表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/67

16 薄野《すすきの》

 秋となり、重郷は予告どおりすすきを見に行こう、と誘った。

 たしかに、薄野は美しかった。

 金の穂が波を打つように風に揺られ、敷き詰められていた。


 馬を休ませ、重郷と紅梅姫は大きな石の上に腰を掛ける。重郷は紅梅姫の黒く艶やかな髪を撫で、其の手を腰に回し引き寄せた。

 紅梅姫も重郷の肩に頭をもたせかけ、秋の風を感じていた。

 祇園会の帰りの襲撃以来、重郷と紅梅姫は今まで以上に愛し合うようになった。

 其れは、柏井の方の目論見とは異なるもので、けっして此のままでは済まされないと誰もが思っている。

 柏井の方が、何時どのような手を使ってくるのか、問題ではあったが、今のところ穏やかな日々を送っていた。


「殿と姫様が仲睦まじいのは、家臣にとっても嬉しいことですよ」

 二人の様子を遠巻きに見ていた沢村は、眩しいのだろう、手をかざし午後の日差しを遮る。

 沢村の仕草に若橘は男の色気を感じ、どきりとした。

 

 此の頃になると重郷は、沢村一人だけを供にしていた。


「……ええ、でも仲が宜しいのを、柏井の方様は快くお思いでは有りませんでしょ?」

「勿論です、どう仕掛けてくるかですよ……」

「また刺客を向けられるでしょうか?」

「まさか、この前、失敗をして反対に絆を深められたのです。そう同じ失敗はしないでしょ」

「ところで、沢原様のお怪我は如何ですか?」

「さあ、右手が使い物にならないことを隠しておいでだが……貴女の正体は、ばれていると思いますよ。如何して、翔太はきちんと命を奪っておかなかったのか、わたしには分かりません」

「……」

「いや、口が過ぎました、翔太を非難するつもりはありません」

 沢村は潔く謝る。

 

 たしかに彼の言うとおり、殺してしまえば良かったのだろうが、刺客の任を果たせなかった沢原市衛門が、事の仔細を話すことは無いと翔太は踏んでいた。其れは沢村にも分かっていることだ。

 家臣が自分の主君の側室をあやめるわけで、けっして表沙汰に出来る事では無い。

 

 もし、沢原を殺してその嫌疑が若橘や他の者に掛かっては、と翔太が気を回したのだ。


「とにかく、何か不穏な動きがあれば、お知らせ致します。わたしは今まで、あのように女人を愛されている殿を見たことがございません。もし、姫様に何かあれば、ただ事では済まされません。殿のご気性を考えると、其の怒りは周りの者に向けられます。皆、迷惑です」

「迷惑だなんて……如何して、沢村様は其のような言い方しかなさらないのですか」

「おお、わたしを叱るのですか?」

「いえ、叱るだなんて……」

「やはり、わたしは貴女が愛おしい……」


 そう言うと沢村は立ったまま、若橘を抱き寄せた。

 何時もなら此処で沢村を突き放すのだが、何故か体に力が入らない。


「沢村様、お離し下さい……」

「うん? 離して欲しいのであれば、逃げれば良いではありませんか……わたしは、そんなに力は入れていませんよ……」

 

 沢村はまるで若橘を試すように、抱く手に少しだけ力を入れる。

 若橘はぴくりとしたが、自分の身体の力が次第に抜けていくのを感じた。

 

 だが其れも束の間だった。


「……今しばらく、此のままで居たいのだが、殿がお呼びのようだ。行こう。」


 沢村は若橘の手を取り、呼んでいる重郷と紅梅姫のもとへと向かう。


「若橘、沢村様と仲が良いのね」

 紅梅姫は二人の繋がれた手を見る。


 若橘は沢村の手から自分の手を引き抜く。自分の顔が熱をもち、赤くなるのが分かる。


「姫、其のようにからかうものでは無いぞ、ほれ、顔を赤くしておるではないか」

 重郷は上機嫌に笑った。


「まあ殿、其のように言われましては、若橘が可哀相です、気付かない振りをするものです」

「そうであった、そうであった」


 気難しい重郷が紅梅姫の言葉に笑う。

 どれほど紅梅姫と重郷が溶け合っているかが分かる。


 近頃では、余程の用が無い限り重郷は夜は城へは戻らず、紅梅姫の屋敷に泊まっていた。


 つまり、沢村も毎日のように、屋敷に泊まるのである。

 此れには、若橘も苦慮した。

 

 たまに若橘の部屋へと入り込むのである。

 如何にか事無きを得、いつも部屋から追い出す。

 其れを繰り返していた。


「沢村様、また此処においでですか?」

 灯りを持って若橘が現れる。

 部屋にある燭台に火を灯そうとした時、沢村は自分の息で火を消した。

 暗闇である。

 若橘は持って来た燭台を置いた。


「沢村様、此れでは見えません」

「見えないほうが良い……」


 沢村は若橘の胸に挿した懐剣を引き抜き、鞘ごと放り投げた。

「何をなさるのです! いくら沢村様でも怒りますよ」

「油断するからです、だが、怒った顔も良い……今日はまだ、翔太は来ていないようだ」


 沢村は両手の指を若橘の指に絡ませ、若橘に口づけをする。

 其れは何時かの夜のようでは無く、ゆっくりと深く、若橘の中に入り込むように。

 若橘から苦しそうな息が漏れる。


 逃れようと思えば逃れられるかもしれない、しかし、其れは若橘の意思に反するものだった。

 昼間の重郷と紅梅姫の仲睦まじいところを見せ付けられ、沢村は我慢できないようだった。

 其れは若橘も同じだった。

 

 次第に押し倒され、沢村が帯を解く。 

 衣擦れの音が夜の静寂に響く。


 其の時、障子越しに志乃の声がした。


「若橘様、姫様がお呼びでございます」と。


 そう、一線を越えてはならないと、志乃が釘を刺しに来たのであった。

 紅梅姫は今頃、重郷と睦んでいる筈である。

 呼ぶ筈は無い。


 二人とも着物を整え、若橘は一人で部屋を出た。




 

 

 

 


 


 

 


 

 








 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ