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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
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「己を知らずに生きるもの」3

「ユーカス・ランカーを人質にする」

 ジャミルがこの策を述べたとき、その後ろにローエンと並んで立つモルガンは、市庁舎の議場に並ぶ議員の面々が困惑に互いの顔を見交す様子を、呆れと感心の半ばする気持ちで見ていた。

「これでランカー家は停戦に応じる。そうすれば、今この街が最も必要としているもの――王の仲裁を得るのに必要な時間と状況――この二つを手に入れることができます」

 ジャミルが二本の指を立てて告げた言葉に、幾人かの議員が首肯する。それが大胆でいながらもこの策が的確な状況分析に基づくものであることの証明だった。モルガンは内心に舌を巻く。確かにユーカスを捕えることができれば、これに停戦を強制し、さらにランカー家の領主権無効を訴える王廷裁判の場にまで引きずり出すことも可能であろう。しかし。

「そんなことが可能なのか? 敵は大軍勢。当然に大将のユーカスの周辺は厳重に警護されているのだぞ?」

 一人の議員が懐疑を口にする。そう、この策の問題点はここである。故に誰もがその可能性を考慮することもなかった策であった。

「ユーカスの面前まで行くことは簡単です」

 だが、これにジャミルは確信でもあるかのように即答した。

「私を差し出して和平を請えば、ユーカスはすぐさま使者の謁見を許すことでしょう――私や使者を辱めるために」

 この答えに質問をした議員が唸りを上げる。ユーカス・ランカーの性格。高慢で報復主義的なその性向を知るものならば、このジャミルの言葉に同意しないものはいなかった。

「……確かに君の言う通りになるだろう。しかしユーカスとの謁見が果たせたとして、そこでどうやってその身柄を拘束するのだ?」

 ここで別の議員が口を開く。これは当然の疑問だ。会うだけなら可能だ。しかしそれとユーカスを捕らえることは別問題である。ジャミルの視線が横に立つ女性へと向く。

「こちらのアシュリーが――」

 目配せされた金髪金眼の見目麗しい女性――アシュリーが軽く鼻を鳴らすと、その身体を取り囲むように演算の帯が巡った。

「姿を消す術を用いることができます」

 ジャミルがそう言うと同時に、演算の帯が滲むよう溶けて、アシュリーの姿とともに虚空に消えた。議場にどよめきの声が上がる。その声にうなずいてジャミルが続ける。

「使節に紛れて姿を消した兵士を連れていき、ユーカスの油断をついて捕らえるのです」

 その言葉の終わりとともに質問をした議員の横にアシュリーが姿を現し、その喉元を指でなでた。(おのの)く議員の耳元に甘やかな声がすべり込む。

「どうした? 首が強張っておるぞ? 私が優しくほぐしてくれようか?」

 虚空からのアシュリーの突然の出現に、議員達は一様に息をのんだようだった。そこにジャミルの声。

「――いかがでしょうか?」

 まったく苦笑を禁じ得ないとはこのことだった。先ほどまで虜囚であった身とは思えない、この堂々とした立ち振る舞い。モルガンは隣に立つローエンを横目に見ると、肩をすくめて苦笑する彼の姿があった。その表情が自分と同じものであることを認めたモルガンは、やれやれと呆れにも似た気持ちで再びジャミルの背を見た。モルガンがローエンにだけ聞こえる声で呟く。

「なかなかどうして、人物であるものです」

「それは本心からですね?」

 ローエンの返しにモルガンは笑った。

「あなたと同じですよ」

 二人のやり取りが交わされる間に、質問をしていた議員の一人が進み出て、ジャミルの手を両手で握った。

 異議の声はない。議会はジャミルの策に乗ったのだ。

 そこからジャミルは必要な手を次々と打っていく。王使を騙ることで発言権を持ち、アシュリーの力を知っているカザルに対して打った手も、ジャミルの発案であった。

 フォルクネ市が自分を捕まえたことをユーカスとカザルに報せ、ユーカスの側にだけカザルを公証人に指名した和平案を示す。カザルがフォルクネ側に通じていたことを知れば、おそらくユーカスの狭小な性格は、これを不審に思って遠ざけるだろう。この和平案の存在を知らないカザルはきっと対処できない。

 一方でカザルの方にはアシュリーが死んだとの情報を送った。シムスにアシュリーの力について秘密にするよう命じていたカザルの狙いは、彼女とフォルクネ市の衝突による混乱にあると推測された。ジャミルが捕まるという報せは狙いの衝突がなかったということになり、カザルの不審を招く。もしユーカスとカザルの関係が切れなかった場合、カザルの動きによってはアシュリーの力を想定した警戒を敷かれる恐れがあった。アシュリーの姿を消す術はカザルも知っており、この術はその存在を知っていれば、エーテルの流れを読むことで看破が可能であることをモルガンは証明していた。この可能性を断つためである。

 このアシュリーの死亡の情報に説得力を持たせるため、カザルへの連絡に寝返ったシムスと他の拘束した彼の部下を利用し、さらに証拠としてその手紙にアシュリーの髪を封入した。これもジャミルの策であった。

(まったく、たいしたものだ)

 透過の演算の副作用で閉ざされた視界の中でも、聞こえる言葉のやり取りは、ジャミルの打った手がすべてなったことを告げていた。

 そして、この場である。


「――今だ!」

「ふははは! やっと、出番か!」


 その声とともに視界が開ける。視界の上に宙に浮くアシュリー、下に跪くマルティン・マルコー。そのむこうに立つ人影。モルガンは自らのなすべきことに忠実に行動した。

「ユーカス・ランカー!」

 モルガンは透過の演算が解けたと同時にユーカスへと掴みかかった。

(――ここでユーカスを捕らえれば!)

 その一念がモルガンを走らせる。伸ばす手の先にユーカスがいる。一ムルーナもない間隙。彼はこちらを見ておらず隙だらけで、周囲の衛兵もまったく反応できていない。この手を遮るものはなにもない。

(もらった!)

 確信がモルガンの脳裏に走る。だからこそモルガンは、そのユーカスの動きを読むことができなかった。

「――な!」

 ユーカスの身体が下に動き、モルガンの手が空を切る。何事が生じたのか、理解するための数瞬の空白。そこにはモルガンには到底想像し得ない人間の行動があった。

「あ?」

 この緊張した場に似つかわしくない間の抜けたアシュリーの声。そこに、それ以上に場の空気にそぐわない陶然とした男の声が続いた。


「――美しい」


 そこには手を握り合わせて跪き、恍惚としたまなざしでアシュリーを仰ぎ見るユーカス・ランカーの姿があった。

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