表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/67

52 続々秋のはつ風

 翔太は工房の裏庭で、竹の葉を落とし、割っていた。

 

「……つっ、痛ってえ!!」

 つい手が滑ったとみえ、指を切ったらしく左の親指を咥えた。


「……如何した?」

 

 間が悪く、休憩にやって来た隼人がいぶかしそうに見る。


「何でもねえよ……」

「相変わらず、翔太は不器用だな……」


 湯呑みに汲んだ水を飲みながら、隼人が笑った。翔太は其れが気に入らないらしい。口を尖らせ、何か言おうとするが、隼人が其れを制した。


「まっ、そんなに尖がるなよ。それより、小夜は上手くやってるようだ。花姫様が夜、眠れずにいるらしい……午後から凧作りは俺も手伝うよ。早く骨組みを作らないと、花姫様のほうが先に逝っちまう」


「……仕事が遅くて悪かったな!!」


 隼人はふんと鼻で笑うと、突っ掛かってくる翔太には構わず、刀の手入れの仕事に戻っていった。


 此処のところ、翔太は機嫌が悪い。その理由も良く分かっている。

 隼人の心の奥底には、そんな翔太を羨む気持ちがある。


 初から着替えを覗いたと疑われ、こっ酷く叱られ以来、何となく若橘のところへ行き難いらしい。

 気にする事も無いのだろうが、其処が翔太の可愛いところかもしれない。


 沢村は相変わらず、綾が居るので自分の家には戻らず、若橘の庵に住んでいる。いくら何も無いとはいえ、其れが余計、気になるのが人情というものだ。隼人にしてみれば、恋の出来る翔太が羨ましいというところなのだが。


 翔太は黙々と竹をなたで割っていく。図面は宗右衛門が書いている、其れに合うように組んでいかねばならない。

 

「……如何だ?」


 背後から声を掛けられたが、翔太は振り返らなかった。

 無言で汗を流しながら、やっている。


「やってるよ……あんたこそ、こんな時間に、如何した? お城は良いのかい?」


 沢村は翔太の後ろ姿を見ながら、腕を組んで仕事ぶりを見ている。翔太の問いには答えなかった。


「城には居づれえよな……綾さんのところへ帰らねえのか?」

「お前も聞き辛いことを、よくもまあ、平気で聞くものだ……お前だったら、帰るのか?」


 沢村はじっと立ったまま、翔太に聞く。

 翔太は手を休める事無く、へっ、と笑った。

「帰らねえ……だが、沢原は俺がるぜ。だが、女はらねえからな、後はお前が始末つけろよ……あの女なら、沢原がられたとき、り返しに来る」

「ああ、分かってる……これ以上、お前達に迷惑は掛けられん」

「なら、良いが……」

「……」

「如何した? 若橘の事か?」

「……いや、止すとしよう」

「気持ちの悪い野郎だ。一緒に住んでんだろ? 自分で何とかしろ!」


 やけに今日の翔太は機嫌が悪い。沢村は苦笑した。


「翔太、沢村様にそんな口の利きかたは無いだろ?」

 宗右衛門が様子を見にきたようだった。其の後ろには、隼人の姿もあった。


 翔太は、ちぇっと舌打ちをして、そのまま仕事を続ける。

 宗右衛門はそんな翔太の態度を気にする事も無く、翔太が割った竹を吟味する。


「隼人、凧糸を墨で黒く塗ってくれ、其れから、手綱を縄で吊るすようにしておいてくれ」


 宗右衛門は準備を着々と進めている。

 隼人は「はい」と返事だけをした、言われた事だけをすれば良い。

 凧糸は闇に紛れて見え辛いように、墨で黒く塗るのだろう。手綱は遠くから鈴が聞こえるよう、上のほうに吊るして、鳴らしたほうが、響きが良い。


 其の時、裏木戸がじわりと開いた。

 戸の隙間から、若橘が顔を覗かせる。


「……如何して、沢村様が?」

 開口一番、出た言葉がそれだった。沢村は若橘の顔を見て、ばつが悪そうに笑った。


「いや、城の帰りだ……」


 だが、若橘は其れ以上、沢村には質問しなかった。此の前のように、沢村を傷つけることのない様、気遣った。

 

「それより、翔太、凧は上手くいってるか?」

 若橘は次に翔太が目に入ったのだろう、話題を変え、裏木戸を閉めると中に入る。


「……尾行はされてなかったのか? 傷は如何なんだ?」

 翔太は不機嫌な声で、若橘の質問には答えず、たて続けに若橘に聞いた。如何に翔太が若橘の事を気にかけていたのかが、よく分かる。


「途中で巻いてきた。下手な尾行だ、私にも巻ける。其れから、傷だが、翔太、お前嘘をついたな!!」

 若橘は此処で言葉を切る。

 

「傷は浅いなどと、深かったではないか!!」

「……深いって言ったら、気が遠くなるだろう! 怪我した奴に傷が深いぞ、危ないぞ、という奴はおらん!!」

「……其れは、そうだが……」


 其れを見て、隼人が笑った。

「此処のところ、初さんに叱られて翔太の奴、しょげてたんだ……」


「……隼人、余計な事を言うな!!」


 益々、翔太はふて腐れた。

 

「それより、花姫様の具合が悪いと城ではもっぱらの噂さだが……」

 沢村が情報を入れる。城では、夜眠れないという話になっているらしい。


「町の騒ぎと共に、屋敷にも幽霊騒ぎを作らねばならんな……」

 宗右衛門は、隼人を見た。其れが、何を意味するのか、隼人には分かっている。なので、隼人はその役を上手く逃れる。


「……いや、俺じゃあ、背が高すぎる。若橘を使う訳にもいかんし……」

 そう言って、隼人は翔太を見た。


「……え? また俺かよ……格好悪い役ばっかりだよ……」


 沢村はまだ気付いていないようで、隼人を見た。


「ああ、紅梅姫様の幽霊役は、翔太に決まりだ。どうせ、薄暗いから、顔は見えねえしな。紅梅姫様の着物は、若橘、此の前の葛籠に入っていたよな?」

 隼人は説明した。


「ああ、だが髪はどうするんだ?」

 

かつらだ、鬘は有る。京から変装用に用意したものがあるから、翔太、あれを使え。少し髪を振り乱したくらいのほうが、良いと思うぜ」


 隼人の言葉に翔太は浮かない顔をした。仕方が無い。


「鬘を使うなら、私でもいいが……」

 若橘は翔太が少し哀れになったようだった。自分から、言ってみる。しかし、其れには誰も賛成しなかった。

 翔太が漸く、作業の手を休め、若橘に笑ってみせた。


「いや、大丈夫だ……お前には人は殺せない。そんな仕事は俺がやる」

「如何いうことだ!?」

「……聞くな!! お前は知らなくて良いんだ!! こんな裏の仕事はするな……沢村、若橘を連れて帰ってくれないか……」


 もう止せと言わんばかりに、沢村は若橘の肩を抱いた。

 

「……仲間ではないのか? 翔太、私は仲間ではないのか?」


 しかし、翔太はその問いには答えない。隼人が口を挟む。


「若橘、頼みがある……人魂を幽霊の周りに吊るすから、その薬を調合しといてくれ……なあ、翔太」


 だが、翔太は其れにも返事はしなかった。


 結局、翔太とは気まずい雰囲気のままだった。

 若橘はあのような翔太を見たことがなかった。翔太は何時も調子よく、若橘を元気にしてくれる。今日の翔太は何処か、荒んでいるようだった。若橘は其れが気になって仕方なかった。


「……機嫌が悪い翔太なんて見たくない……」

 帰りにふと漏らした言葉に、沢村は苦笑いをした。


「……そなたは気付いておらんかもしれないが、翔太とそなたが楽しそうに話をするのは、私も辛い……」


 ぼそりと言った沢村の言葉に、若橘はそっと沢村の袂を掴んだ。

 









 




 


 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ