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32 続花橘の香

 志乃が亡くなって困ったのは、仲間との連絡だった。

 今までは志乃に使いに出すついでに宗右衛門のところへやり、繋ぎをとっていた。

 屋敷では今村や満が見張っている。

 こうなると如何にも仕方がなかった。夜、翔太に部屋に忍び込んで貰うより方法は無い。


 


 或る昼下がり、

 廊下のすれ違いさまに今村から呼び止められた。

 庭には花橘が可燐な白い花をつけている。


「若橘様、少しお話が……」


 今村はついて来いと言わんばかりに、少し顔を横に向けた。

 若橘は其れに従った。断る理由など無い。


 空いた部屋の障子を開け、若橘を入れると自ら障子を閉めた。

 薄暗い部屋の中、若橘は障子が閉まる音に体をぴくりとさせる。


「まあ、其処にお座り下さい」


 今村は若橘に座るよう促す。感情の篭らない小さな声だった。

 今村の身体は余り大きくないほうだ。昼行灯と言われ、昨年の祇園会の帰りに襲われたときにも逃げ出し、剣の腕も優れているようには思えない。

 

「何でございましょう?」


 若橘は不愉快ではあったが、感情を出さぬよう気をつけて訊ねた。


「お願いがございまして……」

「お願い?」


 若橘は思わず語尾を上げ、不機嫌な顔をする。

 とうてい今村の態度はお願いするような低姿勢には見えない。


「恐ろしいお顔をなさる……」


 今村は小馬鹿にしたように笑った。

 其れがまた癪に触る。だが、今村に突っ掛かっても仕方が無い。

 それには答えず、今村をじっと見る。


「飯合様が貴女様にお会いしてお話しをしてみたいと申されておられます。既に輿がお迎えに参っております」


「……急にその様な事を言われましても……紅梅姫様が」

「紅梅姫様には私からお話し申し上げます。待たせてありますので」


 今村の口調には、有無を言わせぬ強さがあった。

 若橘は戸惑った。不意打ちを喰らわされた形だ。直ぐにと言われたら、翔太に繋ぎをとる暇は無い。

 夜にしか様子を見に来ないのだ。

 沢村にしても城へ上がっている時刻だ。


「さあ、お早く」


 若橘は裏門へと向かった。紅梅姫に其の由も伝えられずに。


 裏門では輿が用意されていた。

 輿に乗る前に今村は若橘に目隠しをしようとした。


「今村殿、此れは如何謂うことですか? 此れではお話が……」


 今村は後ろから若橘の腰に短刀を突きつけていた。

 かわそうと思えば払うことも出来るだろうが、其れでは自分の正体をさらけ出しているようなものだ。


 迎えに来た頭巾を被った侍が、目隠しをし荒縄で若橘の手を後ろで縛る。


「少々、我慢なさって下さい。場所を貴女に知られたくないだけですから。貴女に危害を加えるつもりはありませんから」


 今村の声は冷ややかだった。

 兎に角、大人しくついて行くしかないようだ。

 

 乗せられた輿は幾度か曲がり、登ったり下ったりも幾度か繰り返し、漸く目的に屋敷へと着いた。

 けっして直線距離にすれば遠いところではなかろうが、同じ道を繰り返し使うことで混乱させる目的でよく使う手だ。


 屋敷へつき、部屋に通される。

 まだ目隠しと縄は解かれることは無い。


「さあ、お座り下さい」

 今村と同じくらいの歳であろうか、声の主の前に座らされた。

 連れてきた男が漸く若橘の目隠しを取り、縄を解く。


 縄の跡が擦れて赤くなり、若橘は手首を擦った。


「此れは如何謂うことですか? 此のような真似をなさって、いくら飯合様でも許しませんよ!」


「気丈なお方ですな……そう、志乃も気丈だった。貴女方は何の目的で此の国にいらしたのですか?」

 

 飯合は今村と違いがっしりとした体つきで、大きな目をしていた。

 其の大きな目で若橘の顔を覗き込むように、話をする。


 若橘は飯合を睨みつけた。

 脂が浮かんだぎらぎらした顔がにやりと笑う。


「可愛らしい顔だ、だが正体はばれている。大方、大内の間者であろう、姑息な真似をする。紅梅姫を遣わし殿を操ろうと思うておられるのか?」


「違います、わたくしは紅梅姫様の侍女でございます。幼き頃よりお仕え致しております。姫様とて公家の姫、大内のご養女ではございますが、大内との縁は薄うございます」


 こうなったら、此れで通すしかない。例え命を奪われようとも、こうするより仕方が無い。


「ほう、其れで柏井の方様がご納得されるかの? 殿は難しいお方だ。簡単には落ちぬであろうと思うておったが、紅梅姫様はよほどお床上手なようだ……殿は毎日のように通われる」


 飯合は皮肉な笑いを浮かべた。下衆な笑いに若橘は逆上しかけたが、此れも飯合の計算だろう。

 若橘はその手に乗るものか、と口をつぐんだ。


「そう腹を立てるものでもない、紅梅姫様が大人しく殿から離れて下されば、私達も此のような事をする必要はないのだが、協力をする気は無いかな?」


 正体がばれているのだ。本気で飯合は其のような事を言っているのか、それとも協力を惜しめば、如何するというのか……


「難しいお顔をなさる、悪い話ではないと思うが。柏井の方様の悋気は通常では考えられない。殿とてお苦しみの筈……そう黙っておられても困りましたな……なら、沢村のお話でもいたしましょうか?」


 そう言うと若橘の顔を、飯合はじっくりと見た。

 若橘の顔がぴくりと動く。


「殿は沢村を気に入っておられるようだが、沢村一人を失脚させるくらいは、簡単でね。貴女が大人しくさえしていれば、沢村の命の保障はしてやっても良いのだが? 沢村の何処がお好きかな……」


「……沢村様とは関係の無い話ではございませんか……」


「ほう、やはり其処には引っ掛かりますか……沢村とは深い仲のようだ」


「そうではございません、此れ以上関係の無い方を巻き込みたくはありません」


「関係無くは無い、沢村は目障りだ!」


 飯合の強い語気は沢村への嫌悪を顕にしていた。

 横に置いていた刀を手にすると素早く抜き、若橘の顔に刃を突きつけた。

 

 若橘は其れに動じる事無く、目を見開く。


「如何なさるお心算ですか?」


「……今日はこのまま帰って頂く、だが、此処での事は他言無用と願おう。どのみち大人しく私達に協力する気など有りはせんだろう。沢村とて同じだ、奴を此のまま捨て置く訳にはいかん」


「飯合様、柏井の方様の悋気に振り回されて如何なさるお心算ですか。殿のお気持ち……」


「それ以上言うな! 殿の気持ちなどで此の国を動かされては家臣は路頭に迷う事になる。他国と結び、他国を牽制するのが我ら家臣の務め……」


「聞こえは宜しいが、柏井の方様を恐れておられるだけでは有りませんか!」


「……黙れ! お帰りだ……縄と目隠しを。沢村に良く伝えておくんだ、此のままでは終わらぬと。大内に此の国を売ってなるものか!」


「貴方様は大友に売っておられるではありませんか!」


 其れを聞いて飯合は若橘の顔を殴った。

 若橘の口から血が流れ出る。


 頭巾を被った男は慌てて若橘を縛り上げる。そして目隠しをした。


「早く連れて行け!」


 飯合は頭巾の男に怒りながら命令した。





 屋敷へ帰ったときには夕刻で、裏の厩には重郷と沢村の馬が繋がれていた。

 若橘は殴られた顔を井戸の水で冷やしたが、腫れが引きそうにも無かった。

 丁度、其処へ沢村がやって来た。






 




 

 


 

 

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