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19 続秋雨

 沢村は近くの猟師小屋へと若橘を運ぶ。幸いなことに、もう直ぐいのしし猟が始まる季節なので、小屋の中は掃除もしてあり宿泊の準備まで整えられていた。

 若橘を下ろすと沢村はまず刀を彼女の横に置き、慣れた手つきで囲炉裏の火をおこし湯を沸かし始めた。

「沢村様は器用なのですね」

 思わず漏れた若橘の言葉に沢村は苦笑した。

「当たり前だ、これでも戦に行くのだから。火もおこせるし、此処に干しいいが有る。此れで飢えも凌げる、後で炊こう」

 水がめの横に有る棚から取り出した干し飯の袋を若橘の側に置いた。

 そして桶に水を汲み若橘の履物を取り、汚れた足をすすぐ。


「沢村様、自分で致します。もう大丈夫ですから……うっ……」

 怪我をしている足を持ち上げられ、痛みが走り思わず声が出る。

「ほれ、このように腫れていては痛かろう」

 沢村は唇を歪め笑みを浮かべた。此れでは不本意ながらじっとしているより他無さそうである。


 そして次に沢村は板の間の上に置いてある葛籠つづらから、着物を取り出した。

「それよりその濡れた着物を乾かそう、此処に猟師の着物がある。此れで我慢してくれ」

 猟師用の古い着物だったが、洗って丁寧に畳まれていた。

「……此れをですか?」

「ああ、風邪をひく。古いが綺麗に洗ってある、何か不満か?」

「……いえ、不満などは……」

 沢村は若橘の戸惑いに気付いていない。

「なら、着替えなさい。髪も濡れておる、本当に風邪をひいてしまうぞ」

 沢村は若橘の髪を葛籠から取り出した手拭いで丁寧に拭き始めた。若橘の長く豊かな髪は雨に濡れ重くなっており、其れを手拭で挟んで叩きながら丁寧に拭いていく。

「沢村様も濡れておられます、お風邪をひきます」

「ああ、だが此れしきのこと、戦に行けば良くあることだ」


 沢村は若橘の髪を丁寧に撫でる。

「申し訳ありません……もう其のくらいで……」

「早く着物を乾かそう、さあ……」

「でも……」

 若橘は顔を赤く染める。此処で着替える訳にはいかない。

 やっと其のことに沢村も気付いたらしく

「……いや、気付かなかった……そうだ、なら一番上の着物だけ脱げばいい」

 戸惑う若橘を見て、沢村は笑った。


「そう意識されると此方のほうが恥ずかしくなるではないか、とにかく……」

 沢村は若橘の帯に手を掛けた。

 若橘は沢村の手に自分の手を掛け、動きを制止する。

「……わかりました、自分で致します」


 何時かの夜のように強引にではなく、労るように触れる沢村に若橘は胸が高鳴るのを感じていた。

 若橘が自ら帯を解き上に来ている小袖だけを脱ぐと、沢村は猟師の粗末な着物を若橘の肩に掛けた。


 そして沢村は自分も猟師の着物に着替える。

 その間、若橘は囲炉裏の火を見つめて沢村を見ないようにする。

 だがいくら視線を逸らしても、狭い猟師小屋の中で囲炉裏の火に照らされる沢村が見える。細く華奢に見えた沢村だが、以外にも鍛えられた身体をしていた。


 其の時、若橘は自分は沢村に会いたかったのだと思った。重郷が来ないのを心配していたのではなく、沢村に会いたかったのだ、其れを確信する。

 

「どれ、少し足を冷やしてやろう」

 手拭を濡らし、腫れた患部に当てる。

「うっ……」

 若橘から呻き声が出る。

「やはり痛むか? だが冷やすのが一番だ、少し我慢してくれ。やはり少し冷えてきたな、囲炉裏で暖まろうか」

 

 沢村は若橘を抱え上げた。若橘が「あっ」とこえを上げるが、沢村は動じる事無く囲炉裏の近くまで運び、下ろす。

「さあ、暫く暖まろう」


 沢村は後ろからそっと若橘を抱きしめた。一瞬若橘はぴくりとしたが拒むことが何故か出来ない。薄い着物越しに沢村の体温が伝わってくる。首に沢村の息が掛かり、余計に胸の鼓動が早くなる。

 振り返ろうとした時、沢村の抱きしめた手に力が入る。


「もう暫く、じっとして居てくれないか? 此れでも我慢しているんだが……」

「……」

「私は貴女を愛しいと思っている、だから貴女の気持ちが定まるまで待つと決めた」

「……申し訳ありません……でも、沢村様はご結婚なさらないのですか?」

「もう……しなくても良いと思っている」

「ですが、其れではお家が……」

「私は養子なのですよ、沢村の本家の三男で叔父の家に養子に出された。其の叔父も昨年亡くなったし、もう良いと思ってる、私は此のままで。たまたま、今の殿に気に入られておるが、何時どのようになるか分からぬ」

「……沢村様は……」

 若橘は言いかけて止めた。もうこれ以上沢村に深く関わるのが怖かった。


「貴女らしくない、言いかけて止めるものではない」

「……ですが……沢村様には女子の噂が絶えぬと聞きました」

「ほう、其れは翔太の情報か?」

「いっ、いえ……」


 其の時、沢村は若橘のうなじに唇を触れさせる、若橘は身体を硬くし思わず振り返り、沢村の顔を見る。沢村は何も言わずに振り返った若橘の顎に手を掛け上を向かせ、無言で若橘の唇に自分の唇を重ねる。そしてゆっくりと時間をかけて若橘の中に入っていく。そして着物の上から沢村の大きな手が若橘の胸を包む。其の時、若橘は沢村の腕の中で抵抗し離れようとした。


「……悪かった、待つと言っておきながら悪い事をした」


 そういうと若橘の額に手を当てる。

「やはり少し熱が出てきたようだ、結構、腫れていたからな」


 沢村は若橘の足を冷やしている手拭を水でもう一度濡らし、冷やす。

 外は雨が酷く降りだし風も強くなってきたようで、猟師達の粗末な小屋はガタガタと揺れていた。


「……沢村様、わたくしは草でございます、何れきっと沢村様のお邪魔になります……」

「随分と間抜けな草だがな」

 沢村は口を歪めた。

「其れは言わないで下さい、恥ずかしいのです、此れでも」

「さっきも申したとおり、私も如何なるのか分からん。殿もあのご気性故、何時如何なることか。もしかすると、先代の城主の弘家様のご嫡子に城主の座を譲ることになるかもしれんしな」

「……え? 其のようなお話があるのですか?」

「まあ、麻生家の内情だ。正当な流れからすれば、そうなる……其れより翔太とは幼馴染なのか?」

「……」

 若橘の様子をみて、沢村は優しく若橘の髪を撫でる。

「答えたくないなら答えなくて良い」

「……いえ、幼馴染みです。隼人とも」

「ああ、隼人とは、何時かの夜、貴女の部屋に潜んでいた男だな」

「……はい」

「翔太はあまり相手にしたくないな、強そうだ。だが、貴女は譲りたくない。翔太は許してくれるかな? 貴女とのことを……さあ其れより何か食べるかな?」

「いえ、今は何も食べられそうにありません」

「そうか? 私は腹が減ってきたぞ、干し飯を炊いてみるか。貴女も食べなさい」


 沢村は相変わらず、器用に干し飯を湯で柔らかく煮て味をつける。味といっても猟師が置いている塩だけだが。其れを椀に盛り、若橘に差し出した。





 

 


 


 

 

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