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36 続々恋文

 相手は刀を抜かず、柄に手を掛けようとする体勢のまま、隙を伺っている。


 翔太は自分の武器を取り出す。

 鎖の先に付いた分銅が円を描き、もう片方の手には鎌を持っている。

 鎌は小ぶりで折りたたみ式になっており、持ち運びが良いように出来ている。

 宗右衛門が端整込めて作った作品だ。

 鎌の鋼が鈍い光を放ち、相手の出方を伺う。

 

 ぶんぶんと分銅が、空を斬る音をたてる。


 両者とも、じりっ、じりっと足を踏ん張り、相手の出方を見る。

 翔太の額にはねっとりとした汗が滲んでおり、分銅を投げる隙を伺うが、相手は刀を抜こうとしない。 此れでは狙いが定められない。


 このような鎖鎌と呼ばれる武器は特殊であるし、また使用する者は限られる。

 

 ……如何して抜かない?

 翔太は少し焦り始めていた。

 

 こうなれば相手の一瞬の隙を見出すしかない、居合いの要領でこられると対処し辛い。


「お前は、兄の仇だ!」

 

 其の若侍はそう言い放つと、目にも止まらぬ速さで刀を抜く。

 翔太は後ろに飛んだ、当然だが忍びは身が軽い。

 

 刀が空を斬る。空を斬った刀は又、素早く鞘に納められる。

 そして男はさっきと同じように構えた。

 翔太には堪える相手だ。やはり鎖は刀に巻き付けたいが、その刀はなかなか出て来ない。出た瞬間を捕えなければならない。

 翔太は鎖を回す調子を崩さぬよう、相手を見据えた。そして聞き返した。


「仇? 誰だ!!」

「そんなに多くの仇を持つのか、お前は!」

「……!?」

「気付いたか、そうだ、沢原の弟だ!! 兄の仇だあああああ」


 そう言うと沢原の弟は間髪入れずに、今度こそ翔太に斬りかかった。

 翔太は後ろに大きく飛びながら、鎖を放つ。鎖は沢原の刀をしっかりと捕え、巻きついた。

 

 手堪えを感じると翔太はぐっと鎖を引く、沢原は巻きついた時の重量感が手に伝わり、刀をもう一度握り締める。

 

 獲物は捕えた。

 翔太の鎌の方も獲物を的確に捕えようと、不気味に光る。




 

 翔太が沢原を相手にしていた頃、奥では満の大きな声が響いた。

 

曲者くせもの!! 誰か!! 誰か!!!」


 黒い影は紅梅姫の部屋の近くから出たようだった。


 若橘は、今晩は紅梅姫の寝所の控えの間にいた。何時でも姫を守れるよう、控えていたのだ。

 満の叫び声を聞き、すぐさま懐剣を抜き部屋の外へ出る。


 既に中庭には頭巾を被った男が居た。頭巾を被った賊であろう男に、飯合が斬りかかる。

 男は上手く飯合の刀をかわし、逃げて行く。頭巾の男は刀を抜かなかった。


 重郷は寝所の障子を開け放つ。既に刀を抜いていた。


「良いな姫、出て来るでないぞ!!」

 重郷の声が夜の闇に響く。


 其れを聞いて若橘は冷静さを取り戻し、

「灯りを……満、灯りを!! 早く!!」

 と満に叫んだ。


 飯合が追いかけたが頭巾の男には、まんまと逃げられたようだった。


 暫くして飯合が中庭に戻って来た。

 丁度そこへ満が灯りを持ってくる。


「殿、申しわけありません、逃げられました」

 

 飯合は跪き、頭を垂れた。

 其の後で、手にしていた物を重郷に差し出した。


「殿、先ほどの男が此れを落として行きました」


 其れを見て若橘はぎょっとした。

 手紙だった、紅梅姫がしたためた例の恋文だった。あの手紙が何故、今、此の瞬間に出されるのか……

 若橘は思わず、息を呑んだ。


 重郷は其の手紙を荒々しく広げて読み始める。 

 みるみるうちに、重郷の顔色が変わるのが分かる。

 重郷の顔は怒りに満ちており、手紙を握り締めた。


「姫、此れは何だ!! 如何いうことだ!!」

 

 声が怒りに震え、重郷のものとは思えない。

 奥から重郷の怒りに怯えたように、おずおずと紅梅姫が出て来た。

 寝乱れた髪を整えながら、寝衣のままで恥ずかしそうに着物の胸を手で押さえた。


「……? 如何いたしました?」

 紅梅姫には合点がいかぬようだった。


「こ、この手紙に覚えがあろう!!」

 重郷は手にしている手紙を紅梅姫に突きつけた。


「はい、殿へのお手紙にございます」


「な、なんと……涼しげな顔をして、ようもそのような嘘がつけるのう? 此れはそなたがさっきの男に書いた手紙ではないか!! そなたが此のような淫乱な女だとは思わなんだ!」


「……其れは、殿へ書いた手紙でございます。今村に渡しました……今村……なあ?」


 紅梅姫はその場に座ったまま、蒼ざめていた。

 自分の置かれた状況が把握できないようだった。


 その場に居合わせた今村は、重郷に跪く。

「殿、私はそのような手紙は見た事もございません。おそらく、紅梅姫様がさっきの男を招き入れるのに書かれたものであると思います」


「……殿、姫様にはそのような殿方は居りません。わたくしが一番良く知っております」

 若橘は我慢できずに重郷に進言する。

 

 しかし其れは飯合によってあっさり退けられた。


「若橘殿、あなたがご自分の部屋にあの男を控えさせ、頃合を見て姫様に会わせていたのではありませんか? 今村が気付いておりました。姫様付きの侍女が姫様の密通を手助けするのは、良く有ることです」


「……あまりのお言葉です!! 姫様に限って其のようなことはございません!! わたくしも、貴方がおっしゃるような事は致しておりません!!」

 若橘は血が引いていくのが分かった。

 がたがた震えがくる。


 しかし飯合の暴言は其れに留まらなかった。笑みを浮かべ立ち上がり、若橘を指差した。


「若橘殿、貴女ご自身も殿の側近の沢村をたぶらかしておるではないか!! 其の身体を使って、沢村を利用しておるではないか!!」


 若橘は怒りを顕にした。立ち上がり前に一歩踏み出した。


「根も葉も無いことを申されますな! わたくしは其のような事は致しておりません!!」


「信じられんな!!」

 そう言って、飯合は鼻で笑った。


 若橘は悔しくて悔しくて涙が零れ落ち、その場で泣き崩れた。





 翔太は鎖をしっかり握り締め、引いていく。


 沢原はじりじりと前へ出る、しかし簡単には力を緩めず、翔太の出方を見ている。

 

 今だ! 翔太は鎖を手繰り寄せ軽く飛んだ。


 だが次の瞬間、翔太の鎖は飛んできた小刀で切られた。


「止めるんだ!!」


 背後から宗右衛門の声が聞こえる。


「お前は足止めされているだけだ! 此の男をれば、紅梅姫様に嫌疑が掛かるやもしれん。飯合の事だ、其れも計算の上だ。奴の手中で踊る訳にはいかん」


 宗右衛門の言葉に翔太は戦意を失う。

 沢原は好機とばかりに、屋敷の奥へと消えて行った。


「如何いうことだ、宗右衛門殿!!」

「奥では、お前が探していた手紙が密通の証拠として出され、姫様が疑われておる」

「何と!」

 翔太は次の言葉が出ない。

 命の遣り取りならばまだしも、其のような人を欺く作戦に出るとは。


「此れはまずい事になった。此のように汚い手を使うとは……姫様がお可哀想だ……」


 宗右衛門は其の言葉に悔しさを滲ませた。

 そして続けた。

「お命を一度は狙ったが、其れでは解決しないと踏んだのだろう。此のような姑息な手で追い詰められようとは……殿が姫様を信じて下さるお方であれば良かったが……」


「……殿がああなるのも仕方が無い。今日も城へ行ったが、柏井の方が殿にべったりだ。あれでは殿に正しい判断など出来る筈は無い!!」

 翔太は残念そうに言った。

 

「出直そう……翔太」

 しょんぼりする翔太の背中を宗右衛門は叩いた。


 だが、なかなかその場を動く事が出来ない。

 苦しい立場に追い込まれた紅梅姫と若橘を、考えてしまう。

 

「若橘……今の俺には如何することも出来ない……」

 そう呟いて翔太は唇を噛み締め、拳を握り締めた。

 

 


 

 



 





 

 


 

 

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