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51 続秋のはつ風

 若橘の薬は翔太によって、小夜に渡された。

 これで、柏井の方と花姫のほうは、暫く様子を見ることになる。


「翔太、お前の歌にある、『馬の鈴鳴らして 天を駆け』というところだが……如何したものかな?」


 流石の宗右衛門も少しばかり、困っていたようだった。

 本来は、藤田辺りで紅梅姫の幽霊が出るといった噂を流し、誰かに幽霊に扮して貰おうと、簡単に考えていたのだった。


「空ねえ……」

 宗右衛門は考え込む。ここ二、三日、手を休めては、考えていた。

 其の横で何食わぬ顔で、翔太は刀の手入れをしている。


「おい翔太、紙と竹、それから縄を用意しろ……」

 宗右衛門は、横で暢気な顔で仕事をしている翔太の頭を、ど突く。何を意味するのか、翔太には分からない。ど突かれた頭を痛そうに撫でた。

 後ろで隼人が何か思い付いたらしく、にやりと笑った。


「翔太には分からねえよ……宗右衛門殿、凧を作るんですね」

 

 隼人には確信があるようだった。


「ああ、凧しか無い。いくら俺達でも、空は飛べ無いからな。馬に乗った姫様の形をした凧を作ろう、其れを飛ばす……馬の鈴は、若橘に聞いてくれ。紅梅姫様の遺品の中にあるはずだ。殿から頂いた馬の手綱を大切にされていたからな」


「分かった、俺が見舞いがてら、若橘のところへ行って持って来る」

 漸く、翔太も合点がいったらしく、顔に生気が漲る。

 刀の手入れなどの作業は、翔太には不向きで、宗右衛門に叱られてばかりだった。


「出来るだけ早いほうが良い。柏井の方と花姫様の薬が効き始める前に、此の噂がお耳に入ったほうが、薬の効きも良いというものだ。疑心暗鬼にすれば、手が打ち易い……其れに、長引けば……」

 と此処で、宗右衛門は息を呑んだ。

 

 その続きは、隼人が俯き加減で言った。

「小夜が危ない、志乃の二の舞にする訳にはいきません……」


 宗右衛門の策に手抜かりはない。


「では、早速、若橘のところへ行って来ます」

「まて、翔太! 昼間はまずいぞ。若橘は見張られている、夜に動け。奴らは俺達ほど目は効かん」

 宗右衛門は慎重だった。これ以上、犠牲者を出す訳にはいかない。

 そして、

「これ以上、奴らの思い通りにはさせん!!」

 と怒りに満ちた表情を浮かべた。

 あまり表情を出さない宗右衛門が、珍しく顕にした。




 夜の闇に紛れて、翔太は若橘の庵へと向かう。

 傷を負って三日ほどは熱を出し苦しんでいたが、漸く熱も下がり、動けるようになり、自分の庵へと帰っていた。

 

 翔太は小川側の障子から、忍び込む。


 忍び込んだは良いが、初の驚く声が上がり、いきなり初に引っ叩かれた。

 目の前をを見て、漸く、其の理由が分かった……

 翔太はすぐに後ろを向いた。


「あんた!! 何処から入って来てんだよ!! 入ってくる時は、声くらい掛けるもんだろ!!」


 初の罵声が飛ぶ。

 それも其の筈、初は若橘の傷の手当と、着替えを手伝っている最中だった。

 当然、沢村の姿は無い。玄関の外に出されているようだ。


「忍びが、忍び込みますって言う訳ねえだろが……初!!」

 翔太は引っ叩かれた頬を撫でる。


 若橘は着物を初に掛けて貰いながら笑った。

「翔太、初さんに引っ叩かれたんじゃ、忍びの名倒れだ……まあ、私が言えることじゃ無いけどね」


「此の婆さんには誰も、敵わねえよ……」

 翔太はまだ初には敵わないようだ、負け惜しみのように言った。

 

「さあ、もう良いよ。こっちを向いても……此の人はさ、だんな様の女なんだよ。あんた、少しは遠慮しとくれよ」

「……うるせえよ!!」

 と小声で翔太は反撃した。

「耳の遠い年寄りには、聞こえないね!!」

 やはり初のほうが上手だ。


 あまり家の中が騒がしいので、沢村が外から声を掛ける。

「初さん、もう良いのかい?」

「ああ、だんな様、もう終わりましたよ」

 初は戸を開けに行き、沢村を中に入れた。


「何だ、翔太か。お前、いくら忍びでも、若橘の裸は覗いてはいかん!」

「……誤解だよ! 誰が、こいつの裸なんか覗くもんか!」

 翔太は照れたのか、ふて腐れたのか分からない態度をとる。


「翔太、今日は如何したんだ?」

 若橘は突然現れた翔太の用事を聞いた。


 翔太は宗右衛門の計画を掻い摘んで、皆に説明する。


「……そう上手くいくかな? 凧ねえ……」

 沢村は腕を組んで考える。


「……でも、面白いですよ。影だけで十分ですから。月の光を上手く利用すれば、凧が馬に乗った紅梅姫様のように見えるかもしれません。其処の葛籠を……初さん出して下さい」

 奥の押入れを若橘は指した。初は言われた通り、葛籠を取り出し若橘の元へ持っていく。


「此の中に、鈴の付いた紅梅姫様の手綱が有ります」

 葛籠の中から、確かに、紅梅姫は使っていた手綱が出て来る。

 葛籠の中には紅梅姫の他の遺品も納められていた。これらの遺品は京へ帰る際に、公家の殿に持参しようと若橘は思っていた。例え理由は如何であれ、紅梅姫の死を止められなかったのは事実であるので、その責任は自分に有ると思っていた。


「其れから、初さん、其処の文箱を取って下さい」


 初はまた言われた通り、漆の塗られた黒い文箱を取り出す。文箱は螺鈿の細工が施され、玉虫色に輝いていた。

 若橘は文箱の中から、半紙に包まれた粉を取り出す。


「何だ? また、誰かに盛るのか?」

 翔太は不思議そうに聞いた。

「人聞きの悪い事を言うな。此れを少しの水で溶いて、塗るんだ。すると、少しだが、塗ったところが光る……凧に塗ったら如何だろうか? 薄ぼんやり光ると怖いものだ」


「へえ、そんな薬が有るのかい?」

 初のほうが興味津々だった。初は何の変哲も無いその粉を不思議そうに見た。


 翔太は紅梅姫の手綱を音がしないよう、幾重にも布を巻きつけ、風呂敷に包んだ。

 そして、薬は懐に納めた。


 翔太が風呂敷包みを背中に斜めに括り付け、帰ろうとすると、若橘は翔太を引き止めた。


「……なあ、翔太」

 

 ふいに呼び止められ、若橘を見たが、何処か浮かない表情だ。


「如何した?」


「……花姫様まで、苦しめたくは無いのだが……」

 若橘は複雑な思いを口にした。其れだけが、心に引っ掛かっていたようだった。

 だが、翔太はやはり厳しい意見を出した。


「其れだけは、いくらお前の頼みでも、聞き入れる訳にはいかねえ。そんな甘い事を言ってたら、命が幾らあっても足りねえ……沢村の前だが、東のほうじゃあ下克上とか言って、殿様が自分の家臣からやられてる。もう、今までの常識は通じなくなってる……」

「……翔太……」

 若橘には答えは分かっていた。でも、聞かずには居られなかった。


「……なあ、若橘、花姫様を見逃す訳にはいかないんだ。そうでなければ、此の前のように自分がられるぞ……」


「翔太の言うとおりだ、まだ、飯合や今村、そして沢原も居る。奴らも始末せなばならん……」


 沢村は冷ややかに口にした。同情など無用である。

 綾は沢原は自害したと言ったが、生きて襲ってきた。其れを考えても、奴らは信用出来ない。


「沢村、奴らを始末してもいいのか? 事を治められるか?」

 翔太は心配なようだ。

 此れが、何か政に関わるようならば、手出しをしてはならない。


「私が何とかする。そなた達には、迷惑は掛けん。此れは、元々は麻生家のお家の騒動だ。私は殿が間違った道を進まれぬよう、お仕えしていきたいのだ」


 沢村の決心に翔太は頷いた。


 もう直ぐ、筑前での仕事は終える。

 其の時、若橘は如何するのだろうかと、翔太はふと考えた…… 


 

 

 

 



 








 

  


 

 

凧の話は電飾凧がUFOに間違われる事があるという話しを聞いて思いつきました。

実際、忍びは凧を利用してはいたようですが。ただ、この話のような使い方ではないと思います。

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