愛する第五王子との結婚を形だけにはさせません!
「この結婚は形だけのものにしたいと思っています」
盛大な結婚式を終えた夜。二人きりになった部屋で、クレアは結婚相手のウォルターからそう告げられ、椅子に座ったまま硬直した。
「え……?」
戸惑うクレアに、ウォルターは端整な顔を伏せたまま淡々と話し続ける。
「私はなんの取り柄もない、王位継承権からも遠い第五王子です。政略結婚だとしても、救国の聖女と称えられた貴女には到底釣り合いません」
「王位継承権から遠い……?」
「はい、第五王子ですので」
ウォルターが顔を上げると、なぜか夜着のままクレアが部屋から出て行こうとしていた。
「そんな格好でどこに行くのですか?」
さすがに名目上の妻でも、薄着で城を徘徊するのは異常事態である。ウォルターが声をかけると、クレアは勢いよく振り返った。
「王位継承権から遠いことが結婚の障壁なのでしたら、取り除こうかと思いまして!」
「……はい?」
今度はウォルターが戸惑う番だった。クレアは聖女らしい可憐で清楚な美貌に、得意げな笑みを浮かべる。
「これから国王陛下にウォルター殿下を王太子に据えるよう、お願いしに参ります!」
薄い夜着のままクレアが部屋から飛び出す寸前で、ウォルターは華奢な腕を掴んだ。
壊れそうな白く細い腕の持ち主が、不思議そうにウォルターを見上げる。
「ウォルター殿下? どうなさいましたか?」
「ちょっと待ってください、聖女様」
「結婚したので! クレアとお呼びくださいませ!」
見かけによらず張りのある声で名前呼びを要求するクレアに、ウォルターはどこから突っ込もうかと視線を彷徨わせた。
「……クレア様は、無理やり私に嫁がされたのではないのですか?」
「無理やりに嫁ぐ? とは?」
「この国を救った聖女を、王国に囲い込むために私と結婚させられたのでしょう?」
ウォルターは、未曾有の大災害からこの国を護り、国境を越えてきた隣国の兵を一網打尽にしたというクレアの功績を思い返す。
クレアはウォルターの言葉を聞いて、大きな瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。
「まさか! 何をおっしゃるのです! わたくしの功績の褒賞として、ウォルター殿下との結婚を望みましたの!」
「……は?」
「五年前のダンスパーティーで、靴擦れをしたわたくしを助けてくださったウォルター殿下に一目惚れしまして!」
呆然とクレアを見下ろすウォルターに対し、彼女は恍惚とした表情で頬を赤く染める。
(五年前のダンスパーティー……?)
ウォルターは慌てて記憶の奥底から該当のダンスパーティーを引っ張り出した。確かに言われてみれば、五年ほど前、泣いていた貴族の令嬢に回復魔法をかけた覚えがある。
「わたくし、自分よりも年下の素敵な殿方に助けていただいて、本当に嬉しかったのですわ。その折に、聖女の力に目覚めまして!」
「聖女の力に目覚めた?」
鸚鵡返しに問い返すと、クレアはえっへんと可愛らしく胸を張る。
「ウォルター殿下に助けていただいた喜びから、わたくしも殿下を助けたいと願いましたら、神が力を授けてくださいました!」
「……」
「そうしましたら、未曾有の大災害がこの国を襲ったではありませんか! わたくし、殿下をお守りせねばと頑張りましたの!」
果たして、頑張りだけで国中を覆う聖なる結界が張れるものだろうか。
「災害が治まったと思いましたら、不届きな隣国の兵が王城を目指しているではありませんか! わたくし、殿下が攫われてしまったらと想像するだけで胸が苦しくなって、その勢いでうっかり一網打尽にしてしまいましたの!」
勢いとうっかりで一網打尽にされた隣国の兵はどう思ったのだろうか。
「ようやくすべてが片付いたと、国王陛下がなんでも望むものを褒賞にとおっしゃってくださいまして! 遠慮なくウォルター殿下と結婚したいと申しましたわ!」
あまりに予想外すぎるクレアの壮大な話に、ウォルターはよろけて彼女の腕を離してしまった。その隙に大きく扉を開いてクレアが廊下へ走り出す。
「では、国王陛下に追加の褒賞として、ウォルター殿下の立太子を望んで参りますね!」
「待ってください……!」
ウォルターがクレアのあとを追って廊下に出ると、もうすでに聖女は遙か彼方を駆けていた。
そして、夜着の聖女の迫力に押された国王が、ウォルターの立太子を即座に承認した。
◇ ◇ ◇
「これで形だけの結婚でなくても良いですわよね?」
兄四人を飛び越え、圧倒的な聖女パワーで王太子となったウォルターは万雷の拍手を浴びながら「どうしてこうなった」と頭を抱えたい衝動を抑え込んだ。
「聖女様が決死の覚悟で望んだことだからなあ。叶えないわけにはいかないだろう? もう即位するか?」
とんでもない父親の提案に、ウォルターは恐れおののいた。
「いえ、即位ってそんな簡単に決められることなのですか? 兄上たちも私が王太子になってもよろしいのですか?」
「うちの王位継承権は実力で決まるって知らなかったのか? お前は救国の聖女を目覚めさせた、兄弟で随一の実力者なんだぞ」
いやあ、お前がいなければ国が滅びていたわー、と頷く兄たちにウォルターは絶句する。
(私は……ご令嬢の靴擦れを治す程度の回復魔法しか使っていないのですが……)
ウォルターは多少の回復魔法を使えるが、それが規格外の聖女を目覚めさせるきっかけになるなんて、夢にも思っていなかった。
隣で民衆の拍手に笑顔で応えていたクレアが、固い意志を秘めた瞳でウォルターを見上げる。
「ウォルター殿下。わたくし、まだお返事を聞いておりませんわ。至らないところがありましたら改善しますので、どうか本当の妻にしてくださいませ!」
改めてウォルターはクレアを見つめる。これほど真っ直ぐに自分を求めてくれた女性は、今まで誰もいなかった。
見た目は清楚で可憐な聖女を体現したような彼女は、容姿とは正反対に過激な行動派であり、突飛な思考にはウォルターがついていけない部分もあるけれども。
「はっ! 西の火山があと半刻で噴火してしまいます! 火の粉がウォルター殿下に降りかからないよう、ちょっと鎮めて参りますね!」
「あっ、クレア様! お待ちください!」
ドレス姿のまま城壁に足をかけて、飛び立とうとするクレアをウォルターは引き留めた。そのまま軽く唇を重ねる。
「行ってらっしゃい、愛しい貴女。無茶はしないでくださいね。まだ新婚なのですから」
クレアが自分を大切に想ってくれる心は、十分すぎるほど伝わってきたから。照れながらウォルターがクレアに手を振ると、聖女は驚いた表情で全身を発光させた。
「そ、それは、つまり……!」
七色の光を明滅させるクレアは、顔を真っ赤にして上空へ舞い上がると、西に向かって雷撃を放った。噴火を瞬時に鎮めたらしい。
「ウォルター殿下……!」
再び城に降り立ったクレアに、ウォルターは優しく微笑みかける。すると発光する聖女に勢いよく抱きつかれた。
「よかった、わたくし、これから本当の妻として、一生ウォルター殿下をお守りしますね……!」
えぐえぐと泣くクレアを抱きしめ返しながら、ウォルターは悪戯っぽく笑った。
「私も一生、クレア様を大切にします。ですから、勢いで行動せず、まずは落ち着いて私に相談してくださいね」
そうしてのちに暴走聖女と猛獣使い王子と呼ばれた二人は、末永く愛し合って、平和に暮らしたのだった。




