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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
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「不穏の街」2

「なんだ?」

 ジャミルは向かう先にある街道沿いの小さな村の広場に、人だかりができているのを見つけた。

「うん? 何か慌ただしい様子だな」

 歌うのを中断し、アシュリーが手をかざして村の様子を見やった。広場には馬車が集められ、二十人ばかりの人間が(たる)や麻袋を次々と荷台に載せている。さらに馬に乗った人間がそれを指揮している姿も見えた。

「あれは……食糧か?」

 大都市フォルクネに居を構える有力商人は周辺に穀類や野菜を供給する荘園を農奴とともに所有しており、この村もそんな荘園集落のひとつだった。しかし、普通このような商品作物の出荷は早朝に行われる。今は太陽がやや傾き始める時間であり、広場で行われている作業は不自然だった。なにより馬上の人間の身なりは上級の役人や使用人が着るような、遠目にも明らかに上等のもので、このような人間がこんな小さな荘園集落に訪れていること自体、何か突発的な事件の発生をジャミルに推測させた。

「何かあったのか?」

「訊けばわかるだろう」

 そう言ってアシュリーは演算で身体を覆うと、空気に滲むように姿を消した。この数日のアシュリーは、ジャミルが頼む前から嫌に素直に姿を隠してくれる。揉めごとを避けられるのはありがたかったが、同時に酷く不気味でもあった。しばらくアシュリーの消えた空間を複雑な表情で見ていたジャミルは、顎を掻きながら馬車を村へ進めた。

 村は広場の前にある荘園管理人の平石葺きの屋敷と小高い丘の上に見える石造りの聖堂を除けば、いくつかの茅葺き屋根の粗末な小屋が視界に閑散と並ぶ程度の集落である。他には広い空間に垣根で区画された農地と放牧地と休耕地があるだけの、典型的な荘園集落の小村だった。広場に集まっている人間はほぼ男性だったが、この村の規模では人口はおそらく百人いるかないかという程度であろう。おそらく村の男手の半分は広場に集まっている。これはますますにして異常な状況だった。

「なんだ、お前は!」

 ジャミルの馬車が広場に近付くと、例の馬に乗った役人風の男がこちらに気付き鋭い声を上げた。ジャミルが馬車を止めると、この男はすぐに馬を寄せてきた。

「私はジャミルというフォルクネへ向かう商人です。ところでこんなに人が集まって、いったい何があったのですか?」

 馬上からジャミルを見下ろすこの男の容貌はだいぶ神経質に見えた。顎の尖った細面に横長の薄まぶたの目が怪訝の色を浮かべている。

「ジャミル? 商人?」

 年齢は三十半ばに見えたが、柔毛の薄い金髪が目立っているだけで実際の年齢はもっと若いのかもしれない。着ている膝丈の長さの毛織のチュニックはやはりかなり上等のもので、それなりの立場にある人間であることは瞭然だった。

「まさかお前はあの偽王子ではないだろうな?」

「そんなわけないでしょう。だったら偽名を使いますよ。後ろ暗いところがないから堂々とこの名前を名乗れるのです」

 それもそうかと男はうなずくと馬車の荷台に目を向けた。

「積荷はなんだ?」

紅沙(こうさ)です。残りは食糧が少々」

 ジャミルの返答に男は薄い眉を上げた。

「紅沙? ではエダ街道を東から来たのか」

 男はそう言いながら積荷の確認をうながす。ジャミルが応じて紅沙の麻袋を開いて紅沙を一つまみ手渡す。男はそれが本物であることを確認すると、先ほどまでの詰問調の言葉を和らげた。

「少し聞きたいことがあるが構わんか?」

 態度をあらためたこの男は名前をローエンと名乗った。この荘園を保有するフォルクネの商人マルティン・マルコーの使用人であるという。いくつかの質問が投げ掛けられたが、その中心はエダ山地以東の情勢とワザン・オイガン率いる王軍の動向だった。

「ではワザン卿の軍勢は東に帰ってしまったという情報は確実か……」

 ジャミルが王軍はラーダの侵攻に対処するため東に向かい移動したと告げると、ローエンは渋面を浮かべてそう呟いた。

「何か問題が? 反乱軍は逃散したと聞いてここまで来たのですが。それはこの作業と関係あるのですか?」

 敵がいなくなったため王軍は戦後処理も置いてラーダ侵攻に対処するために東へ戻ったのである。王軍が去ったと聞いてローエンが渋面を浮かべる理由。広場で行われている食糧の積み出しの様子と合わせるとある程度の推測はできたが、ジャミルはかまを掛けるつもりでそう訊ねた。

「察しのよい……さすが商人だな。商売に来たのならば早々に用を済ませて立ち去った方がいいぞ」

 ローエンが苦笑混じりに答える。それはジャミルの推測の的中を表していた。

「それは……」

 確認のために重ねて訊ねるジャミルの言葉を遮り、ローエンは端的に告げた。

「簡単な話だ。また戦争になるからだ」

 想像通りの答えだった。このローエンという男は戦争用の糧秣を徴発しにこの村に来たのだろう。おそらくフォルクネへの籠城用である。よく村を見渡せば、家畜小屋から連れ出した牛に女たちが家財道具をくくり付けている。村全体で避難するようであった。

 しかし解消されない疑問がまだあった。ここまでの道で同様の光景を見なかったということである。これは戦争の可能性がつい最近に発生したことを示している。つまり敵はフォルクネの近距離に存在するということだ。

「どことですか?」

「ランカー家だ」

 ローエンの返答にジャミルは納得した。

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