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15 続々祇園会

 翔太の言葉に若橘は、はっとして振り返った。

 

 其処には目の前の様子に立ち尽くす沢村が居り、若橘は視線を合わせることをためらう。

 

 そして、とっさに若橘は翔太から離れようとした。


 次の瞬間、翔太が若橘の手首を掴む。

「……おまえ、如何した?」

「離してくれ……翔太……」


 力の無い声が若橘から漏れる。


「翔太というのか、若橘を離してやってくれ。今、若橘は揺れ動いている、其れは誰も止められない」

「……っ!! てめえ、若橘に何をした? その自身過剰な態度はどうあっても、許せねえな! 若橘、あっちへ行ってろ!」

 

 翔太は若橘を突き放すと、鎌を構え、分銅をゆっくりと回し始める。


「……翔太?」

 いつもと違う険しい顔をした翔太を、若橘は初めて見た。


 沢村も刀のつかに手を掛け、端整な顔に苦い表情を浮かべている。

 

 じりじりと二人とも自分の体勢を作り始める。


 若橘の頭の中で、止めなければ、という焦りだけが先に立つ。

「……翔太、止めてよ、ねえ、如何したの?」


 近付こうとする若橘に翔太は声を荒げた。

「あっちへ行ってろ、邪魔だ! これは俺とこいつの問題だ、俺はこういう侍が一番嫌いなんだ!」

「……草か、このままでは貴女は草から抜けられない」

 沢村は翔太を見据えたままだ。


「……草から抜ける? 出来ません、其れは……きっと私には出来ません」

 思いもかけない沢村の言葉に、乾いた涙がまた、若橘の目から零れ落ちた。


「若橘の心を持て遊ぶんじゃ無い! 女なんて幾らでもいるだろ? 何も若橘でなくてもいいじゃないか、姫様の侍女だから利用価値があるってえのか?」

「最初はわたしもそう思った、だが、如何しても、彼女だけは諦めがつかないんだ……」


「沢村様……」


 沢村の言葉に嘘は無い様だった。

 いや、そう思えるほど、沢村は若橘の中に浸透していた。


 沢村が刀を抜く。だが、其れを待っていたかのように、翔太の鎖のついた分銅が沢村の刀に巻きついた。

 緊迫した空気が流れる。

 どちらも力を抜こうとはせず、長い時が流れた。


 暫くしたとき、小刀が飛んできて翔太の鎖が切れた。

 そして二人の間にもう一人頭巾を被った黒装束の男が現れる。


「もう、止めとけ、翔太。今、やる事ではない」

 隼人の声だった。

 翔太の目が血走る。


「何をするんだ、そこを退くんだ! こいつだけは許せねえ!!」


「……あんた、この前、若橘殿の部屋にいた?」

 沢村は声の主に気付いたようだった。


「ああ、分かってたんだろ? 俺が居たこと。だが、俺は翔太のように無粋じゃない、とはいっても、翔太は若橘に惚れてるからな……こんな事をするんだ。自分の能力を仕事以外に使うな!! おまえは馬鹿か!」


 隼人は翔太を罵倒し、両手に長短の刀を握って、両方に睨みを効かす。


「……分かった、止めておこう」

 沢村はそう言うと、刀を鞘に収めた。


「姫様もお目覚めのようだ、城から人を呼ぶ、ここの跡始末は私がやっておく」


 それを聞いた隼人は翔太に刀を突きつけ、

「行くぞ、翔太。早く、武器を収めろ! 引き上げるぞ!!」

 と言うと、自分も刀を鞘に収める。


「……隼人、若橘の部屋でって、どういうことだ? おい、隼人……」

「もう帰るぞ、男の嫉妬はみっともない!!」


 翔太はむっとした顔をした。

「嫉妬などしておらん! どういうことだ?」

「まあ、そういうことだ……若橘、後のことは任せたからな」


 そういうと動かぬ翔太の肩を小突いた。


「分かった……翔太、今日はもう帰ってくれ、私にも分からないんだ、自分のことが……」

「……」

「翔太、ずるいんだ、女は……なあ、若橘」

 上手くまとめた隼人に

「ああ」

 と若橘は笑った。

 

 隼人はそうやって、いつも翔太を丸め込む。

 いつも理にかなっている訳ではないのだが、そこが隼人らしかった。

 そしてその隼人に巻かれる翔太も愛らしかった。


 二人が去り、気がついた紅梅姫が其処にいた。


「姫様、大丈夫ですか?」

「……ええ、どうしたのですか?」

「もう大丈夫です、襲われましたが、沢村様が助けて下さいました」

「まあ、沢村様が? ありがとうございました」


 紅梅姫は若橘に抱えられるようにして、立ち上がった。

 沢村はばつが悪そうだった。


「……いえ、姫様がご無事で何よりです」


「でも、どうして沢村様が?」

 紅梅姫はいぶかしむように、沢村を見る。


「はい、城へ戻りますと花姫様はもうお元気になられた、というではありませんか。其れで、不審に思いまして、祇園舎へ参ったのですが、姫様はもうお帰りになれたとのことで、此処まで追いかけて参りました」

「そうでしたか、ご心配をおかけ致しました」


 今の沢村の話は本当だろう。とすれば、やはり其処には、柏井の方の姿が見え隠れする。

 

「沢村様、此処からは歩いて帰ります」


 若橘の申し出に沢村は「城から人を呼んで来るので、此処で待っていて欲しい」と言ったが、今、沢村から離れるほうが危なかった。

「出来るなら、沢村に屋敷へ送って欲しい」という若橘の申し出を沢村は快諾し、二人を警護しながら、屋敷まで送った。

 

 そして、城へ戻り、事の仔細を報告し、後の始末をしてくれた。


 

 

 やはり、刺客を向けられた。

 女の悋気というものの恐ろしさを感じる。

 これでは、いづれ、何かまた仕掛けてくることだろ。

 

 結局、この事件が逆に作用することになる。

 事件以来、重郷は紅梅姫の許を訪れるのが日課となり、より一層、愛し始める。


 其れが柏井の方の感情を逆撫でしたのは言うまでも無いことだった。


 



 


 









 

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