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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
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「美しき残酷の主」5

「ぼやぼやするな、早く馬を用意しろ!」

 耳鳴りの残る頭を抱えながら立ち上がったカザルは、すぐさま動ける兵士を集めて追撃の準備を始めていた。

「負傷者十八名。そのうち軽傷四名。商館に回した兵と合わせて二十九名が戦力として使えます」

 ウルバンの報告にカザルはうなずく。それと同時に兵が宿舎にしていた旅籠の厩舎から馬を引き出して来るのが見えた。

「騎馬は四騎か。馬車は?」

「五台」

「ちょうどだな。一台五人で編成しろ。弓を忘れるな」

「はっ。それと負傷者は?」

「時間が惜しい。ほっておけ」

「心得ました」

 ためらいなく言い捨てたカザルにウルバンがうやうやしく頭を下げて退く。

「各員、序列に従い五人五隊に分かれて速やかに馬車に分乗せよ!」

 ウルバンが部隊の編成を始め、兵が慌ただしく動き出す。その様子を確認したカザルは、カツカツと軍靴を鳴らしながら自分の乗馬へと近付く。

「カザル様……」

 騎乗しようとあぶみに足を掛けたカザルに怖ず怖ずと兵の一人が話し掛けてきた。

「なんだ」

「怪我人の手当てが不十分です。何人か残って、介抱をしたいのですが……」

 カザルは冷瞥とともに言い捨てた。

「働けぬ者にいらぬ手だな」

 兵士は押し黙り、力無い目でカザルの顔を窺う。その目に怯えの色を見たカザルは顔に侮蔑を浮かべた。

「なんだその目は? 臆病風に吹かれたから、介抱にかこつけて残りたいとでも言いたそうな目だな」

「決してそんなことは……」

 弾かれたように首を振る兵士にカザルは鼻を鳴らす。

「よかろう。ならば残るがいい」

 その言葉に眉を開いた兵士は、しかし次の瞬間にはその表情を凍らせていた。

「働けぬものはいらぬ」


 血と悲鳴が飛んだ。


 剣に付いた血糊を拭き取りながら、崩れ落ちた兵士とそれが作る血溜まりを一瞥したカザルは剣を振り上げ、時ならぬ悲鳴にこちらを振り返った部下たちに向かって大声を上げた。

「こやつは浅ましくも自らの使命を忘れ、我が身のかわいさに逃げ出そうとした。故に斬った! お前たちに問う。我らの使命はなんだ!」

 カザルはそこで剣先を周囲に向けて問いただすように各人を睨め回した。答える者のない沈黙に斬り棄てられた兵のうめき声だけが聞こえる。血溜まりにうずくまる仲間の姿に兵たちは青い顔で互いを見合った。


「我々の使命は!」


 この沈黙を破ったのはウルバンの声だった。声は振り立ち静寂に響く。


「反乱を鎮圧し、速やかに王国の平安を取り戻すことであります!」

「その通りだ!」


 ウルバンの回答にカザルはすぐさま首肯を与えた。

「反乱の元凶たるジャミルを捕えることは、つまり王国の兵士の使命である! そのために傷付き倒れることがあったとしても、我々に退転は許されないのだ!」

 カザルはそう叫ぶと馬に飛び乗った。

「これより速やかなる追撃を掛ける。王国の兵士たちよ、フォロクレスの如き勇敢さを示し我に続け!」

 騎乗したカザルは聖堂の壁面に飾られたフォロクレスのレリーフを剣で指し示すと、行く先へ向けて腕を大きく振った。すると兵士たちははっとしたように動き出し、次々と馬に乗り馬車に乗り込む。そしてカザルが馬を走らせると、馬蹄を響かせ全兵が一斉にその後ろに続いた。

 先頭を行くカザルにウルバンが馬を寄せる。

「お見事でございます、カザル様」

「ふん、お前の芝居もなかなかだったぞ、ウルバン」

 カザルが口端に笑みを見せた。

 ワザンが手配書に「決して手は出すな」と記した理由はもはや明確だった。カザルは苦々しくもその事実を認めなければならなかった。あの金髪の女の術士としての実力は相当のものである。あれだけの広範囲を瞬間的に氷結させる驚異的な演算速度、風と氷刃という高度な複合演算、なによりあの宙を浮いて広場へ降りてきたときの演算に至っては、その原理について皆目見当がつかないエーテル技術であった。これほどの術士が名もなく埋もれていたこと自体が驚きだった。

 問題は兵たちの士気だった。直接その力を見なかったものは事態に困惑しながらも命令に服していたが、広場であの金髪の女と対峙した兵は完全に怯えを見せていた。

「ちょうどよい犠牲だったな」

 引締めが必要かと考えていたときにあの兵士が進言してきたのだった。機を見たカザルがこの兵士を見せしめにすると即座にウルバンが呼応した。そして突然の出来事に思考停止に陥った兵士たちを勢いに呑み込んだのだ。

「しかし追いつけますか? それと勝算は?」

 ウルバンが懸念を口にする。すでにジャミルは馬車を奪い西の街門を突破してかなり先へと逃走していた。また追い付いたとしてもあの金髪の女をどうにかしなければこちらは手も足も出ないのは確実である。

「案ずるなウルバン。奴らはフォルクネへの道をまっすぐに向かった。あの道は蛇行しながら谷川を下りねばならんからな。側道を利用して弓と私の演算を使う。それにこれもあるからな」

 そう言うとカザルは腰に提げた朱塗りの指揮棒を叩く。ウルバンがうなずき返した。

「なるほど。このようなときのために作らせたものでしたな」

「その通りだ」

 部隊はカラの街の門を抜けた。走る街道の行く手に石標と分岐が見えた。左の道は斜面を下り、反対の道は上り坂になっている。上りの道の道幅は四ムルーナほどと下りの道の半分ほどになっており、こちらが分道であることは明らかだった。

「ウルバンと二騎は下へ行け! 残りは私についてこい!」

 騎馬と別れると、五台の馬車を引き連れカザルは坂道を駆け上がった。

(逃がしはせんぞ……。あのワザンを出し抜くのだ。たとえどれだけの犠牲が出ようと構うものか……)

 手綱を握る手はじっとりとした汗に滲んでいた。カザルの自尊も栄達も、光りある未来のすべてはこの瞬間、あのジャミルの首を手にするか否かに掛かっていた。

 馬が汗を揮った。散る汗が頬に跳ねたがカザルは気にもかけずに前だけを見続ける。

(今だ。今こそが「機」なのだ。一顧もする必要はない。今この時が勝敗の分かれ目なのだ!)

 馬はカザルの焦心に焼かれるように息を荒げて駆けて行く。

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