「出会い」1
彼の名は竜、神の秘密なり
我ら全生命の頭なり
彼が父は光
彼が母は闇
彼の名は竜、この世に来たり
竜は神なり
神は竜なり
完全なる理が来たぞ、全ての理なり
全ての生命よ、歓喜せよ
神の封印が来たぞ
真実の体現であるぞ
跪け
来たぞ、来たぞ
深淵の闇を引き連れ
未来永劫の光がやって来たぞ
「名も無き詩人の讃竜歌」より
(珍しいことだな、アセリナ)
「放っておいて」
耳には聞こえぬ声がアセリナに話し掛けた。アセリナが不機嫌に返事をすると、声は楽しげに笑った。
(いやいや、私は喜んでいるのだ)
「何を?」
アセリナが訝しげに聞き返す。
(お前の心は私の心だ。もう少し素直に喜んだらどうだ?)
アセリナは眉間に深い皺を寄せ、沈黙するだけだった。声はそんなアセリナに構うことなく、笑みを含みながら呟くのだった。
(……まあ、なんにしろ、これで少しは退屈な時間が紛れるというものだ……)
「逃げられたようだな」
ワザンの問い掛けにエミリアは唇を噛み締め、黙って首を縦に振った。
「功を急いたな、エミリア。あの銀髪鬼を相手にその人数で戦っては、逃がしてしまうのも仕方があるまい。むしろ返り討ちに遭わずよく追い詰めたものだ。まあ……つまらぬ詮索をする輩も増えるだろうがな」
幕舎の天幕は薄暮を映して紫色に染まっていた。ワザンは椅子に座り、手にした酒杯を弄びながら、エミリアの報告を受けていた。
「もっとも、あの男が私の下にいる今のお前などに興味は持つまい。その点は信用している。安心しろ」
ワザンの皮肉にエミリアはただ耐える他なかった。五人の死傷者を出しながら、九つの首級を上げても、その中にエルナンの首がなければ、兄妹という抗い難い事実のみが、エミリアの全ての評価を決定付けてしまうのだった。
「それにジャミルの死体も上がらなかったようだな?」
エミリアはさらにうつむいた。河に流されたのだろう、燃え焦げた死体の中にジャミルの亡骸は見つからなかった。
「ですが、矢傷も負っています。それで河に流されたのです。万に一つも……」
エミリアは弁明をしながら、自分の言葉の歯切れの悪さに苛立っていた。
エミリアは火球がジャミルに直撃する直前、一人の騎士が火球の前に立ちはだかり、ジャミルをかばうのを見ていた。
(火球は直撃しなかった……)
この事実が頭にあるエミリアの弁明には、「万に一つ」の可能性を否定する根拠が決定的に欠けていた。
「陛下は首をお求めだ」
エミリアの弁明をワザンは一言で断ち切った。一呼吸の沈黙の後、ワザンは苦笑混じりに言った。
「陛下はフォルラン王子の首を蜜蝋で固めて寝室に飾っていると聞く。趣味の善し悪しなど我らの関する問題ではないが、首のあるなしは大いに我らに関する問題だと思わんかね?」
言わんとすることを捉えかねたエミリアはすぐに反応ができなかった。ワザンは酒杯を机に置いて立ち上がると、エミリアに背を向けながら言葉を重ねた。
「ジャミルの生死などどうでもいいのだ。問題は我らが持って帰る手柄の有無だ」
ワザンは侍従にランプを点けさせた。気付けば天幕にはだいぶ暗闇が忍び込んでいた。
「さて」
ワザンは地図を持ち出すと机上に大きく広げた。
「あの河の下流となると、なかなか厄介な場所だな」
ワザンはジャミルの生死を確認するためではなく、その首を刈り取るためにジャミルを捜索するつもりのようだった。ワザンの真意にようやく思い至ったエミリアは、奥歯を強く噛み締めた。
(逃げたエルナンを追うよりも、死体の首を取る方が容易ということか……)
最大の首級エルナンを逃した今、代わりの手柄を確実なものとする必要が生じていた。それはエミリアの評価はおろか、この軍の指揮官であるワザンの地位にも影響を与える問題であった。
(尻拭い――)
その言葉が浮かんだ時、エミリアは自分の力不足を激しく呪った。そして責任を自分に押し付けようとすればできるワザンがそれをしないことに、エミリアの心情は屈辱にまみれた。
(……これでは借りを返すどころか、貸しを増やすばかりではないか!)
エミリアが震える手を固く握り締めていることを横目に見ながら、ワザンは一切それに構わず地図に指を走らせた。
「魔女の森か……」
地図に書かれた地名を読みながら、ワザンは顎髭をしごいた。