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24 続々秘密

 結局、使いが帰った後に沢村と朝餉をとる。初が用意をしてくれたものだ。


「殿が昼から紅梅姫様を見舞われるそうだ。今日は城へは上がれぬ由、使いには伝えた」

 沢村は朝食をとりながら、若橘の箸に目をやる。


「如何した? 早く食事を済ませよう。午後には貴女を姫様の元へ送って行かねばならん」

「……」


 若橘は箸を置き、膳を横に除け手をついた。

「本当に申し訳ありません。沢村様にはご迷惑をおかけして……」

「如何したのだ、急に」


 沢村は急な若橘の態度が腑に落ちないようだ。


「……よく考えますと沢村様には奥様がいらっしゃるのに、このような事をして……」

「ああ、其の話をしなければならなかった」


 沢村は初に膳を片付けさせる。若橘が手伝おうとするが、初は重ねた膳をひょいと抱え部屋を出て行った。


「……其の話だが、少々ややこしい話しだし貴女に信じて貰えるのかと、不安なのだが」


 沢村は庭に面した障子を開けた。薄暗い部屋に太陽の光が入る。

 眩しそうに庭を眺めながら、若橘のほうを見ずに立ったままで沢村は語りだした。

 沢村の整った顔と太陽が重なり、暗がりから見上げる若橘は思わず目を細める。


「貴女は沢原をご存知ですよね……」

「ええ、此の前姫様を襲った刺客のお侍です」

「そう、其の沢原と私は幼馴染なんです。私の妻は綾といいますが、綾は沢原と恋仲でした。ですが私と綾は親が決めた許婚なんですよ」

「……まさか、沢原様はご存知だったのですか?」

「ああ、あいつは昔から綾が好きだった。私も知っていました。だから、あえて二人を引き裂くことはしませんでした。だからお断りしたんですよ、私でなく沢原の嫁になれと。しかし、今村殿は其の申し入れを許諾してはくれなかった」

「……今村様って? あの……」

「そう、姫様のお世話をなさっておられる今村様です。あの方が、綾の父上です」

「……!?」

「あの方は私のほうが出世すると思っておられたのです。ところが、綾は既に沢原の子を宿しており、悩んでいた……死ぬと申しました、綾は……」


 沢村は「ふう」とひとつ溜息をつくと、若橘のほうを向いた。そして、また背を向け縁側に腰を下ろす。


「綾の死など誰も望んでいない……私は女遊びをした、そうすれば愛想を尽かして家を出る口実が出来る。まあ、本気で女遊びをしたかったのかもしれませんがね」

「……沢村様?」

「いや、本当に遊びですよ、誰も本気で私を愛する女は居なかった。表向き夫婦でも綾を抱く事も出来ず、私は皆から私の子が出来たと喜ばれた……でも、あの初さんは誤魔化せなかった。初さんだけは綾が嫁に来る前から身籠っていたと分かったようだった……とにかく綾は実家へ帰った、私の女癖が悪いのを理由に。まあ、綾は帰らないと言ましたが、私が帰しました」


「綾様のお子様の事を、今村様はご存知なのですか?」

「さあ、如何でしょうね。でも、今となっては如何でも良い事です」


 沢村には綾に対する執着は無いようだった。

 寧ろ、さっぱりしすぎている。

 たぶん、もう彼の中では此の出来事に対する気持ちの決着はついているのだろう。

 何と言って良いのか分からなかった。他人ごとのように相槌を打つことも出来ず、ましてや歓ぶことも出来ず。ただ沢村が苦しんでいたという事実だけを、若橘は認識した。


「……信じられぬでしょ? 本当の事だと信じぬなら信じなくて良い。だが、私には此れが現実です。翔太がいくら調べても、皆、綾の生んだ子は私の子であるとしか言わぬだろうし、私が綾が身籠ってから女遊びに興じていたとしか皆言わぬ」


 若橘は沢村を信じようと思った。

 嘘であるのか、如何かなんて関係ない。

 若橘も沢村を愛しているという事実があれば、其れだけで十分だった。

 でも、言葉が出ない。

 出て来るのは、沢村を愛するが故の涙だけだった。


「如何して泣くのですか? 貴女が泣く必要は無い……」


「わたくしは、其のような事とも知らず……沢村様を傷つけてはいませんか?」


 沢村はふと笑みを浮かべた。

「信じてくれるのですか? こんなに私に都合の良い話を、貴女は……」

 

 若橘は沢村の横に座り彼の肩に手を掛け、沢村の口を自分の唇で塞いだ。

 もう言葉など必要無い、もし嘘であっても騙されていたかった。


 沢村は若橘の身体を軽々と自分の膝に乗せた。

 若橘は沢村の身体に手を回し抱きつく。

 口づけの後、沢村は自分の腕の中にいる若橘を見てまた笑みを浮かべた。


「悪い人だ、貴女を本気で愛してしまう……もう綾は戻っては来ない、あれはそんな女ですよ。綾は本気で沢原を愛している、私には指一本触れさせなかった……私は貴女さえ居れば良い……」


 そう言うともう一度、深く長い口づけを丹念に若橘におとした。


 

 沢村は初に風呂を用意させた。昨夜は山で過ごし、雨に濡れて汚れていた。

 初は年をとってはいたが良く働き、言葉は乱暴だが優しさが有った。

 

 若橘の着物の着替えは、初の孫娘の古着を貸して貰うことにした。


 風呂から上がった若橘の髪を初が手入れする。髪油をつけ、櫛で丁寧に梳いていく。若橘の黒く長い豊かな髪は光沢を帯び、彼女を引き立てる。


「だんな様は何時も寂しそうだ、親には縁が薄く奥方様にも愛されずに……今日のようなだんな様を初めて見たよ、よっぽど好いてなさるんだね、あんたの事を」


「初さん、わたくしは本当に沢村様を愛して宜しいのでしょうか? 誰にもご迷惑をかけたりしませんか?」


「迷惑か何だか知らないけど、だんな様が楽しそうに笑っているのを見たのは初めてだよ。何時も捻くれた顔してるだろ? うちのだんな様は……」

 初は絡み合う若橘の髪を櫛で力いっぱい引っ張る。


「は、はつ、さん……痛い、少し優しくやって下さい」


「あんた強情な人だろ? この髪も強情だよ!」


『え? 初さんのほうが随分、強情じゃないですか?』と言いたかったが、若橘は其れを呑みこんだ。





 午後とはいってももう夕方近くに沢村に送られ、若橘は紅梅姫の屋敷に戻った。

 足の痛みも軽くなり、腫れも引いていた。翔太からの一撃の痕も落ち着き、ゆっくりではあったが自分で歩くことが出来るようになっていた。

 

 裏門から入り、厩を覗く。厩には重郷の馬が繋がれていた。

 既に重郷が来ていることになる。

 沢村は不安げに自分を見上げる若橘を笑った。


「大丈夫、城からの使者に貴女を送って行くと言ってあるから、殿は了解済みです。今頃、紅梅姫様と仲良くしておられますよ。其れより、姫様のご病気のほうが心配です」


 沢村は何時もの冷静な沢村だった。

 昨晩から沢村と過ごした時間がまるで夢のようだった。

 




 



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