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60 続々決着

 若橘は必死になって走った。兎に角、門を捜さねばならない。

 家の外に飛び出し中庭を抜け、どうやら裏のほうへと逃げて行った。ところが、其処には門が無く、行き止まりだった。そして、ついに追いつかれた。

 万事休すだった。短刀を構え、こうなれば戦うより他は無い。浪人風情であれば、如何にか持ちこたえられるだろう。

 相手は若橘を馬鹿にしている。だが、彼らは所詮、寄せ集めの浪人達で、さっきから仲間が殺されても逆上などしてはいない。むしろ、自分に好機でも訪れたように、にやりとしている。その様な輩にやられては、草(忍び)の名倒れである。


 舌なめずりしたように、一人の浪人が斬り掛かってくる。其れを逆手に握った短刀で受けると、身を翻し、体を引いて呼吸を合わせ、相手の脇に短刀を押し当て、引く。切りかかった浪人がばさりと倒れた。

 

 其れを見て、さっきまで馬鹿にしていた他の浪人が、一、二歩後ろへ下がる。


 一人の浪人が刀を構えた時、後ろから身奇麗な侍が肩を叩いた。

「俺が変わろう、此の女、お前ではれない」


 その侍はゆっくりと刀を抜いた。若橘は乾いた唇に力を入れ、きっ、と閉じる。

 相手の気に押されるのが分かる。出来る……まるで蛇が獲物を狙うような冷たい目をしていた。何処かで此の目を見たことがあった……


 若橘の緩みを、相手は見逃さなかった。鋭く、太刀を振り下ろしてくる。其れを受けたが、受けきれるものではなく、思わずよろめく。身を翻し、体勢を整えようとしたとき、頭上から、小刀が飛んできて、其の男の足元に刺さった。


 塀の上から翔太がにたりと笑っている。頭巾で目だけしか見えないが、笑っているのがわかるのだ。それは、若橘を落ち着かせた。

 翔太は身軽に塀から飛び降りて、若橘の前に立った。


「こいつは、沢原の弟は俺の獲物だ、俺が決着をつける……早く、行け!」


 翔太の視線の先には、沢原の後ろの浪人と剣を交える、沢村と隼人の姿があった。

 若橘は彼らのほうへと走って行く。

 自分に向かってくる浪人を何とかかわしながら、沢村まで辿り着いた。

 

 沢村は右で握った刀で相手を威嚇しながら、漸く会えた若橘を左手で抱き、「大事はないか」と問うた。若橘は涙を堪え「大事はござりません」と答える。ほんの一瞬、交わす言葉に二人の思いの全てが詰まっていた。


「ならば良い、先に逃げろ!!」

 

 沢村は若橘を抱く左の手を緩め、彼女の肩を押した。だが若橘はそれに抵抗する。


「嫌でございます、わたくしは沢村様から離れません!! 以前に申しました!」


 其の時、浪人が沢村に斬りかかるが、沢村は難無くその浪人に一太刀浴びせ、倒した。


「行けと申しておる。私はまだ、やらねばならぬ事がある……」

 

 そう言われ、沢村の顔を横から見たとき、若橘ははっとして小さく頷いた。

「承知致しました、ご無事のお帰りを……」


 若橘は沢村の決意を見て取った。これ以上の抵抗は、沢村を理解しない、ただの自分の我儘であると。今の沢村の顔が若橘には、神々しくさえ思える。そしてその沢村は、最後まで若橘を思い遣った。


「裏門の外で茂二を待たせてある。さあ、早く行け!!」

「はい」


 若橘は今度は短く返事をすると身を翻し、駆け出した。若橘を追おうとする浪人の足元に小刀が飛ぶ。

 振り返ると、隼人がにたりと笑った。


「行け、若橘!! 後は俺達が始末する」


 隼人の目は何時もより輝きを増しており、それは事の終焉を意味していた。

 隼人には志乃の仇である飯合が居り、沢村には今村が、それぞれの決着をつける為に、此の場に居たのである。

 それを悟った若橘は、彼らの思いを尊重し、彼らを案じ此の場に残りたいと思う自我を封じた。

 

「頼んだぞ!!」


 隼人にそう言い残すと、若橘は意を決したように走り出した。此のまま真直ぐ走れば裏門であると、彼女の第六感が教える。夢中で駆け出す。

 

 沢村と隼人が足止めをしてくれたのだろう、裏門に辿り着いた時には追って来る者は居なかった。

 そして沢村が言った通り、近くの藪に茂二が隠れており、若橘の姿を見ると慌てて飛び出してきた。


「奥様……良かった。どれほど旦那様がご心配された事か……」

 茂二は涙を浮かべながら、何度もお辞儀をして喜んだ。


「……沢村様……お帰りをお待ち致しております……」

 と屋敷に向かって若橘は祈りに似た、思いを口にしたのだった。







 翔太は右で鎌を構え、左手には鎖をゆっくりと回しながら、相手を見る。相手のほんの一瞬を見逃す事無く、見極めねばならない。相手は腰の鞘に刀を納め、翔太の隙を狙って刀を抜く。柄に触れるか触れないかの微妙なところで右手は静止し、翔太から目を離さない。翔太は相手の手が柄にふれ、刀を抜く一瞬を捕えようとしていた。


「よくも兄をってくれたな! あれは心中などではない!!」

「お前らは馬鹿か!! 人の言う事は信じたほうが良い、心中と言ったら心中だよ!!」


 相手が素早く刀を抜いた、瞬き一つも無いくらいの間を翔太は逃してしまい、相手の刀を除ける。

 翔太でさえも、じわりと汗を流す相手だ。兄より手強い、弟のほうが剣に速度がある。此の速さにどれだけついて行けるかで、此の勝負は決まるだろう。


 もう一度、鎖を回し始める。鎖の先に付いた分銅がびゅんびゅんと音をたてながら、獲物を欲する。

 

 筑前へ来た日に寂しがる若橘を抱き締めて眠った夜を思い出す。

 まだあの頃は若橘に触れても、苦しさまでは感じなかった。だが、沢村に惹かれていく彼女を見ているせつなさは、言葉には言い表せないほどの苦しみだった。


 それほど愛した女が紅梅姫の死を悼み出家した。それも、あの時、此の男に邪魔され足止めを食らったからだ。決着を付けずに、筑前から離れられない……いや、此れは若橘への思いを断ち切る為の戦いでもあるのだ。

 翔太は自分に言い聞かせる。此のまま、此の男に敗れるようでは、若橘を愛したことさえも、煙のように消えてしまうと。若橘を愛した証に、此の男の命を頂戴する。


 沢原が刀を抜いた。其の瞬間を待ちわびたように、翔太の鎖が刀に巻きついた。がちゃりと金属同士が触れる音がして、分銅と鎖は其の役割を果たす。

 翔太が鎖を引く、相手は刀を引き抵抗するが、此のままでは翔太に分が有る。

 

 沢原は以前に翔太と相対していたので、要領を得ていた。

 鎖に捕えられた時、相手の懐に入れば鎌でやられるが、沢原は敢えて太刀に見切りをつけ、もう片方の手に短刀を抜き翔太の腹を真一文字に切り裂こうと懐へ入った。

 だが、ほんの紙一重のところで、その切っ先が届かなかった。其の瞬間に鎌が沢原を切り裂いた。肩口から袈裟掛けに斬られ、沢原は翔太の鎖鎌の餌食となった。


「若橘、俺は決着を付けたぜ。此れで漸く、お前を諦めて俺の道を生きていける……」

 乱れる呼吸の中、翔太は黒頭巾の下で呟いた。


 


 




 

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