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9 柏井の方

 翌日、城から呼び出しがあった。

 若橘は直ぐに紅梅姫の用意を整え、京よりの土産を携え、城へと上がった。


 謁見の間へと通される。

 冷たい空気が部屋を包み、春であると謂うのに寒いくらいであった。

 紅梅姫は背筋を伸ばし、ぴくりとも動かず、殿の御成りを待つ。後ろに座る若橘には紅梅姫の緊張が伝わってくる。どの位の時間が経過したのだろうか、午前に屋敷を出たのだが、もう直ぐ夕方になろうか、と謂う頃、漸く重郷が姿を現し、その後ろには正室であろう、柏井の方が入って来た。


「待たせたのう」

 重郷は昨日とは打って変わって厳しい表情だった。

 

 紅梅姫は手を付き、頭を下げ、若橘も此れに習う。


「表を上げよ」という重郷の言葉に、俯き加減で姿勢を正す。

 そして重郷は

「わざわざ、京より土産を持参して参ったのだな、礼を申すぞ」

 と言い、柏井の方へと目をやった。

 あまり顔を上げない体制なので、柏井の方の表情が良く見えないが、快く思っていないのは良く分かる。


「でも、此方でも手に入るものばかりです、わざわざ持参して戴かなくとも、宜しい物ばかりでした」

「申し訳ございません、気が利かぬ事とはいえ、お許し下さい」

 若橘は間髪を入れずに侘びを入れた。


「まあ、良いではないか、京の品物は美しい……」

「殿!! 殿が其のように甘やかされるから、城下では皆の笑いものです!! まだ婚礼の儀も行っておりませんのに、馬になど乗り領内の見物など、はしたない!!」


 かなり痛烈なものだった。

 重郷の顔色まで良くない、紅梅姫の背中が小刻みに揺れているようだった。


 其れでも怒りが治まらなかったのか、柏井の方は続ける。

「公家の姫と聞き、殿に対してもう少し気遣いが有ると思っておりましたのに、此れではその辺の百姓の娘と変わりはありません……」


「止さぬか、其のくらいでもう良いではないか、こうしてこの城へ上がって来てくれたのだ……」

「大内家の養女でしたね、殿は大内家とも手を結びたいのでしょう? ご自分の娘と変わらぬような小娘を御側室になさるなど、余程、大内家を恐れておられると……」

「もう良い、下がれ!! 柏井、政に口を挟むでない!」

「何と申されます、大友の兄上が聞きましたら、たいそう腹を立てることでしょうよ!! わたくしは殿の為に申し上げているのです」


 柏井の方はけっして重郷に引く事無く、対等に物を言う。

 柏井の方の気の強さを目の当たりにして、紅梅姫の緊張は極限に達していた。若橘は覚悟はしていたものの、場の居心地の悪さに辟易した。


「もう良い、分かった、そちの言いたいことは良く分かっておる、兎に角、明日、祝言を挙げる、良いな、沢村!!」

 行き処の無い怒りは、沢村へと向けられる。

「其処で何をしておる!! 早く支度にかかれ!!」

 重郷は怒鳴り散らす。


 聞きしに勝る正室であった。

 しかも大友家の姫であり、大内家とは確執が有り、穏やかな関係では無かった。

 其処の関係は京で翔太や隼人から聞かされ、了承済みだったが、此処までの言われようには、平常心を保つ事は出来なかった。

 若橘の身体から、血の気が引いた。


 


 結局、姫と共に屋敷へと逃げるように帰った。

 紅梅姫は「仕方が無い」としか言わず、その日の夕餉には箸を付けられなかった。


 


 そして夜に沢村が訪ねて来た。

 明日の打ち合わせに訪れたのである。


 二人きりで会って、昼間の事を正したかった。

 あのままでは、治まりがつかなかった。

「沢村殿、柏井の方にああ言われては、姫様の立つ瀬がございません、もう二度とお城へは参上致しません、その旨、殿にお伝え下さい」

「私に言われましても……殿とて御正室の意向を無視出来ません、致し方ございません」

 沢村は何喰わぬ顔で言ってのける。


「幾ら側室とはいえ、姫様とて大内家の御養女です、軽んじられては、大内家の恥と成ります、その旨お含み下さい」

 若橘は少し強気で言ってみた。

 すると

「まあ、御正室も御側室もどちらも殿にしてみれば、政略の為の道具、ましてや御側室はお立場が弱い、こうなる事は覚悟して御輿入れされたのでしょう?」

 とにやりと笑った。

「ところで、若橘殿、此の前のお話ですが、答えは出ましたか?」

「……」

「ほう、御自分の都合の悪い事はお話になりたくないようですね……まあ、良いでしょう、明日の婚礼の夜にでもゆっくり、お返事いただければ、殿も此方のお屋敷に泊まられる筈ですから」

 沢村は意味ありげに笑った。


「……兎に角、姫様がこれ以上ご心痛なさらぬよう、もう少し気を配って下さい」

 

「分かりましたよ、若橘殿、夕刻に形だけの儀式をするよう手配しております、あとは紅梅姫様がどのくらい殿を惹きつけられるか、ですよ」

 そう言うと、若橘の手を握り手の甲にいきなり接吻した。

 若橘は沢村の頬を平手で打ちつけた。

 ばしっと乾いた音がする。

「何をするのです!! 人を呼びますよ!」


 沢村は打たれた頬を擦りながら、

「面白い人だ、此れからが楽しみですね……あなたもご自分の立場をもう少し考えられたほうが良い」

 と言うと、口を歪めて笑ってみせた。

 

 

 

 




 





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