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6 早く会いたい

 若橘が朝起きると翔太の姿は無かった。

 翔太の身体の温もりはまだ若橘には残っていた。彼の温かさが若橘を心地良い眠りに導いてくれたのだ。

 紅梅姫は如何だったのだろうか、京を離れ何もかも初めての屋敷で一人で眠れたのだろうか、様々な疑問が若橘の頭を過ぎる。


 手早く身支度を整えると、紅梅姫の部屋へと出向き、姫の身支度を手伝う。


「ゆっくりお休みになられましたか?」

「ええ、でもまだ船に揺られているような心持です、若橘は如何ですか?」

「はい、わたくしもまだ揺れています……朝餉の支度を見て参りますので、暫くお待ち下さい」


 どうやら、紅梅姫は眠れたようだった。若橘は少しだけほっとした、そして翔太の温もりで眠った自分の行為を恥じた。


 若橘が部屋の障子を閉めようとした時、紅梅姫は其れを制した。


「其のままで良い、庭を眺めていたい」


 春とはいえ、朝夕はまだ冷える、若橘は躊躇する。

「良いのですよ、朝の澄んだ空気を吸っていると、くよくよ悩むのがつまらなく成ります」


 紅梅姫は重郷に会えないのが寂しいのだろう、少し浮かぬ顔である。京から遥々やって来て、頼りになるのは重郷だけだ。その重郷も出迎えには来なかった。

 

 本当に紅梅姫を愛してくれるのだろうか、若橘は其れだけが気がかりだった。

 兎に角、朝餉を終えたら城へ出向こうと考えていた。直に訪ねるしかなかった。京よりの土産も持参している、挨拶に出向く理由はある。

 正室の柏井の方と其の姫にも多くの京の土産を持参していた。側室である以上、紅梅姫が出向くのも憚られるので、重郷殿の許可を得て動こうと思っていたのである。だが側室とはいえ大内の養女であれば、もう少し歓迎されてもよい筈だった。

 

 若橘は奥のくりやで、食事の用意をする侍女達の動きを物陰から見る。

 其処では麻生家が雇い入れた三人の侍女が、朝餉の用意をしていた。

 二人は楽しそうに何やら噂話をしながら用意をしていた。


「ねえ、此処のお姫様、殿様のご側室になられるんでしょ?」

「ええ、大内家の養女で京育ちらしいわよ」

「へえ……」

「でも怖いのは柏井の方よねえ……」

「……かなりご機嫌が悪いらしいわよ」


 若橘の視線は残る一人を追っていた。何やら物憂げな感じだ。

 それを気遣ってか、一方が声をかけた。


「ねえ、お志乃ちゃんだったかしら? 何方のご推挙で此処へ来たの?」

「……私の実家は商家ですから……行儀見習いなので……」

「そう、でも私の家は足軽だし、お春ちゃんの家は馬廻だから、うちよりは上だけど……」

「何言ってんのよ、お弓ちゃんとあんまり変わらないってば……」

「あっ、ほら、お鍋がふいてる!」

「あっ、熱い!!」


 気配を消した若橘に、三人は気付いた様子も無く、食事の用意をしている。

 若橘はにっこりと笑って、姿を現した。


「おはようございます、朝餉の用意が出来ましたら、此処へ整えて下さい」

 若橘は其処へ座る。

 

 三人はさっきまでとは違い、厳しい表情で椀に朝餉を盛り付け、若橘の前に並べた。

 若橘は其れを一口ずつ確かめる。三人は驚いた様子で、其れを固唾を呑んで見つめた。

 食べ終えると、若橘はその膳を自らが抱え運んでいった。


 まだ信用出来ない侍女達の食事を、紅梅姫に食べさせる訳にはいかない。彼女自らが毒見をするのが最善であった。幼い頃から多種多様の毒の味を教えられている。混入の形跡が少しでもあれば判断出来る、と自負していた。兎に角、用心に越した事は無い。


 一先ず毒の心配は無いようだった。ただ、志乃と謂う侍女の仕草に違和感を覚えた。

 紅梅姫は箸を少し付けただけで、直ぐに朝餉を終えた。


「姫様、大丈夫ですか?」

「……ええ、でも、少しだけ疲れたかもしれません」

「今日お城へ出向き、今後の事をお尋ねして参ります、殿にご挨拶出来るよう、取り計らって戴きます」

「……若橘、あまり無理をしてはいけません、暫く様子を見ましょう……」

「如何してですか、わたくしが行くのですから、姫様にはご迷惑は掛からないように致します」


 幾ら側室とはいえ、このまま黙っては居られない。

 この屋敷と城を繋ぐ担当として風采の上がらない今村源蔵と謂う男が詰めていたが、翔太の謂う通り、屋敷の警護は杜撰だった。

 

 若橘は今村を呼び出し、城へ上がりたいと申し出た。すると今村はそれに驚き、自分が行って今後のことは聞いてくると、慌てて部屋を飛び出していった。

 

 今村の態度に不可解なものを感じる。段取りが悪すぎる、普通であれば婚礼の儀式などの準備を直ぐに始めるのではないか、若橘は溜息をついた。


「おい若橘」

 いつの間にか部屋に翔太の姿があった。ふいに呼ばれた声に驚いて振り返る。


「……翔太……」

 昨夜の事を思い出し、若橘は俯いた。

「気を抜くんじゃねえよ、やっぱり危ねえなぁ」

「此処はわたしの部屋だ、勝手に入って来るんじゃない!」

「まあ、そう怒るな、其のうちまた紙でも売りに来るよ、警備が厳重になったらな」

「……ところで何の用だ?」

「ああ、少し耳に入れておこうと思ってね、皆、どうも正室の柏井の方に遠慮してるようだ」

「……如何いうことだ、殿まで御遠慮なさっているのか?」

「いや、家臣どもが妙な気を遣っているのよ、女ってえのは難しいもんだな」

 翔太は口を歪める。


「……だが、其れでは先が思い遣られる! 姫様があまりにも不憫だ!!」

「まあ、そう腹を立てるな、殿は会いたいようだったぜ」

「翔太、城へ行って来たのか!?」

「まあな、そのくらい簡単だ、此処と一緒で警護は杜撰だ……そのうち来てくれるよ、今日、柏井の方はご自分の姫様を連れて寺参りに行かれる……後で来るよ、殿が」

 翔太には自信が有るようだった。

 


 たしかに翔太が言った通り、暫くすると殿が訪ねて来た。



  

 



 



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