「美しき残酷の主」2
「手配書の女が現れました! 男は間違いなくジャミルです!」
この部下の叫ぶような報告が耳に届いたとき、カザルは興奮の粟立ちが皮膚を駆け抜ける感覚に襲われた。
(――俺にもようやくツキが回ってきやがった)
身体が震えている。タラスの商館を見上げるカザルは、自分の口元が自然に緩むのを抑えることができなかった。
「必ず取り押さえろ、必ずだ! 突撃!」
カザルは高ぶる声で部下へ命令を発し、朱塗りの指揮棒を振り下ろした。
ジャミルがタラスの商館にいるという情報をもたらしたのはシムスという兵士だった。
テントを片付け積荷を梱包し終え、馬車へ積み込む最後の作業の人手を集めるために集合の太鼓を叩かせたカザルは、そこに門衛の印である赤布を腕に巻いたこの兵士が現れたことに眉をひそめた。持ち場のあるものは直接の命令がない限り動いてはいけないのが軍令である。しかもよく見るとその顔が、つい先ほどにカザルが腹立ちまぎれになじりつけた兵士であったことに、その不快は倍増しになった。
再び切れる息に上気する顔をカザルの前に現したこの兵士に、いかなる懲罰を加えて辱めてやろうかとカザルが陰湿な思案を巡らせていたとき、その興奮にまみれた声がその報告を叫んだのだ。
「金髪金目の美女が現れました! ジャミルの手配書に追記された人物に間違いありません!」
最初はでまかせと思ったが、「向かった先も確認しました。私に拘束の許可を与えて下さい!」と激しく迫るその兵士の尋常でない気迫にカザルは思い直した。それなりの確信がなければここまで思い切った進言はできないはずである。それにでまかせであれば、肌が裂け骨が折れるまでその背中に打擲を加えてやるだけだ。カザルは試しにこの兵士に数人の兵を与え商館に押し入らせた。
「包囲を整えろ! 裏はどうなっている!」
「裏口からも突入させました!」
「隣家は押さえたか? 屋根伝いに逃げるかも知れんぞ。弓を用意しろっ!」
その試みは正解だった。矢継ぎ早に指示が飛び、慌ただしく包囲網が敷かれる。
(渇くな……)
カザルは自分の唇を舐め唾を飲んだ。騒然と動き回る兵士たちに指示を加えながら、気ぜわしく足を踏み鳴らす。
(あのワザンが取り逃がした手柄を俺が手にする……)
その想像は愉悦となって積年の鬱屈を晴らすようにじりじりと腹の底から湧き上がってくる。舌が刺激ある酸味を舐めた唇から感じた。これほどの興奮は五年前の内乱にベルトランへの寝返りを決断したとき以来のものであった。
「ですがカザル様。この手配書に“その姿を確認した場合は決して手は出さず、その行動を監視すること”と書いてあるのは何故でしょうか? 気になるところですが」
商館を凝視するカザルの傍らで副官のウルバンが例の手配書を手に疑問を口にした。カザルは顔を半分だけウルバンに動かして不快を隠しもせずに吐き捨てた。
「ワザンが自分の手柄を盗られたくなくて書いたに決まっているだろう。もしくは自分の年齢も考えずその“秀麗なるフリュネの如し”美女を手籠めにでもしたいのだろうよ。そんな“私事”などかまう理由がどこにある?」
カザルの悪態にウルバンが無言でうなずいたとき、包囲を形成する兵たちの間に声が上がった。
「あっ、あの部屋だ!」
「矢を放てっ!」
二階の窓に黒髪の男の顔が覗けた瞬間、カザルの合図が飛んだ。しかし矢は窓枠を射ただけで、男の顔はすぐに中に引っ込んだ。
「下手くそめっ!」
「二階に逃げ込んだ以上、もはや袋のねずみです。捕縛されるのも時間の問題でしょう」
怒りに毒づくカザルをウルバンがなだめる。
「む……そうだな。焦ることはない。もう私の手柄は逃げ場もなくあそこにあるのだからな」
そう言って息をつき、カザルが商館に振り戻ったときだった。
「は?」
商館の屋根が轟音とともに火柱を上げて吹き飛んだ。