「翻弄される者たち」3
一団の中に銀髪の男の姿を認めたとき、エミリアは自分の予想が的中したことに興奮が沸き上がると同時に、これから始まる戦いを想像して冷たい震えが背筋に走るのを感じた。
水の匂いが満ちている。森が途切れた先に河が流れていた。陽射しに白く光る河原にはすべてで十三人の男がいた。彼等がこちらに気付いたそぶりはない。河の音と匂いが木々に潜むエミリアたちの気配を完全に消していた。
彼等は森から河原に小舟を引き出していた。銀髪の男が他の者たちに指示を出している後ろで、作業に加わらず、河原にしゃがんで河を眺めている黒髪の男がいた。
(あれが……ジャミルという奴か? やはり生き延びていたか)
紫に染め上げられたマントを羽織っている。紫は高貴の色であり、王族のみが用いる特別な色だった。しかし河原にしゃがみ込んで背を曲げ、疲れ果てた顔で頬杖しながら河の流れをぼんやりと眺めているこの男には、そのマントはただのお仕着せにしか見えなかった。
(こんな男を? あの男にしてはらしくもない……)
エミリアの意識はジャミルから外れ、銀髪の男に向けられる。
あの男の周到な性格なら、敗走する主力部隊を囮に、自分たちの退路を別に用意するぐらいのことはしていると容易に想像できた。
平地を逃げる主力が囮なら、山林を逃げるはずだ。ワザンもそう読み山林の探索を強化した。しかしそれだけでは退路に選ぶには足りない。山林では馬が満足に使えないからだ。別の移動手段がある。そう考え地図を開いたエミリアは河の存在に気付いた。
「舟か……!」
エミリアは手勢を率いて、河沿いに絞って探索をしていった。
(読み通りか……)
河原では舟を引き出す作業が続いている。
エミリアは舟が引き出され、全員が河原に姿を晒すのを待っていた。こちらの手勢が十人。最初の一射撃で半数は確実に倒さねばならない。特にあの銀髪の男は。自制が必要だった。
しかしそれ以上に弩を構えて合図を要求する部下を抑えている自分に躊躇の感情があることに、エミリアは自らの定まらない覚悟と甘さに苛立っていた。
(考えろ。何のためにワザンに告げずに単独でここにまで来たのかを?)
エミリアは目を閉じ、自分の内のためらいに問い掛けた。
(思い出せ。何のためにこの戦場にやってきたのかを?)
問いただされるためらいは、多くの不安や迷いをエミリアの心に絡み付ける。ここを踏み出せば二度と戻れない道だった。
(それでも、私は……!)
河原に舟が引き出された。
「エミリア様!」
部下の呼び掛けに、エミリアは剣を抜いた。
(私はエミリア・エステ)
エミリアが抜き身の剣をゆっくりと撫でると、剣身に刻まれた文字が赤く浮き上がり宙を舞った。文字は列を為して回転しながら剣を包み、次第に剣を赤熱させていく。
(私は、私が愛するすべての者のために戦う!)
剣はついに炎を吹き上げた。
「……期待するというのなら応えてやろうじゃないか……」
エミリアは誰にともなくつぶやくと、おもむろに炎をまとう剣を掲げ、銀髪の男に狙いを定めた。
(母様、お許しを……せめて私の手で終わらせてみせます)
エミリアは強く歯を食いしばった。
「掛かれっ!」
剣は振り下ろされた。




