59 続決着
レイプと殺人のシーンがあります。
苦手な方はご遠慮下さい。
翔太は飯合の屋敷に忍び込んでいた。妾の屋敷の筈が妾の姿は無く、代わりに侍がうろうろしていた。柏井の方に取り入って、権力でも握ろうとしてるのか、近隣の浪人を抱えているようだった。妾というのは周囲を欺くための口実で、実際は女の姿は無い。
そして、翔太は其の中に標的を見つけた。沢原の弟が居た。あの日、沢原の弟に邪魔されなければ、あのような事にはならなかったのだ。翔太の中に復讐の火が灯る。今夜こそ、決着をつける。
ついでに、今村もうろうろしている。こっちは沢村で十分だ。
天井裏に潜り込み、早速、詮索を開始した。屋敷の中を見てまわり、若橘が居そうなところを探った。
目をつけた物置き部屋を上から覗くと、やはり其処に若橘は居た。気付かれないように降りると、若橘が振り返る。
「翔太……」
声を上げそうになる若橘に、翔太は自分の口に人差し指を縦に当てた。
若橘は其れに頷いた。
後は声を出さずに、互いに唇の動きで相手の言おうとしていることを読む。
――夜に隼人と沢村で来るからな、暫く大人しくしてろ。
――わかった。初さんは大丈夫だったか?
――心配は要らねえよ。あの婆さん簡単には死なねえ。其れより縄、抜けられるのか?
――大丈夫。
若橘はにこりと笑って、すっと抜いて見せた。
翔太は思わず若橘の頭をくしゃくしゃとして、若橘の顔を自分の胸に押しつけた。
そして、小声で、
「……何もされてねえだろうな……」
と問うた。
若橘は軽く頷いた。
「……そうか、何かされそうになったら、殺っちまって良いんだからな。浪人ばっかり集めやがって、何されても不思議じゃねえ。沢村の言うとおり、飯合を此のままにしておくのは、まずいようだ」
そして翔太は懐剣より小さな小刀を若橘に渡した。
「……此れを使え、また、夜に来る」
そう言うと、翔太は若橘から体を離した。ふっと翔太の温もりが消え、現実に戻される。翔太は元のように若橘に軽く縄を掛け、天井裏へと消えていった。
たまに男達が話をしながら廊下を歩いては行くが、若橘のところへ来る者は居ない。其の度にほっと胸を撫で下ろす。
いざとなれば縄は抜けるのだし、相手が気を抜いている間に、相手の短刀を使って翔太の言う通り殺しても良いが、何となく気が進まない。なのに、翔太が小刀まで置いて行ったので、確実に仕留めてしまうではないか。殺しはやらなくて良いと言ったのは、翔太だったのだが、少々、矛盾している……
ただ、此の部屋に居て困るのが、窓が無い為、時間が分からない。
男達が酒を飲み始めたので、そろそろ夕刻なのかもしれないと、周りの様子から想像するしかなかった。
茂二に事情を聞いた沢村が宗右衛門の屋敷へやって来たのは、夕刻だった。
訪れた沢村は、随分、腹を立てていた。
「翔太、如何して若橘に会ったのなら、救い出してこなかったのだ!!」
此れには翔太のほうが呆れていた。ただ、激高する沢村の姿が何時もの自分の物であるとは、気付いていないようだが。
「だから、言ってるじゃねえか、小刀を渡して来たって。お前ねえ、下心持った奴があいつを襲ったら、その男は確実に殺されるよ。忍びの女はそんな風に、仕込まれているんだから。あんただから、殺さないだけだから」
翔太は、沢村の話には応じないで、平気な顔をしていた。
「若橘は本当の忍びではないだろ? 自分でもそう言ってるが……」
「そりゃあ、山歩きは下手だがな。あそこの浪人相手なら、あいつでも大丈夫だよ」
と翔太はやはり取り合わなかった。
「で、今日の幽霊は休んで良いかな?」
隼人に聞いてみる。
「良いんじゃないか? 今日は休みだ……昨日、少し長めに出てやったしな。それに、人魂が在庫切れだ。若橘が居ないんじゃあ、作れないしな……」
隼人まで、悠長な話をする。茂二が呆れて、沢村を待っていた気持ちが、漸く沢村に分かったようだった。
それを察したか、隼人が理由を説明する。
「沢村様、慌てても、こっちに有利には働かないよ。今村はあの屋敷にいるようだが、飯合がまだ帰って来てない。柏井の方の屋敷の幽霊に引っ張り回されてるからな。飯合まで、一気に片付けようぜ。そして、変死で片付けてくれ」
沢村は隼人の話に、不承不承頷いた。
「此のままじゃ、殿様も安心してられないよ。浪人集めて、何考えているのやら……だよ」
翔太が、うっすら笑った。
こうなれば沢村も頷くしかない。仕方が無いので、日が暮れるまで待つ事にした。
いくら沢村が急いでも、草(忍び)の連中は動く気配が無かった。
慌てて一人で乗り込んで、失敗すれば元も子もないのは確かだ。沢村はそれ以降は部屋の片隅で腕組をして座り、日が暮れるのを待った。
何人かの男達の話し声がして、かちゃかちゃと錠前を外す音がする。
酒を飲んでいるのだろう、少し赤ら顔で酒臭い。
中に入ってくる。やはり翔太が心配していた通りで、にやにやしながら入って来た。
若橘の心境としては複雑である。悪いが、此のまま消えて欲しかった。仏門に入っているので、殺生はしたくは無いのだ。
だが、案の定、次にやることは目に見えている。此の場合、しっかり引き付けてから、殺る。
順番を決めているようだった。其のうちの一人が戸を閉めてやってくる。
若橘は縄を抜く用意をする。さっき、翔太が縄を掛け直してくれているので、抜きやすい。酒の匂いをぷんぷんさせながら、其の浪人は若橘に抱きついてくる。
「へえ、尼さんとやるのは初めてだよ……」
若橘は横を向いて、目を合わせないようにする。其れを、勘違いしたか、浪人は喜んだ。
「恥ずかしがらなくていいから……」
そう言いながら、体を触り始めた。この際、少々触られても仕方が無い。其の隙に若橘は縄を抜き、帯びの後ろに忍ばせた小刀を後手に構える。
浪人の男は着物の上から胸を触っていたが、着物の中に手を忍ばせようとしたとき、若橘は男の背後に手を回す。行為に夢中で、縄を抜いた事に気付いていない。
若橘は間髪入れず、そのまま小刀を男の首に突き立てた。
男は「うっ」と詰まった声を上げたが、そのまま、絶命した。若橘は男を如何にか引き摺り、物陰に隠す。そして自分の身も、物陰に隠した。
次の浪人が痺れを切らしたのだろう、中を覗きに来た。気配を消していた若橘はさっきの浪人から奪った短刀で、背後から斬り付ける。
此の男もあっけなく、殺れた。
だが、此処からが問題だ。二人も殺れば、気付かれる。後は、走って逃げるしかない。
その走りが如何も遅くて苦手なのだ。
しかし、若橘は一つ、大きく深呼吸すると、意を決したように物置部屋から逃げ出し、裏門と思われる方へと走り出す。
背後から、「逃げたぞ!!」いう声が追いかけてきた。
雑談ですが、落語に『お菊の皿』という噺があります。幽霊のお菊さんが休む前の日に余計に皿を数えたというものです。翔太たちの幽霊の話を書いていて、思い出しました。翔太たちの幽霊も、休日があるようです。




