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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
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「不穏の街」3

「なにがなるほどだったのだ?」

 馬車が進み村を離れると、アシュリーは周囲に人の気配がなくなったのを耳で確認して、透過の演算を解き姿を現した。それを横目に確認したジャミルはすぐに前に向き直り、アシュリーの質問に答える。

「ランカー家はフォルクネの領主権を持っている」

「領主権?」

 領主権というのは市民と領主の間に交わされる契約によって保証された領主の権利であった。その権利の中心は徴税権と裁判権であり、市民はこの二点についての領主の権利を認める対価として、都市自治や個人の自由などの市民の権利、戦争や災害に対する保障に関しての領主の義務を認めさせていた。ランカー家はナザを代表する大領主であり、フォルクネはランカー家と契約を結んでいる。

「それがどう関係するのだ?」

「ランカー家の契約義務違反だよ。エルナンの軍勢がフォルクネに迫ったとき、ランカー家は街を守らなかった」

 長大な城壁を持つ大都市フォルクネは簡単に陥落した。エルナンがあらかじめ内応者を都市内に忍び込ませて騒乱を起こさせたこともあるが、フォルクネの保護者であるランカー家が終始動きを見せなかったことも一因であるとジャミルは語った。

「ランカー家の当主ユーカス・ランカーは贅沢好きの吝嗇家で有名だからな」

 この男には浪費癖があり、ユーカスが当主となってからはその贅沢費を捻出するための種々の新税が領内の都市や農村に課せられた。もっとも重税が課せられたのは富める都市フォルクネである。市民の反発は当然強まったが、両者間の契約文章である特許状には領主による増税の権利が認められ、さらに市政に参与する富裕市民には領主ランカー家と利害関係の深い者が多いこともあり、不満は鬱積こそしたが爆発にまで至ることはなかった。

「ランカー家はたぶん勝ち目のわからない戦いに軍費を渋ったんだろう。オレがエルナンから聞いた話だと、なんでも動かせる財産をすべて担いで山中の城砦に立て籠もったとか。ともかくユーカス・ランカーってのはそういう評判の男だ」

 ここまでのジャミルの説明でアシュリーはだいたいの事情を理解した。

「なるほどな。それでその男が今頃のこのこと街に戻ってきたというわけか」

「そういうことさ。散々特許状の契約条項を盾に税金を持っていったくせに、いざというときには自分の財産だけ守って助けに来ない。自力で街を取り戻した市民は、もう契約は無効だと思っているだろう。けれどフォルクネはランカー家の大切な財布だ。当然ランカー家は力で屈服させてでもこれを取り戻そうと動く」

 後ろも見ずにジャミルは語る。

「ワザン率いる王軍が来れば仲裁したのだろうけどな。だからさっきの男は王軍の動向をオレに訊ねたんだ。逆にランカー家は介入を受ける前にフォルクネ支配の既成事実を作りたい。それで急に戦争という話になったんだろう」

 アシュリーは馬車に揺られるその背中姿を眺めながら、しきりに感心の首を振っていた。

「たいした分析力だな」

 先ほどのローエンとのやり取りだけでこれだけの情報を読み取り、推論を構築する能力はなかなかのものだった。

「商人の(さが)だよ」

 そっけない返事だったが、アシュリーは自分の口が自然と緩んでいくのを感じていた。

(こいつ……やはり化けるかもしれんな)

 これがここ数日、アシュリーが上機嫌である理由だった。

(アセリナめ、意外に見る目があったな。ふふ……ただ何十年とつまらん男の世話をするだけの退屈な仕事にならないのは幸いだ)

 アシュリーはカラの街での一件以来ジャミルを気に入っていた。

 あのときアシュリーが見たのは、自分を正面から貫く目であった。

 生命の危機にさらされていながら。

 相手が竜という自分を遥かに超越した存在だと知っていながら。

 それでもその目はアシュリーを正面から見据え、その意志でアシュリーを貫いた。

(私を相手にあそこまで対等に振る舞う人間は、あの三流詩人以来だな)

 不遜よりも愉快と思う感情が胸に湧いた。ジャミルがその意志で、どのように道を切り開くかアシュリーは見届けたい気持ちになっていた。そのため以降はジャミルの要望におとなしく従ってみせていたのだが、そこでアシュリーは思わぬ発見をする。

(それにしても……)

 アシュリーはジャミルの肩に両手を置いて、真上からその顔を覗き込んだ。

「いやいや、たいした能力だと思うぞ」

 アシュリーが微笑みながら二度褒めると、上目に見返すジャミルは困ったように眉を寄せる。

(ジャミルの反応が面白くて楽しい)

 アシュリーが文句もなく言うことを聞くと、ジャミルは肩すかしでも喰らったような顔をする。そしてそわそわと落ち着かない素ぶりでアシュリーに背中を向けるのだ。

(しばらくはこれで遊ぶか)

 ジャミルの反応に満足したアシュリーは顔を上げ、口端に笑みをこぼした。

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