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26 続紅梅の頃

 話を聞いて沢村は表情一つ変えず、腕組をしている。


「お心当たりはありませんか?」

「殿は疑り深いわりには、簡単に信じてしまうところがお有りだ。姫様を疑って、自分へ進言した家臣は疑わない……」

「……進言?」

「そう、誰か進言しなければお疑いにはなりません」

「ですが、事実ではございません。姫様が他の方と密通など、わたくしが証明致します」

「そうすれば益々、意固地になられて姫様のところへはお行きになりませんよ」

「そのような……」


 若橘は言葉を失った。では、如何しろというのか。


「とにかく、殿のお気持ちを確かめてみます。そしてできるだけ、姫様のお屋敷へ通うように私から話をしてみます。ただ……」


「ただ?」


「貴女にだけは話しておくが、国境の揉め事は少々厄介な事になっています。大友の軍勢と戦うやもしれん、もし大きな戦となれば大内の助成が必要になる。其れを殿が大内に問うたところ、快い返事が貰えなかった。大内とて様子を見ているのです。小競り合いに口出しして、此れからの情勢に響くのを嫌ったと言う訳です」


「……戦でございますか?」


「ああ、大きな戦になる前にもう一度、和平交渉をしてみる。其のような訳で、殿も苛々されておられる。姫様の事は今暫く、待って頂きたい。今度の進言には今村殿と飯合殿が関わっておるのは確かです。近頃、飯合殿が殿に進言される事が増えてきた、大友との争い事の収拾も含めて」


 あまり政には関わろうとしない沢村だが、重郷の近習とあってはやはり心を痛めているのだろう。


「如何なされた? 私が政の話をするのが不思議なようだが……」


 沢村は重郷のことを真剣に考えているのだろうかと疑う時もある、だが、自分が考えている以上に沢村は重郷を尊重している。近習としては当たり前の姿だ。其れを重郷のことを考えない冷たい男だと、思っていた浅はかな自分が可笑しかった。


「いっ、いえ、そのような事は……」


「そうですか? 詰るところ、柏井の方は殿がご寵愛する紅梅姫様を、遠ざけたい。その柏井の方にお味方する者がおる、と考えるのが順当です」


 沢村は含みのある言い方をした。


「……飯合様と今村様が柏井の方に加担なさっておられるのですか?」


「はっきりした事は言えませんが、そう考えるのが筋でしょう。ただ、何が望みでそうしているのかは、分かりませんが」


「……では、如何したらよいのですか?」


「暫くお待ちなさい、春頃までには争いも一段落します。田畑の準備があるので、百姓をそう長く戦に狩り出す訳にはいきません。私の見方では、この争いは他の者が心配するように大きくは成りません、安心なさい」


「本当に大丈夫でしょうか?」

「私を疑うのですか?」


「そのような事はございません……」


「とにかく、貴女は早く帰りなさい、今村殿に疑われる。貴女に何かあれば、姫様も……それから私も心配だから……」


 沢村は若橘を抱きしめた。

 若橘の胸が熱くなる。だが其れも束の間、沢村は立ち上がると直ぐに障子を開けた。

 庭には既に人影があった。


「翔太、ずっと其処に居たのだろう? 若橘を屋敷へ送ってくれ。これ以上私との関係を今村殿に疑われれば、若橘とて如何なるか分からん」


「ああ、分かってるよ。心配すんな、俺だってこいつに振り回されるのはもう御免だからな」


 翔太はにたりと笑った。其れは何時もの翔太だった。

 若橘は秋雨のあの日から、まともに翔太の顔を見たことがなかった。

 翔太は若橘の手首を掴む、乱暴ではあったが翔太の優しい気持ちが伝わる。


「帰ろうぜ、志乃に姫様を任せたままなんだろ? 行こう」


「待ちなさい、初さんに草履を持って来て貰おう」


 直ぐに初は若橘の草履を縁側に用意する。

 初は「どうして玄関から入ってきて縁側から帰るんだい?」と不思議そうに若橘を見た。


「初さん、今日の事は内緒だからね……」

 沢村は子供にするように、口に人差し指を立てて当てた。

 すると初も自分の口に同じようにしてみる。

 そんな初にうんうんと謂うように、沢村は首を縦に振った。





 二人に見送られ、若橘は屋敷へと戻る。

 

 翔太は終始無言だった。人に見られてはいけないからと、途中から随分離れて後ろを歩いてついて来る。


 門の前まで来た時、若橘は振り返った。

 だが、其の時には既に翔太の姿は無かった。

 翔太らしかった。





 屋敷の裏口から入ると、其処には今村が待っていた。


「若橘様、お話がございます」


 若橘は今村に促され、奥へと入っていく。

 今村は部屋に入ると、障子を閉める。何時もの仕草だが、何故か其の動きに不気味なものを感じる。


「何の用ですか?」

「はい、侍女のはると弓の縁談が纏まりまして、一月の後、此方の奉公を辞める事になりました」

「……急に二人もですか? 其れも一月後ですか……」

「はい、其のうち志乃も嫁にと思っております」


 平然と答える今村に、やはり妙なものを若橘は感じた。

 三人とも今村の口利きで侍女として雇われていた。はると弓の二人は武士の娘で志乃は商家の行儀見習いと謂う事になっている。


「志乃には今暫く居て欲しいのですが……」

「はい、志乃にも縁談を持ちかけましたが、今回は上手くいきませんで……」


 志乃の縁談が上手くいく筈が無い。志乃が返事することは無いだろう。


「ところで志乃について、若橘様は何かご存知の事はありませんか?」


「質問の意味がわかりません、志乃の私的な事情はわたくしは知りません。今村様がご推挙なさった娘ではありませんか」


 若橘は今村の探りを止めた。

 やはり沢村が言う通り、今村は妙だった。

 だが二人の侍女が嫁いで辞めていくのを、拒むことは出来ない。


「侍女の事は今村様にお任せ致します」


 若橘は其れだけを言い残し、部屋を出た。


 何かが動こうとしていた。 

 其れも紅梅姫にとって不利益となるように。


 其れでも紅梅姫はじっと耐えるだろう、此の紅梅のように春を感じるまでその花を開く事無く、じっと耐えるのだろう。

 だが其の姿は痛々しく、側で見ている若橘には耐えられなかった。

 少しでも紅梅姫の笑顔を取り戻したかった。


 何時しか紅梅姫の屋敷を皆、花の屋敷と呼んでいた。四季を通じて庭には花が咲き、美しく、まるで紅梅姫そのもののようだと。


 筑前の紅梅は夕陽を浴びて、清楚に凛と輝いて見えた。




 

 

 

 

  




 


 



 

 

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