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21 思ひ出

 秋の風が庭からすっと紅梅姫の髪を撫でていく。

 重郷が訪れない寂しさを秋の風は思い起させ、紅梅姫は咳をした。すると益々胸の中は寂しさが支配すようになり、また咳をする。


 若橘は心配して障子を閉め、そして薬を捜しに出て行った。だが、なかなか戻って来ないので、志乃に布団を敷いて貰った。若橘が居ないのは心細いが、其れ以上に重郷が屋敷に来ないのが寂しかった。

 何時しか紅梅姫は眠っていた。秋雨が降りしきる夜であった。





 京の屋敷で初めて重郷に会ったときのときめきは、忘れることができない。

 歳は随分上だが其れがかえって大人に見え、憧れに似た思いが強くなる。無作法で口数が少なく、紅梅姫が会ったことの無い男性だった。


「重郷様は何時まで京に居られるのですか?」

 

 聞いた紅梅姫に重郷は怪訝な顔をした。

「さあ、京には城主になった報告に来ただけですから、そう長くは滞在出来ません」

 とそっけない返事だった。

 顔は凛々しく整ってはいるが、粗野な部分が見え隠れする。其れがまた一段と紅梅姫の興味をそそる。


 紅梅姫は如何にか話をしたいと思い、言葉を捜す。

「では、そのお城とはどのような処ですか?」


「ああ、花尾城です。隣の皿倉山が美しく壮大です。姫にも見せたいものです」

 少し自慢げに顔を紅潮させ、ぱっと明るい表情を見せた。

「……そうですか、わたくしもぜひ、お城を見てみたいものです」

「……あっ、はい。いらっしゃい。ご案内致しましょう」


 この一言で紅梅姫は決めた。重郷に決めたのだ。

 無口で紅梅姫にお世辞など言わない、歌会で詠んだ歌も下手だった。だが、重郷には素朴な優しさがあった。紅梅姫は重郷に一目惚れだった。

 後ろで若橘がやきもきしているのが分かってはいたが、そんな事を気にする余裕は無かった。


 其れが大内の策略であろうと無かろうと、紅梅姫には関係なかった。

 とんとん拍子に話が進み、紅梅姫は筑前の重郷の元へと下った。

 

 若橘には悪い事をしたと思っている。橘の婆様が付き添うものだとばかり思っていたのだが、年齢を考慮して若橘が付き添うことになった。あの若さで侍女として遠く離れた筑前へと下るのは、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 しかし、妹のように育った若橘は紅梅姫を気遣い付き従ってくれる。紅梅姫を一番理解してくれるのは、若橘だった。


 そしてついに筑前の重郷の元へとやって来たのだ。

 どんなに会いたかったことか、しかし重郷は出迎えにも顔を見せず、直ぐには会えなかった。

 正室が居るのは知っていた。だが京から遥々やって来たのだ、会いに来てくれても良さそうなものだった。若橘が怒りを露にするが、紅梅姫は重郷を責めたくはなかった。


 柏井の方に会い、どんなに重郷が柏井の方に気を遣っているのか、漸く理解出来た。そして重郷が紅梅姫が大内に情報を流すのではないかと、警戒していることも分かった。だから紅梅姫は待とうと思った。自分の気持ちを如何伝えても、重郷が心から信用しなければ本当の夫婦にはなれないと思った。


 皇后の岬で抱きしめられたとき、心臓が飛び出しそうだった。

 だが、婚礼の夜に帰っていった重郷を紅梅姫は恨んだ。何故、そうまで柏井の方の顔色を伺わなければならないのかと。身も心もとうに重郷に捧げるつもりで来ているのに、彼は婚礼の夜にそそくさと城へ帰っていったのだ。


 そんな苦しい思いを抱えて、陣山の丘で口づけをしたときは嬉しかった。心の中に溜まっていた苦しみが全て溶けて出ていくようだった。其の夜、重郷が泊まると言い出した時は胸が張り裂けるかと思った。


 忘れはしない、新枕の夜。若橘は自分の部屋へと戻っていった。

 あの時ばかりは若橘で良かったと思った。初めての夜に隣の部屋で控えられるのは、恥ずかしかったから。


「姫、さあ。怖がることは無い」

 無口で感情表現が下手な重郷ではあったが、紅梅姫はそんな重郷が好きだった。

 重郷には正室も子供も居るくらいだから、女性の扱いには慣れているようだが、紅梅姫は初めてのことで嬉しさと恥ずかしさで身体が震えていた。

 重郷は優しく抱き寄せ口づけをする。ゆっくりとだが、激しく紅梅姫を翻弄する。重郷についていくのに必死だったが、身体の芯に火が点いたようだった。何も知らなくても重郷に従えば大丈夫だという安心感で心が満たされる。白い紅梅姫の肌を重郷の唇が紅に染めていく。

 何時の間にか下紐も解かれ、重郷を受け入れていた。恋しい人を受け入れたという充実感と愛するが故の胸の苦しみが、紅梅姫を幾度となく襲う。その夜は眠る事無く重郷は紅梅姫を貪り尽くした。

 紅梅姫が翌日起き上がることが出来ない程だった。


 あの夜から何度重郷に抱かれたことか、もう片時も離れたくは無かった。次第に重郷無しで眠るのは寂しく、幾度泣いたことか。

 何度抱かれても飽きる事無く、重郷は紅梅姫を翻弄し続ける。昼間であろうと家臣や若橘の前であろうと、重郷は紅梅姫を抱き寄せ口づけをする。若橘に其の姿を見られるのが一番恥ずかしかった。

 しかし其の反面、紅梅姫は自由奔放な重郷が愛おしかった。例え何があろうとも、重郷から離れるつもりは無い。柏井の方が何と言おうと、重郷を愛し続ける覚悟は出来ている。




 明け方に目が覚め、酷く咳き込んだ。胸が苦しいが、若橘はまだ戻っていないようだった。若橘はこの様な時は部屋に戻らず、必ず控えていて紅梅姫の様子を見ているのが常だった。


 紅梅姫は枕元にある鈴を鳴らす。若橘が居なくても、誰か他の侍女が来る筈である。


 暫くして志乃が障子越しに声を掛ける。


「若橘はまだ戻らないのですか?」

「あっ、はい……お苦しくはありませんか、姫様」

「いいえ、大丈夫です。でも、この雨の中、何処に行ったのですか?」

「それが、お薬が見つからず、山に薬草を採りに出かけました」

「此の雨の中をですか? でも、まだ戻らぬのはおかしいでしょ? 如何して捜しに行かないのですか!」


 冷静な紅梅姫が少し声を荒げた。そして、酷く咳き込む。

 志乃は慌てて障子を開け、紅梅姫の背中を擦った。


「……大丈夫ですか、姫様。若橘様なら大丈夫です、沢村様が捜しに行かれましたから」

「……沢村様が? そうですか……」


 沢村が付き添っているなら大丈夫だろう、沢村が若橘を好いているのは直ぐに分かる。そういう事に疎い重郷でさえ気付くくらいだ。

 若橘が立場上、苦しんでいることも良く分かる。

 いずれ折を見て、重郷に頼んでみようかとも思っているのだ。この筑前まで不満一つ言う事無く付き従った若橘を、少しでも幸せにしてやりたかった。


 重郷に抱かれる度、若橘と沢村は如何なのだろうかと何時も気になる。若橘にも歓びを知って欲しかった。


 一晩中降り続いた雨も漸くあがり、外が少しづつ白み始め朝日が登ってきたのだった。




 









 

 

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