序
このような運命を辿ろうとは、神も仏も無いものか、若橘は涙が枯れるほど泣いた。
どんなに泣こうと枯れることの無い涙、しかし、其れも三日も経てば怒りへと変わる。果たして自分は何に対して腹を立てているのか、きっと自分自身に対するものが一番大きいと頭では分かってはいる。
だが、其れを如何したら消化出来るのか、己自身に問う事を恐れていた。
彼女はその場で自ら髪を落とし、尼となった。
姫の亡骸は直ぐに埋葬された。そして其処には重郷の姿は無かった。若橘は姫の遺品の整理も儘ならぬほど時間を与えられずに、屋敷を追われた。
屋敷から少し離れた、小川の近くの庵に身を寄せる。其処で小さな仏像と姫の位牌に線香と花を手向け、静かに過ごそうと思った。だが、やはり怒りは治まらなかった。
柏井の方の策に嵌ったのは明らかである。自分の落ち度でもある、姫を失った悲しみと後悔が交互に彼女を責めていた。
「若橘、おまえの顔、見てられねえなァ、ひでぇ顔だぜ」
一日に何度も心配して訪ねてくれる翔太は悪態をつく事で、何時もの若橘を取り戻そうとしていた。
だが、まだ若橘にはそんな余裕は無い。
「尼になったんじゃあ、面白くねえだろ? 早く、還俗しろよ」
「……翔太、わたしがどれ程悲しんでいるのか、分かって言っているのか?」
「ああ、だが……そんなに自分の感情に溺れていては何も出来はしないぞ……まあ、俺は如何でも良いが……」
「……!?」
翔太の其の投げやりな言い方に、若橘はハッとした。
「……そうだろ? なあ、若橘、まだやる事は残ってるんだ、誰も此のままにしろとは言ってない、俺達が手伝うからさ……」
其の瞬間、若橘から涙が消える。
もう少し、そうもう少し、やらなくてはならない事が残っているのだと。
庵の横の小川のせせらぎは止まる事も無く、木漏れ日をきらきらと反射させながら、穏やかに流れていた。
面倒な方は5話の飛幡の浦からでも内容は分かると思います。
背後関係はその内読んで下さい。
もっと面倒な人は、21話の思ひ出を読んでください。そのへんからでも分かります。