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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
56/73

「包囲」5

 ――夢を見ている。

 アシュリーは目の前の男を見下ろしながらそう思った。

「随分とそっけない反応じゃないか、“竜”さんよ」

 暗闇の中、黄金色の光に照らされているその男は目深にかぶった鍔広帽(つばひろぼう)を親指で押し上げると、光の中心であるアシュリーに視線を向けてにやりと口の端を曲げた。

(お前の死は数千余年前の不動の過去だ。お前は私が見る夢の住人に過ぎないことはわかっている)

「ははは、つれないね。でもこうして夢に見るということは、俺もそれなりだったってことだろ?」

 男は羽織った毛織の上衣の裾を払い、服の下から小ぶりの六弦琴(ウルド)を取り出すと、その弦を軽く弾き鳴らした。

 音の振動。

 闇に音は高く震え、辺りを広く音で満たしたが、やがて音は伸び切ってしまったかのように徐々に弱くなり、ついには闇に滲むように溶けていった。

 残響。

 アシュリーは音の途絶えを惜しむかのようにしばらく沈黙していたが、そのわずかな余韻も完全に消えさると、おもむろに口を開いた。

(……ふふん、懐かしい響きだ。しかし、こうしてお前を夢に見るということは……)

 男はアシュリーの言葉に応えるように眉を上げ、両腕を開いて軽く肩をすくめてみせた。

「久しぶりにお前が楽しそうにしていたからな。俺もつられてのこのこと登場したという訳さ」

(あいつのことか? ふふふ、確かにな。なかなかに面白い奴でな。お前を思い出させるところもあるが……そのせいか)

 アシュリーはひとり納得するかのように笑い声を出した。声に合わせて、黄金の光が波に反射した陽射しのように揺れる。男もつられるようにして笑った。そして傾いた鍔広帽をかぶり直し六弦琴(ウルド)を構えた。

 再び弦が掻き鳴る。

「嬉しそうだな。では、新たなる素晴らしき出会いを祝してここで一曲……といきたいところだが、ほら、こちらのお嬢さんとの約束を忘れちゃいけないぜ」

 男は震える弦を指で押さえて音を止めると、あごを振って自分の後ろを指し示した。そこには光沢ある黒羽色の長い髪を垂らし、白磁のような白肌を輝かす美しい女が立っていた。闇の中に浮かぶようにして立つこの女は、その形のよい眉を逆立ててアシュリーを責めるように強い視線で睨み付けている。アシュリーはその姿にバツの悪そうな声を出した。

(うん? アセリナか……。いかんな、少し深く眠りすぎたか。こんな表層にまで顔を出してくるとは……。わかっておる、わかっておる。この私が約束を忘れている訳がないだろう。そんな眼で睨むんじゃない)

 アシュリーはそう呟くと、その女――アセリナをなだめるように苦い声で言った。その様子に男が笑い声を上げる。

「ははは、愛する彼を想うご婦人の迫力には、さすがの“竜”も形なしだな」

(ふんっ)

 男のからかいにアシュリーが鼻を鳴らす。そのとき、遠く上の方から声らしきものがかすかに聞こえてきた。

(うん?)

「お、上からもお呼びの声だ。人気者はつらいねぇ」

 その声は次第にはっきりと、確かな言葉となってアシュリーたちのところに届いてくる。

(確かに呼ばれているな……。「起きて」か。さて、なにごとかあったかな?)

 アセリナが指を上に差し向けて、早く行けと促してくる。

(わかっておると言っているだろうが、まったく……。どれ、そろそろ目覚めるとするかな)

 アシュリーはその身体を浮上させ始めた。黄金の光がゆっくりと昇っていき、男とアセリナの姿が少しずつ小さくなっていく。

 アセリナがじっとした視線でアシュリーを見送る横で、男が六弦琴(ウルド)を弾き始めた。

 それは低い音に流れる哀切を、高い音の賑やかさの中に隠すような送別の曲だった。

 アシュリーはさらに浮いていく。

 やがて遥か上方に、やわらかな光が水中から見上げる水面のように揺らめいているのが見えた。

 光が闇を溶かしていく。

 送別の曲も聞こえなくなった。もう、下は見えない。

(またな)

 アシュリーが呟く。

 そして光が闇を払った。






 アシュリーのまぶたが開き、その金色の瞳がゆっくりと姿を現すのを、サラは涙に滲む目で見ていた。

 アシュリーは開いた目をまぶしそうに細めると、あたりを確認するように目だけを左右に動かした。そしてサラとその左右に座るロベルトとベルナルドの顔を認めると、目をこすりながらゆっくり上体を起こした。そして誰かを探すように首をめぐらしたが、目当ての人物がいなかったのか怪訝な表情でサラたち三人の顔を見て、その疑問を口にした。

「ジャミルはどうした?」

 その名前に胸を焼くような感情がサラの中に湧き上がった。それは喉をせり上がって身体を震わせ、涙となって目がしらから溢れ出た。サラはもう、やもたてもたまらずにアシュリーに抱きつき、涙にむせぶ声ですがるように叫んだ。


「――お兄ちゃんを助けて」


「なぬ?」

 サラの切々とした懇請の言葉に、アシュリーは間の抜けた声を出して、その金色の瞳を丸々と見開いた。


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