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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
45/73

「不穏の街」1

羽根休め鳥よ

憩いの地フォルクネへ

エダの連々れんれんたる山稜を抜けた鳥も

サガンの峨々ががたる銀嶺を越えた鳥も

その疲れた羽根をたたみ

この地に安息を求めよ


フォルクネには富がある

金貨、銀貨は両替商の机の飾り

こぼれる銅貨に至っては

顧みる者もありはしない

鍛冶屋のつち

木工職人ののみ

パン屋は香ばしく仕事をし

革なめし職人は鼻突く臭いで仕事をする

街路に溢れる人々は

剣に包丁に金細工

箪笥に椅子に寄木の飾り

キツネ色に焼けたパンを求め

上等の革製品を値踏みして歩き回る

街の市は閉じる日を忘れ

その喧噪の途絶えるいとまはない

道往く人の財布が空になるまで

この街の繁栄は終わりはしないのだ


フォルクネには富がある……


戯曲「狐物語 ―繁栄の大路―」より






  馬駆りて、娘をさらう

  亜麻色の髪の娘を

  何故にその目は青く澄み

  我れの心を貫くか――


 その歌は髪撫でる風とともに喨々りょうりょうと流れた。

「何の歌だよ」

「昔の知り合いの作った歌だ。この状況にふと思い出してな」

 訊ねるジャミルにアシュリーは手を広げて馬車に揺られる自分を見せる。眉根を寄せるジャミルの反応にアシュリーは一笑すると、そのまま歌を続けた。ゆったりと細めた目を金の睫毛でふわりと覆い、喉を開いて滔々とうとうと澄んだ歌声を風に奏でる。


  来よや、来よや

  愛しい人よ

  来ずば焦がれて死のうもの――


 ジャミルは困惑していた。カラの街での事件以来、アシュリーが不気味なほどに上機嫌だからだ。

(この状況のどこが「さらう」なんだか……)

 ジャミルもあれだけの啖呵を切った手前、アシュリーとの関係がぎすぎすしたものになることを覚悟をしていた。だが、毒の痺れから回復し、意識を取り戻したジャミルを迎えたアシュリーは、興味深げにジャミルの顔をしげしげと見つめると、驚くほど穏やかな色を瞳に湛え笑ったのだ。

(どういう風の吹き回しやら)

 散々アシュリーの行動を妨害してきた自分に見せたあの表情は、安堵よりも何かよからぬことを考えているのではないかという不穏な予感をジャミルに与えた。

(しかし、背筋が落ち着かない……)

 ともかくそれ以来アシュリーは上機嫌なのである。ぎすぎすとはしなかったが、ざわざわとむずがゆい緊張が常にジャミルの背中を走っていた。


  馬駆りて、娘をさらう

  紅き唇の娘を

  何故にその声は無垢に笑い

  我れの心を揺さぶるか――


 馬車は順調に道を進んでいた。

 塞がれた道を越えられないのか、アシュリーに恐れをなしたのか、さらなる追撃の手が伸びることはなかった。しかし街道ではたびたびラーダ侵攻の報に兵を東に返す王軍の部隊とすれ違った。

「姿を消せるなら、早くそう言えばよかったのに」

「ふん、悪かったな。あのときは思いつかなかったのだ」

 軍隊の接近に気付くたびに、ジャミルは馬車を道脇にどかしてアシュリーの透過の演算で姿を隠しやり過ごした。さらに道々の宿場街に入るときもこの演算を使うことで、悪目立ちするアシュリーを安心して街の中に連れ込めるようになったのである。アシュリーを街の外に待たせる必要のなくなったジャミルは、おかげで屋根の下に眠り、身体を洗い、髪と髭を調えることができた。さらに服や下着も新調して、その容姿は今までとは別人のように爽やかなものとなっていた。

(ベッドだけは使えなかったが)

 一人分の宿賃で泊まる部屋には当然ベッドは一台しかなく、当然のようにそこにはアシュリーが寝た。

「一緒に寝るか?」

 そう言ってシーツの隙間から白い太もも覗かせてみせるアシュリー相手に意地を通すためには、毛布にくるまって床で寝るしかなかったのである。

「意気地がないな」

 そう笑い捨ててから、すぐに心地よさげな寝息を立てて眠るアシュリーに、ジャミルは色々な意味で眠れなかった。

 そのため見た目の爽やかさとは裏腹に、背中や首の痛み、寝不足の疲労などがあり、ジャミルはアシュリーの歌を少し迷惑そうに聴いていた。


  来よや、来よや

  愛しい人よ

  来ずば焦がれて死のうもの――


 馬車はすでにエダ山地を抜け、目指すフォルクネがあるナザ盆地に入っている。

 ジャミルは三日でエダ山地を越えていた。これは行商に同じ道を通ったときの倍以上の速度である。もちろん行商はしていないし、運よく晴天が続いているという理由もあったが、普通にこの街道を進む旅行者に比べても早いペースであるといえた。追手の存在が意識にあったこともあるが、それ以上に近付くにつれて明らかになるフォルクネの様子がジャミルの気持ちを焦らせていた。

 宿場で聞いた話によると、フォルクネの解放には一騒動があったらしい。敗報に動揺した反乱軍の兵の一部が脱走を始めると、それを見た市民が蜂起して、残りの兵を追い出したのだという。

 死傷者も出たらしい。

(無事でいてくれればいいが……)

 家族の安否を思うジャミルの焦燥は、自然に馬の脚を急がせていた。

 ジャミルはフォルクネへ続く道を遠くに見据える。

 低い丘陵の連なりが播種を終えたばかりの麦畑の累々としたうねとともに遠く広がっていた。麦畑の領域が絶えた先には森林が新緑を輝かせ、さらにその先に目をやればサガン山脈の稜々りょうりょうとした銀嶺がかすんで見える。ナザ盆地はこのサガン山脈とエダ山地に挟まれた土地であり、その中央をバーゼル河の支流カラール河が南から北へと縦貫している。この河沿いに地域の中心都市フォルクネがあった。フォルクネは周辺の山林や鉱山から産出される木材と鉱石を、河川交通を利してバーゼル河流域の諸都市へ流通させ巨万の富を築き上げていた。

 この富裕の都市フォルクネの人口は六万にも達し、高さ十五ムルーナもの外壁が全周六ムタディオン(一ムタディオン=千ムルーナ)にも及んで街を取り囲んでいた。

 その大都市の偉容はまだ見えない。残りの旅程はあと一日というところだった。


  馬駆りて、娘をさらう

  白き御手を差し出す娘を

  何故にその手は我が手を掴み

  我れの馬背に共乗るか――


 アシュリーの歌が旋律に抑揚を増していく。ここでアシュリーはジャミルの首に手を回し、その横に顔を並べた。突然のことに少し首を引いたジャミルをアシュリーが横目に笑うと、跳ねるような歌声で歌い抜けた。


  駆けや、駆けや

  愛しき人と

  駆けば果てまで生きれるものを


  果てや、果てや

  愛しき人と

  果てば共して死に得るものを――


 歌は抜けて風に乗り、空に散って消えていった。

「……なんでそんなに機嫌がいいんだ?」

「うん?」

 首からアシュリーの腕を払うとジャミルはこの数日の疑問を口にした。するとアシュリーは面白いものを見るような目でジャミルを見下ろしニヤニヤと笑みを浮かべた。

「興に乗ったのさ」

 そして同じ歌を繰り返しに歌い出す。


  馬駆りて、娘をさらう――


(愛しい人と果てまでねぇ……そこだけなら半分は合っているのか、この歌は)

 ジャミルは自分の着ている外套を撫でながら苦く笑った。

 そんなジャミルの反応をよそに、アシュリーの歌声は陽気に流れていく。

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