25 紅梅の頃
輿入れした年も暮れ新年を迎え、庭の紅梅の蕾が膨らみ始めた。
年末の慌ただしさと新年の挨拶などで重郷は紅梅姫の屋敷は訪れるが、泊まることは出来なかった。
昨日、久し振りに来た重郷を紅梅姫の笑顔が迎えたのだが、今日は打って変わって時折、寂しそうに庭を眺める紅梅姫の姿に若橘は心を痛める。
「姫様、今日は寒うございます。お閉め致します」
少し開けた障子を閉めようとした若橘を、紅梅姫は止めた。
「若橘、もう少し此のままに……そういえば、京の庭にも紅梅が咲いていた事を思い出します」
「姫様……やはり、閉めましょう……」
沈んだ紅梅姫を気遣うように若橘は障子を閉めた。
「……殿は今度は何時おいでになるのでしょうか」
「時期、おいでになります……」
「……そうでしょうか……」
「……」
若橘には何も言えなかった。
昨日、殿が来られるまでは「大丈夫、また見えられます」とゆったりと構えていたのだが、帰られた後からは、何故か浮かない表情だった。
若橘には何となく察しはついてはいるものの、このような顔をした時の紅梅姫は決して言葉にはしない、じっと堪えて耐えている。心の囲いを設けて他を寄せ付けない、頑ななところが有った。
紅梅姫自身も如何したら重郷を怒らせずに理解して貰えるか、分からなかった。
重郷は自分が来ないのを良い事に、紅梅姫が他の男と密通しているのではないかと疑っていたのだ。
其れを話せば直ぐにでも若橘が、紅梅姫の身の潔白を証明するだろう。しかし、其れでは何の解決にもならない。侍女の進言を其のまま聞き入れるほど、重郷は単純では無い。
最近の重郷は大友との国境の揉め事の為もあってか、神経がぴりぴりしている。
其れは側近くに侍る紅梅姫が一番感じていた。
昨日の重郷の態度は紅梅姫を困惑させた。
「姫、会いたかった」
まだ昼間であるのに、そう言って姫の腰に手を回し抱き寄せる。
すると直ぐに沢村と若橘は部屋の障子を閉め、出ていった。
と、此処までは何時もの重郷だと思った。
ゆっくりと確かめるように紅梅姫の唇を奪い、彼女の中を弄る。
息もできぬほど激しい口づけ、重郷は紅梅姫を押し倒し、顔を両手で押さえ離さずに求め続ける。
長い口づけの後、姫の帯を解こうとする。力を入れた手が震えていた。無理矢理に帯を緩め、姫の着物の胸を肌蹴させる。
そして白い姫の胸を荒々しく鷲掴みにした。
「……あっ……と、の……今日は如何なさったのですか?」
あまりにも激しい重郷の愛し方に痛みを覚えた紅梅姫は辛そうに顔を背け、重郷を突き放そうとする。
「何故そんなことを聞く? わしに抱かれるのは嫌か?」
紅梅姫が今まで一度も見たこと無い恐ろしい顔が、其処に有った。
何かが違う。
姫の返事も聞かずに帯を解き、終始無言で紅梅姫を自分の思うがままに激しく貪り続け、果てた。
そして事を終え着物を纏う紅梅姫に放った重郷の言葉に、姫は身を硬くさせた。
「何故……姫、何時ものように濡れぬ? 濡れはせぬのに男を喜ばせるのが上手くなったものじゃ」
と吐き捨てるように言った。
体中に激しい口づけの後が赤く染まり、普段なら其れさえも愛おしく思えるのに、恥ずかしさで身体が震えた。
しかし重郷は紅梅姫の様子を見て、追い討ちをかけるように言った。
「まさか、他に男が居るのではあるまいな? あのように淫らに乱れるとはな。だが、あれほど淫らであればもっと濡れるものよ」
重郷は俯く紅梅姫の顎に手を当て上を向かせると口づけをしようとする。
此処で拒めば余計疑われる、そう思った紅梅姫は少しの抵抗はしたものの、重郷の成すがままとなった。
重郷に髪を乱され、激しく求められる。其れはまるで拷問だった。気を失うほど何度も貫かれ、ぐったりと倒れる紅梅姫を其のままに、日が暮れる頃、漸く重郷は帰っていった。
紅梅姫は先日の重郷との恐ろしい逢瀬が頭を過ぎり、会いたいと思えなくなっていた。
誤解が解けるのを待つより他ないのだろうが、其れとて誰かに相談せねばならず、ましてや若橘に相談することも憚られ、苦しんでいた。たとえ若橘から聞かれても答えるつもりは無かったのだが。
若橘は紅梅姫の様子が変だと気付きはしたものの、此方も聞くに忍びなく、如何したものかと頭を悩ませていた。
元々、重郷の粗野な性格は理解しているつもりだったが、先日の態度は得心のいかぬものだった。ましてや、帰りの態度など失礼なものだ。
部屋に姫を残し、しかも姫は打ち掛けを掛けられただけで、気を失っていた。
女として許すことは出来なかった。
姫が気が付き、恥ずかしそうに黙って着物をお召しになり、「此のことは二人の秘密にしてくれ」と言うので黙っているだけだ。
最後に重郷が来てから五日が経ち、いっこうに来る様子はない。
まさか、今村に重郷の事を聞く訳にもいかず、若橘は沢村を訪ねることにした。
翔太に調べて貰おうと思ったのだが、説明するのに骨が折れそうだった。何にしても、若橘自身が恥ずかしかった。だから隼人にも言えない。
何時もは志乃に頼む寺への用事を、若橘は出かける理由にして屋敷を出ようとする。
今村は何も言わないが、怪訝な顔をした。
最近、今村は志乃や若橘が出かけるのを気にするようになった。
何時帰ってくるのか、用事は何なのか、といろいろ聞いてくる。
屋敷に出入りする商人や侍にも煩い。
城からの使いにも目を光らせ、ましてや沢村には嫌悪感をあからさまに出す。
沢村との仲を疑っているので、若橘には尚のこと風当りが強い。
秋に沢村に連れられて帰ってきてから、益々、疑うように成り、重郷の供で来たときには控えの間から沢村が出るのを見張るようになった。おかげで沢村が来ても以前のように話が出来ない。
「お早く、お帰り下さい。まさか、山にお入りでは有りますまい」
皮肉付きだった。
其れでも何とか今村を誤魔化し、沢村の家へとやって来た。
出迎えたのは初だった。
「だんな様はもう直ぐ帰って来なさるから、待ってるといいよ」と言って初は奥へと通してくれた。
暫く待つと、沢村の声が玄関のほうでする。
若橘は胸の高鳴りを感じ、其れを抑えるのに必死だった。
「……如何した? 此処へ来るとは、余程、何かあったのか?」
部屋へ飛び込むなり、心配した様子で沢村は問うた。
「……其れが」
「如何した?」
沢村は刀を初に預け、若橘の前に座った。
若橘の視線の先が初に有ると察した沢村は、直ぐに初を部屋の外へ出す。
「だいぶ、思い詰めているようだな……紅梅姫様と殿のことか?」
「はい、少し紅梅姫様のご様子が気になりますので、何かご存知かと思いまして」
「気になるとは?」
若橘は先日の重郷が帰った後の紅梅姫の様子を正直に語った。
今の若橘には沢村しか居なかった。




