「翻弄される者たち」6
(な、なんだ? 兄妹喧嘩か?)
銀髪を振り乱して戦う美男と美女の目まぐるしい剣と演算の応酬に、ジャミルは目をしばたたかせた。漏れ聞こえる会話から二人が兄妹らしいということはわかったが、なぜその二人が殺し合っているのかまではわからなかった。
(これだから貴族って奴は――)
見た目の美しさ以上に血生臭い二人の戦いは、次第に女の劣勢に傾いていった。
「――なった訳ではない!」
二人は何事かを言い合い、最後に女が叫んだ次の瞬間、女の美しい顔がこの世のものとは思えないほどに醜く歪み、その動きが固まった。
ジャミルはその表情を知っていた。その歪みは森でジャミルがエルナンを睨んだときの表情と同じものだった。ジャミルが思わず身を乗り出した時、エルナンの小剣が女の首を目掛けて飛んだ。
「あっ」
瞬間、目を閉じたジャミルは首を失った女の死体が倒れる姿を想像した。しかし閉じた視界に聞こえたのは、女の倒れる音ではなく、女の声と斬り結ぶ剣戟の響きだった。
「ジャック!」
恐る恐る目を開けたジャミルが見たのは、エルナンが銀髪の女を含めた三人の剣士相手に剣を奮う姿だった。さらに二人の射手が離れた場所から援護の射撃を加えている。女の仲間が助けに入ったのだ。ジャミルは安堵とともに不安が心の底からはい上がってくるのを感じた。
(あいつがやられて、ここで全滅したとき、あいつの言葉がハッタリでなかったら……)
見渡せば別の場所でもスナメルと呼ばれた騎士が二人の剣士を相手に戦っていた。その騎士は剣を持たず両手に手甲をはめ、敵に殴り掛かっていた。その拳が敵の盾にぶつかると、盾がねじ切れるように弾け飛んだ。この男も術士なのだろう、手甲に演算が仕込んであるようだった。
(あいつは化け物か……)
五人を同時に相手にしているエルナンは、それでも動作に余裕があった。飛矢を払い、三本の剣を捌きながら、次々と演算を展開するエルナンは、いくつもの風刃を創りだし、逆に攻め立てる剣士の腕を切り飛ばした。ジャミルの心に浮かんだ不安など、無用のものと嘲笑うかのような戦い振りだった。
「殿下!」
腕を失った剣士の悲鳴が聞こえる中、ジャミルは自分を呼ぶ声に気付いた。その声の主は自分を守るようエルナンに命令されていたジスモンドという名の騎士だった。
エルナンとスナメル以外の騎士たちは、敵の射手が弓矢で攻撃を加えてくるのを盾で防ぎながら、舟を河に運んでいた。その舟が河に浮かんでいる。
「殿下、早くお乗りに!」
ジャミルはここで、ジスモンドが盾を掲げ、敵の矢から自分を守ってくれていたことに気付いた。
「すまない!」
例えそれが命令であっても自分を身を挺して守ってくれていたジスモンドの言葉にジャミルは素直に従った。ジャミルには死ねない理由があるのだ。
――後を追わせるよう言い付けてある。
その言葉が脳裏に響く。エルナンはジャミルが生きて戻ることができなければ、人質を殺すことをほのめかした。ともかく生き延びることが重要なのだ。
(どんなに利用されようが、親父と妹のためにも、こんなところで死ねるかよ!)
強く自分を鼓舞したジャミルは河の水を踏み分け、舟の縁に手を掛けた。
そのとき、ジャミルの脇腹を鈍い衝撃が走った。