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61 月の影

 隼人は飯合を捜していた。屋敷に入っていったのを確認してから、若橘を救いに行ったのだから居ない筈は無い。隼人は屋敷の中を捜し回った。所々にまだ浪人が居たが、斬り掛かって来ることも無く、逃げ出して行く。

 所詮、浪人は浪人だ。金や出世にならんと判断したら、逃げ出すのは当たり前である。命が無ければ、出世も金も必要無い。


 奥まった部屋に、隼人の捜していた其の男は立っていた。城へ何度も偵察に行って、顔は良く知っていた。


「飯合か……」

 隼人は口の中で小さく唱え、構えた。飯合は、欄間に飾っていた槍の袋を落とし、隼人に向けた。


 隼人は刀を下段に構えた。其れを見て、飯合は隼人に槍を繰り出す。隼人が其れを難無くかわすと、槍はそのまま、隼人の後ろの襖を貫く。次に隼人は襖の陰に隠れて槍を突かせ、飯合が槍を繰り出した時、襖の向こうで槍の柄の部分を腕で抱え込むように掴み、先の刃の部分を刀で落とした。

 狭い部屋の中で戦うのに選んだ武器が間違いであり、飯合の愚かさを隼人は見て取った。


 今度はすぐさま広い中庭へと飯合を、剣を繰り出しながら誘い出す。武器を刀に変えた飯合は応戦しながら、隼人を追っていく。隼人の動きは、見事だった。


「飯合、女をるような訳には、いかんぞ……」

 隼人は厳しい目をして、飯合を睨みつけた。


「ふんっ、あの忍びの女はお前の仲間か……いや、お前の女だな……そんな目をしておるわ」

 飯合は、隼人を逆上させようとしたのか、馬鹿にして煽るような言い方をする。


「……其れが如何した? 其のくらいで、俺を逆上させられるとでも思っているのか? 生憎と俺はそんなに単純に出来てないんでね……」


 隼人の刀を受けた飯合は、逆に隼人に押される。若い隼人の剣は多少荒いが、其の分勢いがあり、対する者を威圧する。

 一瞬互いの刀が合わされるが、また離れ、さっと距離を取る。其れを何度も繰り返すうち、飯合に焦りが見え始める。

 隼人のほうが、体力と気力共に優勢だった。

 隼人は飯合の懐に飛び込むようにして、刀を横に振った。その切っ先は飯合の腹を見事に切り裂いた。


 飯合がばさりと音をたて、倒れる。

 隼人は大きく息を吐いた。此れで、冥土の志乃に報告が出来る。

 志乃の遺体の足を拭いたとき、志乃が必死に戦って死んだのだと分かった。可哀想に志乃の足は傷だらけだった。竹薮の足元の悪い中で、如何に必死で戦ったのか、隼人は冷たくなった志乃の足を丁寧に拭いてやり、口ずけをした。志乃は控えめで思い遣りがあり、隼人の腕の中をふわりと柔らかい感触でいつも満たしてくれた。

 だが、飯合はその志乃を隼人から奪った。幾ら飯合を倒したところで、もう二度と志乃は帰っては来ない。

 しかし、此れがけじめというものだろう、志乃が其処で笑っているようだった。

 もう直ぐ、志乃が眠る筑前に別れを告げる……

 隼人は複雑な思いを胸に、その場に立ちつくし、飯合の亡骸を見下ろしていた。






 沢村は厨の奥を見て回り、井戸の近くで今村を見つけた。


「おう、沢村か。漸くお越しだな……」

「……若橘を連れ去り、誘き出そうとは、相変わらず卑怯な奴だな」


 今村は言われ慣れているらしく、何を言っても顔色一つ変える事は無い。逆に、小馬鹿にしたように笑みを浮かべ、話を摩り替えていく。


「まあな、お主は此の国を如何する心算だ? 勢力を持った国に挟まれ、どっちつかずの此の国で、あの殿の元で、如何生きようというのだ?」

「私は今の殿にお仕えして、此のまま何とか生き延びれば其れで良いのだ。ただ……」

「ただ?」

 今村は怪訝な顔をして聞き返した。


「お前のように卑怯な生き方はしたくない!! 昼行灯の振りをして……お前の腕は知っている。何時から人を謀るような人間に成り果てたのだ?」


 今村の剣の腕は通っていた道場の師範並みであったのを、幼心に覚えている。其れが、いつの間にか昼行灯の異名を持ち、如何して卑怯な人間になったのだ。


「……いくら剣の腕が良くとも、家柄が低ければ重用はされん。今時は下克上とかいうものが、東のほうでは流行らしいが……」

「……」

「沢村、お主の叔父、つまりは養父とは竹馬の友でな、わしのほうが奴より腕は良かった。だが、許婚の佐和はお前の養父を選び、妻となった。子が出来ぬので、そなたを養子として迎えたのだが……その詫びとでも思ったのか、綾をそなたの許婚にと養父殿のほうから申し出があったのだ……だから、壊したかった、全てを壊したかった。沢原が綾を好いておったのは知っていたからな……沢原との事は、あれは、私が手引きした。おぬしが恥をかきさえすれば、それで良かった……」


 何となく予想はしていたものの、養父の時代のことから引き摺っていたとは、少々考えていたより、根が深いようだった。しかも娘を利用するなど、言語道断である。


 今村は静かに刀を抜いた。沢村は刀を抜いたままではあるが、戦う気はまだ無い。


「……まだ、聞きたいことがある。紅梅姫様は本当にご自害されたのか? 確かに刀傷があったが、刀傷が先ではないのか? 私はお前が信用できぬ!!」


 沢村の言葉に今村は、へっ、と吐き捨てるように笑った。


「……信用出来ぬ相手の話など、聞く必要は無かろう? 良いではないか、ご自害だ……」


 そう謂われれば、自害で無いような気がしてくる。

 綾と沢原とて、心中といえば心中となる。では、紅梅姫とて、ご自害といえばご自害になるのか。


「あの日、紅梅姫様を殺しに行ったのは確かだ。だが、紅梅姫様のほうが、私より上手うわてだった。『殺しに来たのか』と言われたよ。だから、其処は正直に頷いた。そして、婆さんが障子越しに聞いたが、騒ぎもせず、私と話をしてくれた」


 今村は刀を構えようとするが、沢村にはまだ戦意が伺えない。


「で、如何なされた……姫様は何と申されたのだ!!」

 

「……もう良いではないか! さあ、構えろ!!」


「いや、此のままでは、お前を殺すわけにはいかん!! 姫様のご最期を語るんだ!!」


 一度は今村から聞いた紅梅姫の最期であったが、沢村はまだ大切な事を今村が語っていないような気がしてならなかった。

 

 此処で今村を殺してしまっては、全てが闇に葬られ、紅梅姫があまりに可哀想だった。

 そして紅梅姫の最期を聞き、それを若橘に語ることによって、紅梅姫の死を若橘に受け入れさせたかった。死しても尚、若橘の中で生き続ける紅梅姫であるので、死するときの気持ちを理解する必要が有った。そうでなければ、紅梅姫の死を受け入れ、己の為に若橘が生きていく事はないだろう。


 今村は仕方が無いといった風で、ゆっくりと話を始めた。

「紅梅姫様は、私を責めたりはしなかった。ただ、幾ら策を労しても、わたしの気持ちは筑前に下る前と変わらぬと申された。其れが、私には腹が立った。とっと泣いて、京に帰るか、大内に泣きつくかするのかと思えば、じっと己を律していくように、益々、強く凛となさる。柏井の方様が恐れるのも、ご尤もな事であると、思った」


 此処で、今村は遠くを見た。そして何を思うのか、今村の目には薄っすらと涙が滲んだようで、ぼんやりとした月の光が、それを映しだしていた。



 



 


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