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22 秘密

 翔太から凄まじい殺気が漂う。

 両眼が血走り口を歪め、苛々した様子で髪が逆立っているように見える。

 初めて見る翔太の形相は若橘の足を竦ませた。若橘は思わず沢村の着物の袂をしっかりと掴む。


「山から朝帰りか? 女房殿が知ったらどんな顔をするかな?」 

 翔太はきらりと目を光らせ、皮肉な笑みを浮かべた。

 一瞬凍りついた若橘は沢村の顔を見上げる。だが、沢村は顔色一つ変えず翔太を見据えていた。


「いるじゃねえか、一年前に実家へ帰した女が。それに子までいるんだぜ、女の子が。此れは如何いうことだ? よおく話して貰わねえと、納得いくようにな……何なら、その身体に聞いても良いぜ」


 翔太の懐に突っ込んだ右手が小刀をカチャリと謂わせた。

 だが、其れでも沢村の側を離れようとはしない若橘を見て、翔太は「ちぇっ」と舌打ちをした。


「若橘、下がってろ! お前は沢村に騙されてるんだ、京から来たばかりで何も知らないお前を騙すなんて訳無いさ、元々、女には手が早えんだ、こいつは。女房が耐え切れずに、実家へ帰ってるってえじゃないか」


「さあ、下がっていなさい。翔太は本気だ、貴女が怪我をしてはいけない」


「格好つけてるんじゃねえよ、若橘をお前の慰み者にする訳にはいかねえんだ。さっき屋敷へ行ったら志乃が山へ行ったと教えてくれんたんだ。来てみれば、こんな事かよ!」


「翔太、お前とは遣り合いたくはない。だが、如何しても若橘を自由にしてくれぬなら、力ずくでも奪うぞ。お前は勘違いをしておる、今お前が話したその女は関係無い。だが、今のお前は私の言葉など耳に入らぬだろうな」

 沢村の声は落ち着いていた。

 若橘は沢村を信じようとしていた。如何しても翔太の言う沢村の女の存在を信じたくなかった。沢村の言い訳を聞きたかった。


「もう翔太、止めてくれ! 沢村様が言うことをわたしは信じたい。何が本当で何が嘘でも良い。ただ、今、沢村様を信じたいんだ」


「やっぱり、お前の頭はいかれちまってるぜ。そんなに此の男が良いのかよ、よっぽど昨日の夜の抱かれ心地が良かったんだろうな」

 

 吐き捨てるように言った翔太に言葉に、若橘は逆上した。

 怪我をした足を引き摺りながら、翔太の前まで来ると翔太の顔を平手で叩いた。


「沢村様はそんなお方では無い、翔太、分かってくれ」

 若橘の目から涙が零れ落ちる。

 

 翔太は若橘から叩かれても少しも動じる事無く、無言で若橘の首の後ろを手刀で打ち、失神させた。若橘の身体が膝から崩れ落ちる。翔太はさっと若橘の胸の辺りに腕を入れ、支える。

「うるせえ! 俺は本当に怒ってるんだ、若橘。少し大人しくしていろ」


「翔太、若橘に手荒な真似はしないでくれ。そんなに出来るほうじゃない、山で遭難しそうになっていたんだ」

 若橘に手荒な真似をする翔太に沢村が慌てた。


「お前に言われなくても知ってるよ、若橘は小せえ頃から姫様に仕えてるから、俺達みたいにな訳にはいかねんだ。だからこそ俺はこいつが可愛い。お前みたいな奴に横取りされてたまるかよ!」


 翔太は失神した若橘を軽々と肩に担いだ。


「翔太! 若橘を下ろすんだ。若橘に手はつけていない、だが、私は若橘を愛している。若橘の好きにさせてくれないか。紅梅姫様とて其れをお望みの筈だ」


「こりゃあ良かった、手をつけてないんなら上等じゃねえか。こいつは俺が頂く。こいつの婆様と約束してんだ、こいつを守るってね」

 翔太はにたりと笑うが、直ぐに元の厳しい表情に戻る。


「本当に其れで若橘を守っているのか? お前は若橘を苦しめているだけじゃないのか?」


「うるせえ! 今は里に帰しているが女房と子供が居るんだろう? 許さねえぞ!」


「其れは違う。きちんと説明させてくれ、若橘にはきちんと説明する」


「こいつは信じるだろうよ、あんたの言うことならな。だが、其れじゃあ通らねえよ。俺は納得出来ないからな」


 沢村は刀の柄に手を掛け、左手で鞘を押さえ刀のつばを押す。カチャリと音がする。其れに反応したように、翔太は若橘を担いだまま小刀を抜いた。

 足元が昨日の雨でぬかるんでいる。二人は睨み合いながら、互いの隙を伺う。

 一定の距離を保ちながら、相手の気が怯む瞬間を伺う。

 翔太は若橘を担いでいるので、少し後ろへ下がった。沢村も若橘を傷つける訳にはいかず、直ぐに手出しが出来ない。だが、此のまま逃がす訳にはいかない。

 沢村が抜いた刀がびゅんと空を斬る。翔太は間一髪のところで後ろへ下がる。

 沢村は刀を構える。重郷に仕えるだけあってなかなかの腕前だ、翔太は沢村に小刀を向けたまま、木の根元に若橘を下ろした。


 翔太は小刀を捨てると、腰に下げた鎖鎌を取り出す。

 円を描きながら分銅は徐々に勢いを増していく。もう片方の手には鎌を持ち構える。翔太の鎌は小ぶりで折り畳めるよう作られている。宗右衛門が作ったものである。


 放たれた分銅が沢村の刀に巻きつく。金属同士が触れる音が響き渡る。

 ガチャリと巻きついた分銅は沢村の刀の自由を奪う。


「何で、女房が居るのにそんなに女に手ぇ出すんだ!」

「煩い! お前には関係無い話だ」


 翔太は力ずくで鎖を手繰り寄せる。下手をすれば、沢村は翔太の鎌の餌食だ。

 沢村の力の加減を見ながら、翔太は鎖を緩める隙を狙う。


「翔太、此の辺りで止しておいたほうが良いぞ……お前の腕、見切った!!」


 沢村は刀を引くのを止め、するりと翔太の懐に入り、翔太の喉にもう一本腰に挿していた小刀を突きつけた。そして鎖が巻きつく刀を地面に突き立てた。


「……翔太、若橘は貰った! 連れて行くぞ。志乃に若橘は無事であることを伝えてくれ。そして、此の薬草を届けてくれぬか」


 そう言うと懐から若橘が採った薬草の袋を取り出し、翔太の足元に投げた。


「……若橘を如何するんだ? 沢村!」


「心配するな。お前が余計な事を言うので、若橘に説明せねばならん。まあ、何れ分かることだからな、ゆっくり話をする。私の屋敷に連れて帰る」


 沢村は翔太の喉元に小刀を突きつけたまま、にやりと笑った。



 


 








 



 

 

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