第一話:覚醒
朝。
目を開けた瞬間、違和感があった。
天井のシミでも、カーテンの隙間から差し込む光でもない。
視界のど真ん中に、それは浮かんでいた。
プレイヤー登録完了
名前:九条 貴教
レベル:1
職業:なし
「……は?」
寝起きの頭では理解が追いつかない。
手を伸ばす。
当然、空気しか掴めない。
だが“それ”は逃げなかった。
触れた瞬間、波紋のように揺れる。
現実じゃない。
そう思いたいのに、異様なほど“手応え”がある。
その時だった。
外から、短い悲鳴。
「……っ!」
九条 貴教は反射的にベッドから飛び起きた。
靴も履かずに玄関を開ける。
そして見た。
住宅街の公園。
いつもなら子どもが遊んでいるはずの場所に、“それ”はいた。
灰色の獣。
犬より大きい体。
だが骨格はどこか歪で、筋肉が不自然に盛り上がっている。
「グルルル……」
唸り声の上に、文字が浮かぶ。
スライムウルフ Lv.2
「……ゲームじゃないのかよ」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
逃げようとした瞬間、新たなウィンドウが開く。
初心者ミッション
スライムウルフを1体討伐せよ
報酬:レベルアップ
「無茶だろ……!」
だが、その視界の端。
ベンチの下に、小さな影。
小学生くらいの子どもが、動けずに固まっている。
“あれが現実だ”と理解した瞬間、体が先に動いた。
九条 貴教は鉄柵の根元に落ちていた金属パイプを掴む。
冷たい。
重い。
ただのゴミだ。
それでも、今はそれしかない。
「来い……!」
スライムウルフが地面を蹴る。
速い。
獣の速度じゃない。
九条はギリギリで横に転がるように回避し、反射で振るう。
カン!
手応えはあった。
しかし──軽い。
「効いてない……!」
獣の目がこちらを捉える。
次の瞬間、牙が迫る。
その刹那。
視界に文字が走る。
スキル獲得
【観察 Lv.1】
世界が“少しだけ静かになる”。
音が薄くなるわけじゃない。
“意味のある情報だけが浮かび上がる”感覚。
狼の体の中に、赤い点が見えた。
首の付け根。
そこだけ、異様に“脆い”。
「そこか!」
九条は息を止めた。
恐怖を振り切るためじゃない。
余計な思考を削るためだ。
一歩。
もう一歩。
そして、振り下ろす。
ドゴッ!!
金属パイプが、確かに“そこ”を捉えた。
スライムウルフは一瞬だけ痙攣し、光の粒になって崩れ落ちた。
静寂。
電子音が鳴る。
レベルアップ!
Lv.1 → Lv.2
体の奥から、熱が溢れる。
傷が消えていく。
息切れが消える。
さっきまでの恐怖すら、どこか遠くなる。
「……これが、レベルアップ?」
現実感が薄い。
だが、掌の感覚だけは確かだった。
“強くなっている”。
その日の夜。
家に戻った九条の目の前に、新しいウィンドウが開く。
ステータス
名前:九条 貴教
レベル:2
HP:20 → 35
筋力:8 → 13
敏捷:7 → 12
魔力:0 → 5
スキルポイント:3
「振り分け……できるのか」
その瞬間、世界中に響くような“声”が鳴った。
第1エリア開放
24時間後、初級ボスが出現します
テレビが勝手につく。
スマホも同じ画面。
ニュースキャスターの顔は青ざめている。
「繰り返します。これは演出ではありません」
街の空気が変わった。
人々は外を見なくなった。
カーテンが閉じられる音が、あちこちで響く。
翌日。
九条はレベル5になっていた。
理由は単純だった。
“戦える場所が、世界中にあったからだ”。
駅前の異形。
地下道の影。
廃ビルの上層階。
倒すたびに、体が軽くなる。
理解が速くなる。
そして——怖さが薄れる。
廃ショッピングモール。
電気は止まり、ガラスは割れ、風が吹き抜けるだけの空間。
その最奥に、それはあった。
巨大な扉。
ボスルーム
九条は木刀を握る。
「ここだな」
誰に言うでもなく呟く。
そして、扉を押した。
重い。
だが、開く。
中は“空間そのものが歪んでいた”。
そして、そこにいた。
三メートルの鬼。
皮膚は岩のように硬く、腕は柱のように太い。
オーガキング Lv.15
一歩踏み出しただけで床が軋む。
普通なら、近づくだけで死ぬ。
だが九条は──笑った。
「レベルがあるなら」
木刀を構える。
「上げればいい」
その瞬間、オーガキングが動いた。
空気が裂ける。
世界が戦闘用に切り替わる音がした。
そして、戦いが始まる。




