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黄金の竜  作者: ラーさん
第二章「竜との旅」
36/73

「カラの街」6

「ええい。何故にここで人が通る」

 悪態をつき身体の下に組み敷いた男を見下ろしたアシュリーは、その男の両目が自分に向けられていることに気付いた。

(いかん)

 慌てて両手で口を閉じたが、それ以前の問題であることは、視界にちらつく髪揺れと尻に伝わる感触ですぐにわかった。

 不測の事態に集中が断たれ、透過の演算は完全に解けていた。自分の姿が白昼にさらされている。さらに馬乗りになった感触は確実に男に伝わっているはずである。まったく逃げ隠れできない状態だった。

(なんたることだ)

 アシュリーの脳裏にジャミルの言葉が苦々しく響いた。


 ――そのぐらい出来ないのか?


 驚きに目を丸くしている男を睨み下ろしたアシュリーは、奥歯が軋むほどの不快を噛み締めながら、不穏な考えを頭に巡らしていた。

(ここでこいつを消してしまえば、騒ぎにはならんな……)

 幸い周囲に他の人影は見当たらない。騒ぎになる前にこの男を文字通り消してしまえば、ジャミルごときに軽蔑の目を向けられることもない。

(……それにこやつ、あの兵士ではないか)

 よく見ると男の顔に見覚えがあった。街を遠望したときに見た、ジャミルを尾行していた兵士である。アシュリーは内心にほくそ笑んだ。

(ちょうどいい)

 演算がするすると地を這う。男の周りはすぐに演算の術式に囲まれる。この演算が発動すれば男の命は終わる。男はそんな殺意に気付く様子もなく、ただアシュリーの顔をぼんやりと見ていた。

(……はて)

 演算が回る。だがそれは男の周囲をくるくると回るばかりでなかなか発動しなかった。

(どうやって消したものか?)

 殺すのは簡単だった。男はまるで魂が抜けてしまったかのように呆けて動かなかった。演算など用いなくてもこのまま首を絞めて殺せそうなぐらいである。だが問題は殺すことではなく、消すことだった。消すとなると手段は限られてくる。

(騒がれずに一瞬で、しかも死体の残らない方法か……)

 男の運命を制す演算がアシュリーの思考とともに空転する。

(消すとなると一番確実なのは分子分解だが、ちと計算が面倒だな……。高温で焼き消すには近距離過ぎるし……)

 アシュリーは組み敷いた男の顔をじっと見た。男はまだ呆けた表情でアシュリーを見ている。一拍の思考が行動の空白となり奇妙な見つめ合いとなって沈黙に流れた。

(水分を奪って粉にする方が簡単だが、悲鳴を上げられると……そうだ、音を遮断すればよいか。ついでに光も断てば……ふむ、完璧だ!)

 アシュリーはその端正な顔ににんまりと笑みを浮かべると、男の耳に顔を近づけ、残酷なまでに優しい口調で甘く囁きかけた。


「運がなかったな」


 そのとき木の擦れる音が聞こえた。

 弾かれるように音の方向に顔を向けると家屋の窓が薄く開かれ、そこから人がこちらを覗いていた。

(くそっ、面倒な!)

 自らの名誉のために目撃者は始末しなければならない。どう処分を着けるか考えを巡らせようとした矢先、事態が最悪のものであることにアシュリーは気付いた。


(なんだと!)


 四方を見渡せば数瞬の思考の間に、物音に驚いた人々が家々の窓や扉から顔を出し、こちらの様子を窺っていたのだ。ざっと見て十人はいる。

(いっそ街ごと吹き飛ばしてやろうか!)

 無差別に殺害するならともかく、ばらばらにいる目撃者を音もなく十人も同時に消すなど、さすがにアシュリーでも無理である。憤りに任せてしまいたい衝動に駆られたが、ジャミルの言葉が頭によぎるアシュリーはそれをプライドで押し殺した。


(――くそったれ!)


 アシュリーは裾のほこりを払って立ち上がると、男に手を差し延べた。

「大丈夫ですか?」

 心配げな表情で呼び掛けるアシュリーの声に男は意識を呼び戻されたのか、ビクンと身体を跳ねさせると慌ててその手を掴んだ。

「は、はい」

「お怪我はありませんか?」

 アシュリーは手を引いて男を立たせると、その身体の土汚れを払ってやった。

「だ、大丈夫です」

「それはよかった。でも気をつけてくださいね。急に飛び出すのは危ないですよ」

 アシュリーはにこやかに微笑むと、「それでは」と言って男に背を向けその場を離れようとした。

(私にこんな猿芝居をさせるとは!)

 証拠の隠滅が無理ならば、ごまかす以外に手段はない。アシュリーは穏便な態度で相手が動く前に場を濁すことにした。内心の煮え繰りを強引に抑え込み、ややもすれば高く鳴りがちな足音に気をつけながら、アシュリーは早く場を抜け出そうと運ぶ足を速めた。

「あ、あの!」

 しかし、この場を完全に脱する前にアシュリーは男に呼び止められていた。

(女言葉など使い、しとやかに振る舞って笑顔までくれてやったのだ。まだぐだぐだと何かあるのか!)

 沸々とした腹臓はらわたをなだめつつ、アシュリーは優しい表情を作って男に振り返る。

「はい?」

「お名前は……」

 怖ず怖ずと訊く男に苛立ちつつも、いい加減相手にするのが面倒になったアシュリーは、投げやりな気持ちを隠しながら慇懃に名を告げた。

「アシュリーと申します」

 そして男が二の句を継ぐ前に、再び背を返して歩き去った。






 シムスはアシュリーと名乗った女性が立ち去るのを見送っていた。

 胸にはいまだに動悸が続き、押さえる手はその脈動をはっきりと伝えてくる。

 アシュリーの足が向かう先はタラスの商館の方向だった。それを見るシムスは一層に高くなる鼓動に自分の頬が赤く上気していくのを感じていた。

 広場から再び太鼓の音が聴こえた。

 シムスの足が階段を駆け登る。その道は広場へ向かう道だった。

 駆けるシムスの耳に太鼓の音は高く鳴り響いた。


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