオールって聞いてたけど本当にオーバーオールだー」

 「せめて茶髪だと思った」

 「え?オレンジだよ」


 これは姉は新手の苛めを受けているのか?このような見た目で底抜けに明るい感じの喋り方をする女子高生が姉と仲良くしたがるものだろうか。

 そう思った私は無粋であった。私の心配は杞憂に終わったのである。

 初対面の言葉のキャッチボールの感触で、彩音さんが見た目や年齢で人を馬鹿にするような人間でないことはなんとなく感じたのである。加えて、後で話してみれば姉の可愛らしい性格を見抜いていることが解かった。些細なところで姉の可愛さは垣間見えるという点で合意した私たちは意気投合結託し、私は彩音さんが姉の友人たることを認め、彩音さんは姉の良き贔屓者たることを表明した。

 遊びに来て楽しそうにしている二人を遠目で見て、母は家の中が騒がしくなったね、とにやりと笑った。派手な子だけど悪い子じゃなさそうだ、いつになく娘もテンションが高いようだし、と安心したようである。


 「しかし三木谷さんという女子高生は、深閑ちゃんとよくあそこまで会話出来るようになったね。この母も会話に苦労するというのに」


 無口で相槌を打ち微妙に反応を返す姉とテンション高く話し掛けて反応を読み取り笑い声を上げる彩音さんという図は、和やかで微笑ましかったが、奇妙でもあった。

 「オウムが雀に一生懸命話し掛けているみたいだね」

 母の比喩は適確であった。


 彩音さんと出会ったことで、姉の世界は広がった。金平糖と猫と花、それから妹のことを愛することによって支えられていた世界に、大きな支柱が鎮座した。

 彩音さんがいることで学校生活を楽しめるようになった。学校行事や休み時間や放課後に相手がいるのといないのとでは大違いである。

 友達と一緒にいる楽しさで、学校という場所の見方が変わった。自分の話をちゃんと聞いてくれ、話し掛けてくれ、笑い合える人間がいる。

 自分が相手の目的の一つになり、自分も相手のことが目的の一つであって、その場所に行く。

 それがこんなに楽しいことだったのか。

 自分の居場所がそこにある。


 まるで学校に入学したての小学校一年生のような気持ちを味わっていた。

 姉は毎晩布団の中で眠る前に、願ったらしい。

 今日も明日も夢じゃありませんように。



 これは姉が結婚式で彩音さんに明かした内心である。姉の結婚式は誰もが感涙必須であった。

 その中で姉は彩音さんにみんなの前で言葉を送った。

 人前で喋ることは姉の苦手の一つだが、姉はどうしてもみんなの前で彩音さんにありがとうと言いたかったらしい。


 彩音ちゃんがいなかったら、私の高校三年間は楽しくなかった。

 私は自分の言いたいことを上手く言えなくて、いつも迷惑になるし、いつも何も言わないって、疎まれちゃってたし。

 話し掛けてくれて、私の言葉を待っててくれて、本当に嬉しかった。

 彩音ちゃんがいて良かった。

 私の友達になってくれてありがとう。


 人間とは他人から理解されて、初めて(ひら)ける部分がある。

 苛めを受けたにしろ、姉がお節介焼きや、とりあえず声を掛けてくれるような人に、助けられたことは多いと思う。しかし、姉は他人から攻撃されたことによる遠慮やコンプレックスで、自分から他人を求めようとしなかった。

 そんな中、姉に突進してきた彩音さんは、姉の他人に対する遠慮やコンプレックスを遠慮なくぶち壊して、信頼のおける友人の位置を占めた。

 自発しなかった姉に、何かが突進して来たのは奇跡と言えよう。

 姉はそれから、もっと自分から動くようになったのだから。


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