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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
55/73

「包囲」4

 風が夜に吹いた。

 あたりにたちこめる空気の澱みが払われ、清涼な空気が一瞬呼吸を楽にする。しかしすぐに鼻を腐らせるような生臭い空気が戻り、ローエンは顔をしかめた。

「あいも変わらず不潔な場所だな」

 服の袖を鼻にあてがいながらローエンが呟くと、傍らに立つ武装した男が答えた。

「貧民窟ですからね。潜伏するには一番の場所です」

 警邏隊の総隊長として(やと)われているモルガンという名のこの大柄の男は、そう言いながら周囲に首を巡らす。月明かりの陰影に浮かび、背の低いあばら家が折り重なるように立ち並んでいる。ローエンはそのうちの一軒に視線を向けた。そこにはカンテラを掲げた兵士を中心に五名ほどの小隊が集まっており、その中の一人が家の扉を叩いている。

「あそこで間違いはないのだな?」

 一昨日の淑女(ラファーナ)通りでの騒動について調べると、ジャミルらしき男は少女に手を引かれて路地の奥へと逃げていったとの証言が出た。別隊が突き止めたジャミルの宿泊先の宿にはこの日ジャミルは戻っておらず、別の場所に潜伏したと考えられたが、このときの逃走ルートまではたどることができず、その消息は途絶えてしまった。そこで捜索の対象を変えるよう提案したのが、この警邏隊総隊長モルガンだった。

「ジャミルの逃走を手助けした少女の方を調べてみましょう」

 いくつかの証言から、最近淑女(ラファーナ)通りの店で働き出した少女と目撃者の話す少女の容姿が合致することがわかった。その店に聞き込みをかけると、そんな少女はいないと追い払われたが、店の下男にそれなりの金銭を渡すと、その少女はどうやら皮剥ぎ(レストル)地区の辺りに住んでいるらしいとの情報を得た。

 そして皮剥ぎ(レストル)地区に張り込ませた兵士がこの少女を目撃し、その住居を探し出したとの報告が送られてきたのが夕方のことだった。すぐさま兵が増派され、すでにあばら家の裏手にも複数の小隊が配置され、付近の路地も封鎖した。あとは読み通りにここにジャミルが隠れているか確認するだけである。

「間違いかどうかを確認するのはあなたと、そちらにおられるお客さまたちです」

 モルガンはそう言うと髭に覆われた口元を少し歪め、ローエンとその後ろに控える二名の兵士を見た。

「もっともだな。期待しておりますよ、ギル殿、シムス殿」

 ローエンが後ろに振り返ると、中背の壮年の兵士と背の高い若い兵士がローエンに向かい固くうなずき返した。二人はウルバンがジャミル探索のために置いていったカザル配下の兵士たちだった。

「私もジャミルと名乗る男を見ましたが、正直に言ってそれが本物のジャミルであったかどうか自信がないのですよ。直接に手配書にあるジャミルの顔を見たあなた方がおられるのは非常に心強い」

 柔和な表情を作りローエンがうなずく。二人は落ち着かない様子で、あばら家の扉を叩く兵士の方を見ていたが、背の高い方の兵士シムスが恐る恐るといった感じでローエンに訊ねた。

「アシュ……いえ、金髪金目の女もあそこにいるのですか?」

 隣のギルも不安げな目でローエンを見る。ローエンはウルバンが連れてきた兵を紹介されたときから気になっていたのだが、彼らは常にそわそわとしていて落ち着きがなかった。シムスに関してはその紅潮した頬と緊張した面持ちから、特別な任務を与えられたことに対して若さからくる興奮のようなものだと理解したが、ギルについては落ち着かないというよりも怯えていると形容した方がしっくりくるような様子で、街を歩いているときはきょろきょろと窺うような視線で常に周囲を見回していた。もう一人ウルバンが連れてきた兵がいたが、これに至っては体調が悪くなったと同行を拒否し、宿舎で休んでいるありさまである。彼らの態度の理由が掴み切れないことに、ローエンは一抹の不安を覚えたが、この不安を払うような太く通る声でモルガンがシムスの質問に答えた。

「あなた方が持ってきた手配書にあった例の美女ですか? その確認はとれていませんが、ご安心ください。術士との情報ですが、こちらも相応に備えておりますゆえ」

 確か酒場で騒動を起こしたときに、その女は演算を使ったらしい。しかし効果のほとんどない演算であったらしく、特別に被害は報告されていない。確かにワザン・オイガンが配布したという手配書にはこの女について注意が促されていたが、このことに関してウルバンが何か忠告を残していったともローエンは聞いていなかった。また、これに加えて、ローエンにはモルガンに対する信頼があった。ローエンはモルガンに目配せをする。

「モルガン殿は貴族の出身の御方です。エーテル技術に関しては下手な貴族などよりもよほどに深い造詣(ぞうけい)をお持ちの方です」

 モルガンという男はなかなかの人物であると、ローエンは前々から主人のマルティンに聞かされていた。そして今回のジャミル捜索への協力でその仕事ぶりを間近に見ることにより、ローエンは主人の評価が正しいものであると確信し、このモルガンという人物に信頼を深めていた。

 このローエンの紹介に、モルガンが自嘲気味に謙遜する。

「相続に与れずに家を出た小貴族の三男坊ではございますがね。基礎的な教育だけは受けておりましたもので。あとは独学ですが」

 謙遜といえども卑屈にならない落ち着いた話し方に、かえってその自信の深さを感じさせた。それでも不安げな表情のギルに、ローエンは紹介の補足をする。

「モルガン殿は特に術士を相手にする戦いであれば、相当の腕前であると聞いております。なんでも“術殺し”の異名をお持ちであるとか……」

「恥ずかしながら、そのような名前を傭兵仲間から付けられております」

 苦笑混じりにモルガンが答える。しかしその紹介を過大であると否定する素振りは見せなかった。このモルガンの様子にギルがシムスの顔を見る。シムスがうなずいてみせると、ギルも渋々という様子でうなずいた。

 そのとき扉を叩く音が止んだ。

 ローエンたちが一斉に扉を注視する。カンテラの灯りに照らされるあばら家の扉が、小さな軋み音を上げながらゆっくりと開いた。


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